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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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鷺山の"これまで"

 ―――教師になって、4年の歳月が流れた。


 3年間、新人扱いながらも必死に仕事をしてきた。教育実習の期間を含めるともっとか・・・。

 中学の教師になると決めた時には両親からものすごく反対された。自分で言うのも何だが、そこそこ良い大学を卒業したからだ。普通、そこの教育学部を卒業したとしても、中学の教師になろうという人はほとんど居ない。


 私があえて中学教師になったのは、中学時代の恩師に起因する。


 中学生と言うのは難しい。10代で1番難しい3年間、それが中学生にあたる期間だと思う。

 そこの過ごし方次第で人間の人格が変わってしまう。人生が変わってしまう。

 なのにも関わらず、彼女たちはあまりに不安定で複雑だ。


 だからこそ私は、世間一般的に言われる難関大学で学び、中学講師になった。

 そういう先生が、1人くらい居たっていいじゃないか。本当にそう思ったからだ。


「ん・・・」


 今日も授業が全コマ終了し、職員室で背筋を伸ばしていた時のこと。


「善村先生。少し、いいですか」


 私は教頭に呼ばれ、気づけば理事長室に通されていた。

 緊張し、まっすぐとした姿勢で起立する私に。


「・・・テニス部の、顧問ですか?」


 理事長がおっしゃったのはあまりに予想外の言葉。


「ええ。少子化の影響でウチの学校も新入生確保が厳しくなってきているの。そこで、新しくスポーツ推薦枠を設けようという話になりましてね」

「スポーツ推薦・・・」

「"文武両道"というイメージを、鷺沢に付けたいと思っているの」


 文武両道。

 その言葉のイメージは、正直あまり良くない。

 結局どっちつかずになってしまうイメージや、どうしても第三者から押し付ける感じが出てしまう。それが"文武両道"に対する私の率直な意見だ。


「全国大会に出場すれば学校の名前も売れるでしょう。貴女は学生時代にテニス部に在籍していたらしいじゃない」

「確かにそうですが・・・」


 中学、高校と籍は置いていた。

 しかし、最初だけで結局2年生以降は幽霊部員になってしまっていたのだ。

 その事をここで素直に話せば・・・。


 しかし、そこで違う考えが私の脳裏に過ぎった。


(理事長の期待を裏切りたくない)


