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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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それぞれの5日間

 都大会も2回戦まで日程が消化された。

 土曜日に1回戦、日曜日に2回戦が行われ、ここで準々決勝が行われる次の土曜日まで、5日間のインターバルが生まれる。

 その翌日には準決勝が行われるのだ。


 監督や先輩たちの話では、準決勝が都大会の天王山になると言う。

 勝てば関東大会進出が決まる大一番。

 その相手が、かなり強敵なのだと。


 そして翌週に行われる決勝には、まず間違いなく"あの黒永"が進出してくる―――


 つまり。

 この5日間が。


「サーブ習得に残された最後の時間ですね」

「先輩!」


 わたしはビシッと手を挙げて返事をする。


「別に今日中にマスターしても良いんですよね!?」


 今日は月曜日。

 厄介ごとはさっさと片付けて、他の練習に時間を割きたい。


 2回戦で見つけた課題の克服と反復練習。

 それに、咲来先輩と瑞稀先輩の試合をして見た、ダブルスペアとしての連携力の向上。

 やることはいくらでもあるんだ。


「それが出来ないからこんなに苦労してんでしょうが」

「あいたっ」


 あきれ顔のこのみ先輩から、軽いチョップをおでこに食らった。


「ま、でも」


 そして先輩はいつものように困り顔で息をついて。


「やれるもんならやってみろ、です」


 わたしの無茶に、付き合ってくれる。

 この人はそういう人なんだ。


「はい! やってみせちゃいますよ!!」


 ―――文香は文香で、頑張ってる

 ―――自分の中の何かと、戦ってるんだ


 ―――わたしだって


 負けない、文香にも。

 敵チームの選手にも。


 全部に勝って、わたしは全国大会へ行く。

 わたしは欲張りだから、それくらいしないと、もう満足できないんだ。





 その力強さに、思わず負けてしまう。


「くっ!」


 レシーブはネットに突き刺さって、ぽとりとコートに力無く落ちた。


(すごい・・・)


 部長のジャンピングサーブ、思った以上だ。

 思った以上に速くて、重たくて、強くて。

 レシーブには自信があったけど、こんなに圧倒的な"力"で攻められたら、まともには返せない。


「おっけ。少し休憩しよっか」


 部長の一言で、私はコートから出る。


 ―――葵のサーブがここまでとは思えない


 実際、2回戦で彼女のジャンピングサーブを見たけど、ここまで球速は出てなかった。

 重さや球威なんかも全然違うのだろう。


 ただ。

 気になる事が無いわけではない。

 葵はサウスポーだ。左から繰り出されるという事は、部長のサーブとは逆回転ということ。

 インパクトするところも見づらいし、それを加味すると、脅威であるということに何ら変わりはない。


「部長、ありがとうございます」

「ん? どうしたの急に」

「葵のジャンピングサーブ対策として、部長ほどの選手のサーブで練習できるのは本当に心強いです」


 もし無策で向かったら。

 飛び上がる相手や上から振り下ろされる角度に全く慣れず戦っていたら。


 ・・・もしかしたら、とんでもなく不利な試合に身を投じることになったかもしれない。


「むむ」


 すると、部長は眉間にしわを寄せて眉毛を吊り上げると。


「1年生からそんないっぱい気にしてると、老けるよ?」

「えぇっ・・・?」


 予想してたのとは全然違う方向から来た言葉。

 さすがに戸惑って、変な声が出てしまった。


「1年生はねえ。三姉妹の末っ子なんだ。まだまだ甘えて良いお子ちゃま。その1年生がさ、そんな風にしっかりしてかしこまられたら」


 部長は肩をすくめながら。


「疲れちゃうよ」


 そう言って、おどけた様子で笑った。


「はあ・・・」


 どう反応したら良いのか。

 部長の言葉は突拍子が無さすぎて、よく分からなかった。


「私が1年生の頃なんてさ、もっとバカだったもん。当時の部長に頼りきりで、よくちょっとは自分で考えろーって怒られてたもんだよ」

「久我部長が、怒られ・・・」


 想像が出来ない。

 こんな化け物みたいな天才を、そんな上から目線で怒れる人が居たのが。


「だから君も、もう少し肩の力抜いて。ね?」

「あ、すみません。力入ってましたか・・・?」


 気づかなかった。


「りらーっくす、りらーっくす、だよ」


 言ってから、大きく深呼吸する部長。

 私もそれに合わせて深呼吸してみる。

 息を大きく吸って・・・ゆっくり吐き出す。


「ふう」


 数秒間、目を瞑ってから開けると。


「・・・力、抜けました」


 自分ではそんな感覚がした。


「いやいや、そんな真顔で言われても」


 でも、逆に部長を困らせてしまったようだ。


 私としては本当に力が抜けたし、本当に感謝してるのに。

 ・・・伝わって、ないのかな?


「君はやっぱり新倉ちゃんに似てるね」

「先輩に・・・?」

「そっくりだよ。自覚ないの?」


 私は黙って頷く。


「へえー、意外や意外。ビックリだよ」


 心底、意外だという反応をする部長を見ていて、思い出したことがあった。

 

「・・・そういえば」


 夏の大会が始まる前、寮への帰り道で新倉先輩と話した時の事を思い出す。


「以前に、貴女は私に似ていると新倉先輩本人から言われたことがあります」


 『あなたはこれから、去年私が体験したことと同じ体験をするだろう』って。


「なら間違いないでしょ?」

「そうでしょうか・・・」


 いまいち、ピンと来ない。

 自分が誰かに似ていると言われたことが、あまり無いからか。

 それとも、新倉先輩と自分のイメージがかけ離れ過ぎているせいか。


(私は・・・あんなに完璧な人間じゃない)


 先輩と比べると、私なんてまだまだひよっこみたいだ。

 選手としても、人間としても。

 だから。


 ―――少しでも、近づきたい


 その為には。

 まず、自らの過去と決着をつけなければならない。


 私の過去の結果・・・宮本葵と。





「やっぱり先輩は前衛ですわね」


 練習後、開口一番、杏にそう声をかけられた。


「私が?」

「先輩くらい大きな壁がネット際に立ってたら、敵に与える威圧感は半端無いですもの」

「うん。杏がそう言うなら、そういう事だね」


 最近、杏は長いストロークを打つ練習を特に頑張ってると思っていたけれど、後衛に徹するための練習だったんだ。


「ついでに敵を睨んでくださると助かりますわ。まさに熊!という感じで」

「それはちょっと・・・」


 あんまり知らない人を怖がらせたくないし。


「あのですわね先輩、(わたくし)思っていたことがございますの」


 杏が呆れたような、半分怒ったような口調で話をしようとした瞬間。


「熊原、仁科」


 よく通る、強い声が聞こえた。


「はいっ」


 監督の声だ。

 私たちは条件反射のように、返事をしてその声の方向をパッと見る。

 話は当然、中断して。


 目を移した先に居た監督は、どこか改まった様子だったように思えた。


「お前たち2人に少し話がある」


 崩れたYシャツの襟を正しながら、"どこか改まったような口調"で話を始めたのだ。

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