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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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彼女と彼女の孤独

「アカンかった・・・」


 寮の部屋、文香との共同丸机の前で正座しながら、何がアカンかったのか考える。


 そう。

 結局、またしても。

 サーブは完成しなかった。


 現在金曜日の消灯間際。

 明日の準々決勝は、サーブ封印で臨むことになる。


(厳密に言えばサーブ自体は完成してるんだけど)


 丸机に置かれているスポーツ飲料のラベルをじーっと見つめて思う。


(サービスコートに入らないんだよおおおお!!)


 ああああああああ!

 毎度毎度毎度、こればっか! わたしは何度コントロールが利かなくなる壁にぶつかるんだ!


 思えば4月からコントロールコントロール、コントロールばかりに悩んできた。

 こんなに悩むことかね。

 ああでも、悩むことなんだろうなあ!


 悶々としながら頭を抱えてそのまま丸机に上半身を投げ出し、突っ伏した。

 がん、がん。

 おでこを机にぶつけてみる。

 叩けば何か解決方法を思いつくかもしれない。


 ・・・はずもなく。


「もう知らん! 寝る!!」


 消灯までまだ少し時間あるけど、起きてても仕方ないし。

 さっさと寝て、この有り余るパッションを明日に温存しよう。


 このみ先輩もサーブの事はいったん忘れろって言ってたし、これ以上頭で考えることも無い。


(・・・あれ)


 ここまでひとしきり騒いで、気づいた。


 ルームメイトの文香が、何も言ってこない。

 普段ならこれくらいうるさくしたら枕か、虫の居所が悪いと鞄が飛んできてもおかしくないところだ。

 その文香が、文句1つ言わず上の段のベッドで壁際を向いて寝転がっている。


「ふ、文香さん・・・? 起きてますかー?」


 一応確認しておこう。

 さすがの文香も連日の猛練習で疲れて寝ちゃってる可能性あるし。


「寝てる」


 あれ。何かすっごい、文香が言わなさそうな冗談が急に来ましたけど・・・。


「ご、ごめんね。またうるさくしちゃって」

「別に構わないわ。試合の前日に貴女がそうやって興奮して騒ぐのは今日に始まった事じゃないもの」


 いつもそんな風に思ってたんだ。

 まるで遠足前日の小学生、いや、まさに遠足前日の中学生だ。


「ふみ・・・」


 名前を呼びながら、ベッドの上を覗き込むと。


(あ―――)


 わたしは、いつかの夕暮れの出来事を思い出していた。

 宮本葵と偶然、道でばったりと出会って―――その時。


 小さく震えていた、文香の後ろ姿。

 今まさに、それと同じ光景が目の前に広がっていた。


 文香はタオルケット1枚をかけてベッドに寝転がりながらも、小さく肩を震わせていた。


(何が―――)