 どういう経緯で私に声がかかったのか分からないが、こんな若輩者に学校の一大プロジェクトの一翼を担わせてくれると言うのだ。

 ここで真実を伝えることは簡単。でも・・・。


「分かりました。やってみます」

「ありがとう。テニス部は夏の大会の敗退を受けて、今の顧問の先生が辞めたいと言っている部活の1つなの。引き継ぎもあるでしょうから、秋以降は貴女が部を率いて―――」


 成功すればリターンは大きい。

 理事長の命を受けた一大プロジェクト成功の立役者となれば、この学校でやれることも大きく増えてくる。一旦の目標である学年主任への道も、近くなるかもしれない。


「というわけで、今日から私がテニス部の顧問になります。よろしくね」


 ぱちぱちぱち、とまばらな拍手。

 明らかに異物が入ってきた違和感はあるけれど、それでもやるんだ。


 私は―――





 部活動と仕事の両立は思った以上に大変だった。

 普段の授業や仕事プラス、部活の顧問はキツ過ぎる。

 ようやく仕事にも慣れてきたのに、土日も出て行かなきゃならないし、こんなの・・・。


「ブラックじゃん・・・」


 安請け合いするんじゃなかったと後悔した。

 よっぽど好きじゃなきゃ、部活の顧問なんて出来ない。

 学生時代ちょっとやったくらいの感覚で、こんなことを引き受けなきゃよかった。


 それでも、現実は迫ってくる。

 教頭曰く、もうスポーツ推薦で入学してくる生徒の選定も進んでいるらしい。


 そんな、冬の日。


「先生、あの。テニス部辞めたいんですけど」

「え・・・」


 2年生の部員が、そんな話をしてきた。

 結構、実力のある子だ。レギュラーとは言わないまでもベンチ入りは確実くらいの子。


「どうして?」


 私が聞くと、彼女は視線を泳がせて。


「今年から受験生ですし、その。高校受験に集中したいっていうか・・・」

「確かにウチは部活動が強制ではないけれど」


 悩んだ。

 でも、ここで私が悩んでも仕方がない。

 本人が辞めたいと言っているのに、無理に引き留める資格なんて誰にもない。


「分かったわ。じゃあ、退部届を書いてなるべく早く提出してくるかしら」

「ごめんなさい・・・」

「あまり気にしないでね?」


 そんなに思いつめた様子でもなかったので、軽く激励して彼女を帰す。


 そして季節は流れ。

 春。

 新入生を迎える季節になった時。


 テニス部の運命を大きく変える少女が、スポーツ推薦で入学してきた。


「宮本葵。あたし、ここに居る全員に勝てる自信ありまーす」


 入部初日の挨拶で、彼女は全ての部員を敵に回した。

 当然、やれるもんならやってみろと言わんばかりに上級生は彼女に試合を申し込んだけど。


「あはは。よっわ!」


 普通に受験して入学してきた生徒が、スポーツ推薦で入学してきた彼女に勝とうと言うのが無理な話だった。

 本当なら私が止めるべきだったのかもしれない。

 でも、さすがに3年生が彼女にここまで完膚無きまでに叩きのめされるとは思わなかったのだ。


「その程度で威張り散らしてたんですかぁ? せんぱーい?」


 上級生に勝つたび、宮本葵は増長して手が付けられなくなっていった。

 やがて、すべての部員に勝つと。


「誰もあたしに指図すんなよ。あ? あと呼び捨ても禁止な」


 彼女は文字通り、この部の女王になった。

 そして。


「貴女も退部するの・・・?」


 やる気と自信をなくした3年生は、次々と部を辞めていくようになったのだ。


「私、あんな奴と一緒にやれません」


 そう言って悔しそうにやめていく子もいれば。


「どうせ受験があったし」


 と、全てを諦めたようにやめていく子も居たし。

 そして何より。


「あんなの入ってきたら、もう楽しくテニスできないですよ・・・」


 そう言って泣きながらやめていった子が、何よりも不憫だった。

 でも、私に止める権限なんてない。

 止めるなら、最初に辞めていった子を全力で引き留めるべきだった。

 彼女をあっさりと辞めさせておいて、他の子を慰留出来るわけがない。『彼女が辞めた時は何も言わなかったのに』と言われてしまうのが関の山だからだ。


「宮本さん。貴女、少しやりすぎよ」


 私は何度か、彼女にそう注意したこともあったが。


「はあ? センセ、あたしに文句あんの?」


 そう言って睨まれると、私は何も言い返せなかった。


 初めてだ。

 いわゆる不良、と呼ばれるような生徒と向かい合ったのは。

 この学校はそういう生徒が入ってくるような学校ではなかったから。


 ―――怖い。

 大人だとか、子供だとかは関係ない。純粋に怖いのだ。

 いや、逆に子供だというのが怖さを助長させていた。

 彼女(こども)には善悪の分別など無いからだ。あの子はただ純粋に、自分の思うがまま好きなように行動しているに過ぎない。


 それに。

 春の大会まで主力だった3年生が次々とやめていって、ウチの部には実力のある生徒がほとんどスポーツ推薦で入ってきた1年生だけになってきたのだ。

 1年生の輪の中心に居る宮本さんに正面から喧嘩を売ることが、どういうことか。それは容易に想像がついた。


 進学校だった鷺沢にスゴイ実力を持ったエースが入ってきたと、雑誌社で取り上げられるようになるにつれ、地区予選で宮本さんが圧倒的な力を見せれば見せるようになるにつれ。


 顧問であるはずの私が、彼女に文句を言うことすら・・・出来なくなっていった。

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