 何が文香をここまで追い込んでいるんだろう。

 普通じゃない。

 こんなの普通なわけが無かった。


 ・・・文香と宮本葵の間に一体何があったのか。

 そんなこと、今のわたしには知りようがない。


 そして。

 こんなになってる文香の不安を、わたしが取り除いてあげることが出来ないことも分かっていた。


 文香から不安を消すには、彼女自身が決着をつけるしかない。

 その舞台は用意されている。


 でも。


「・・・怖いよね」


 それは本当に、文香が心の底から望んでいることだろうか。


「強制的に舞台に立たされる、立たなきゃいけないって」


 舞台に立つこともできない悔しさがある。

 でもそれと同時に、舞台に上がった者にしか分からない恐怖が、そこにはあるんだ。


「わたし達、まだ1年生なのに。わたしもたまに怖くなること、あるよ」


 何も言わない後ろ姿に、話しかける。


「でも、大抵はこのみ先輩が消してくれる。ダブルスはね、隣で一緒にいてくれる人が居るから。でも、文香はいつも・・・独りなんだよね?」


 怖いから。


「すごいよ文香は。あの舞台に1人で立ってるんでしょ? 全部1人で背負って・・・」


 少しでも、怖くしないように、するために。


「前に言ったよね? 苦しくなると文香のこと思い出すって。最近なんてもっとひどいよ。文香にだけは負けたくないとか思ってくるの」


 この気持ちを言えば、文香は少しでも怖くなくなるだろうか。


「わたし、思うんだ。わたしが何より怖がってるのって、文香に置いてかれることなんじゃないかって」


 正直、あんまり言いたくない。


「文香はすごい速度でわたしの前を走ってて、ホントにこんな子に追いつけるのかなって思うような凄いことやってのけて・・・わたし、ホントはね」


 でも、これを言うことで。

 文香が少しでも前を向いてくれるのなら。


「今、自分が文香に負けてるって、分かってた。ずっと・・・」


 わたしの意地っ張りなプライドなんて。


「これ以上置いて行かれたくない。差を開けられたくない。本当はそういう風に思ってたの。だってね」


 今は、要らない。


「文香は"わたしが東京に来てばかりだった頃に掲げてた目標"、全部達成していくから―――」


 ―――1年生でシングルスのレギュラーになって

 ―――大会に出て大活躍

 ―――先輩からも信頼される

 ―――次世代の、"エース"


 それは全部、文香が今までやってきたこと。

 今現在、していること。


「・・・有紀」


 ここまで独白して、ようやく文香が返事をしてくれた。


「貴女は負けてなんかいないわ」


 一言一言、絞り出すように文香は言う。


「今、『わたしは独りじゃない』って言ったでしょう?」

「うん。みんなのお陰で・・・」

「それが、貴女が私に勝っている何よりの証拠よ」


 最初、何を言われたのか分からなかった。


「貴女は自分が思っているよりずっと、色々な人に信頼されてる」

「・・・」

「私はそれで、貴女がたまに遠くに見えることがある。結局、私が居なくても貴女はやっていける。でも、私は貴女が居なかったら1軍でただ1人の1年生として、完全に孤立してた」


 ―――それが文香の、何よりもの


「孤独は怖い。確かに貴女の言う通りだわ。私は1人が怖いの。貴女に着いてきて欲しい。私は貴女に負けたくないという気持ちの中で、どこかいつも勝っている目線で貴女を見ていた」


 ―――精一杯の、意地っ張り


「だから、貴女が私に着いて来られなくなって脱落していくのが怖くて。それでいつも、貴女のことを考えているのだとしたら・・・」


 ―――そして多分、本当の気持ち


「私、最低だ」

「そんなことないよ」


 ありがとう。聞かせてくれて。


「文香は最低なんかじゃない。わたしの事、こんなに考えてくれてるなんて、わたし、知らなかった」

「でも、有紀のことを知らず知らずに見下してたのかもしれないのよ!?」


 文香はそこでばっと起き上がってこちらに向き直った。

 じっと、その目をまっすぐ見つめる。


「じゃあさ。今、文香はわたしの事、自分に追いつけない雑魚だって、見下してるの?」

「そんなわけないじゃない!」

「ほら、そうでしょ?」


 文香は一瞬、言葉に詰まった。


「知らず知らずのうちとか、心の奥底では、とか。そんな事わたし分かんない。でも、少なくとも文香が違うって思ってるのなら、違うんだよ」

「そんな・・・!」

「わたしを見下してる子は、そんな青ざめた顔しないよ」


 文香はハッとして、ぺたぺたと自分のほっぺに触れる。


「結局、文香が今どう思うかでしょ? "難しいこと考え過ぎ"」


 かと思えば。

 次の瞬間には、文香は顔を赤くして、堪らず近くにあった枕をぎゅっと抱きしめ顔をうずめた。


「・・・また、貴女に勇気づけられた」

「また?」

「なんでもない・・・」


 これ以上はさすがに、文香がかわいそうだから追及しなかった。

 だってこんな、顔を真っ赤にさせて、それを隠そうとしている女の子にこれ以上何を言えと言うのだろうか。


「明日の試合・・・私、やってみるから」

「うん」

「もう、葵から逃げない。ぜったい」

「うん」


 そうだよ。

 いつもの文香らしさが、ようやく出てきた。

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