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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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彼女の敗因

「帰ろっか」


 隣で腕組みしながら試合を見ていた五十鈴は、ぷいっと踵を返した。


「もういいのか?」


 この試合を見ていたのは私たちだけじゃない。

 少し歩けば久我や最上にも会えるだろう。

 何より、真壁当人には何かかける言葉は無いのだろうか。


「敗者に用は無いよ、ハニー」


 余念を残す私に、五十鈴はピシャリと言い放つ。


(ああ、そうだ)


 そういう奴だったな、お前は。

 過ぎたことや起こってしまったことに、全く興味が無い。

 ある意味、私以上にシビアに結果だけを見る。それが綾野五十鈴だ。


 たとえ目の前で無名の進学校が金星を挙げようと。

 慣れ親しんだライバルの3年間が終わろうと。

 自分に関係が無いのなら、興味を示さない。そういう奴なのだ。


(あの宮本とかいう1年も、五十鈴の目にはとまってないか)


 1年生(ルーキー)が真壁を倒したと言う事実はあまりにセンセーショナル。

 実力もあるし、何よりあの女からは並々ならぬ勝利への執着心が見て取れた。


 それでも・・・まだ。五十鈴にとっては、"敵"ではないのだろう。


(真壁英莉、か)


 思い出すのは私がまだ1年生の頃。

 私は黒永の応援団の中の1人として、あいつがコートで躍動する姿を見ていた。


 真壁は早いうちから才能を発揮し、1年生で鷹野浦のレギュラーを獲った女だ。

 五十鈴とは当たらなかったが、3年生の先輩を苦戦させたのを覚えている。

 "天才"と形容するのが1番しっくりくるプレイヤーだった。線の細さと、決してコート内では表情を崩さないポーカーフェイスがそのイメージを助長していた。


 2年生の時、つまり去年。鷹野浦の都大会ベスト4は2年生エース真壁を中心に為されたことだ。

 順調すぎるテニス人生・・・。

 しかし。


(部長を任されてから、成長がパタリと止まったな)


 鷹野浦のエースで、部長で、シングルス1。

 チームをまとめ、自分自身も最高の結果を出し続けなければいけない環境。

 それに、潰された。


 真壁英莉を見れば誰もが言うだろう。"人格者"だと。

 誰にも分け隔てなく接し、そしてその全員の幸せを祈ってしまうような性格をしている。

 そう、"良い人"なんだ。


 だが。


「"良い人"ってだけで勝てるほど、甘くないよね。テニスってさ」


 隣を歩いていた五十鈴は、ぽつりとそう呟いた。


「部長は、八方美人で勤まるものじゃない」


 何より、自分(わたし)がその立場に居るから分かる。

 90人以上の部員をまとめ上げる・・・それは並大抵の事ではない。

 相手は全員、自分とほとんど歳の変わらない女の子だ。

 ナメられたら部が機能しなくなる。言いたくないことも言わなきゃならない。時に冷酷になって切り捨てることも必要だ。


「真壁・・・あの女は優しすぎた」


 真壁の性格は、リーダータイプじゃない。

 もし、あいつが誰かの下で100%練習と試合だけに集中できる環境にあったのなら。

 そんな事を考えてしまうのは同情だろうか。


(部長が嫌われ過ぎて、内紛でも始まりようものなら本当におしまいだが・・・)


 それは極論だ。

 そんな人間が、部長に選出されるわけがない。


「ハニーみたいに鬼軍曹ってあだ名がつくまで怒鳴って締め上げるくらいが丁度良いんだよ☆」

「・・・お前な」


 お前がそういうことを一切やらないから、私がやってるんだ。

 そんな小言も言いたくなる。


「鷹野浦は完全な真壁のワンマンチームだった。それが悲劇だったな」


 真壁は全てを1人で背負いこんだ結果、自重に耐え切れず潰れてしまった。

 1番重いところを、たった1人で持ち上げ、支えようとしたからだ。

 チームの柱になるのは良い。しかし、それを支える縁の下や、守る壁が無ければ、それは簡単に折れてしまう。


「その分、私は幸せだったよ。だって、ハニーが居てくれたから☆」

「面倒事を全部放り出しただけだろ」

「同じレベルのパートナーが居たってコトだよぉ。そのおかげで私は雑音遮ってテニスに集中できたんだよ?」


 まったく。


「・・・はあ」


 そんな風に言われたら、何も言い返せないじゃないか。


 黒永(ウチ)もそうだが、白桜も似たような体制でやっている。

 久我が1人で抱え込むよりは、積極的に周りに協力を求めるような性格だったことが幸いしたようなところもあるのだが。

 あのチームの1番の幸運は・・・。


(新倉燐)


 いけ好かない、2年生。

 彼女の存在が、白桜を久我のワンマンチームにさせなかった。


 その功績の大きさを、新倉本人が理解しきれていないほどに。





 はは、負けちゃったな。1年生に。


 不思議と、それほど悔しくない。

 まだ実感が無いからだろう。これで終わりだと言う、圧倒的な事実から目を逸らしたいだけなのかもしれない。


(それでも・・・力の限り、戦った)


 3年間のすべてを出し切った手ごたえなんてない。

 思うようにプレーできなかった。それは今に始まった事じゃないんだ。


 けど、自分ではどうしようもできなかった。

 鷹野浦は・・・このチームは、私が引っ張っていかなきゃならなかったんだ。

 それを自分のやり方で、やり抜いた。それだけは、自信に・・・。


(あれ・・・)


 おかしいな。

 なんで、泣いてるんだろう。私は。

 こんなはずじゃなかったって、そう思うんだろう。


 全部、私のせいなのに・・・。


 涙を手で拭いながら、挨拶と対戦相手との握手をしにネットの前へと立つ。

 相手の顔をまともに見ることなんて、出来なかった。

 それはもしかしたら、私に残された、最後のプライドが・・・そうさせたのかもしれない。


 でも。

 挨拶と握手はしなきゃ。

 私が今の2年生と1年生に見せられるのは、部長(リーダー)として最後まで正々堂々と戦った姿だけだと思うから。


「ねえ、真壁さん」


 その時。

 対戦相手に、宮本葵に、話しかけられた。


「今、どういう気持ちぃ?」


 頭が、真っ黒に塗りつぶされる。


「アンタほどの実績持った3年生がこんなペーペーの1年坊に負けるってさあ」


 思わず顔を上げると、そこにあったのは。


「その泣き顔、忘れないからねぇ」


 心底嬉しそうな、真っ(さら)な笑顔だった。

 決して相手を(さげす)んでいる(わら)いじゃない。心の底から、彼女は勝利を喜んでいたのだ。


 "本当の笑顔"を浮かべて、その上で。

 私を侮辱する言葉を、浴びせてきたんだ。





「・・・何か、話してたように見えたね。あの2人」


 久我部長がコートの中心を見ながら、厳しい表情を崩さず呟く。


「あの子が」


 そこで次に口を開いたのが。


「葵が、気持ちの良いエール交換や、礼儀正しい挨拶をしたとは思えません」


 他でもない、私だった。


「文香・・・」


 心配そうな声色でこちらを見る有紀の顔に、目を遣ることが出来ない。


「宮本葵の事を知ってるのかい? 水鳥ちゃん」


 部長は首を少し捻りながら、私に問う。


「・・・知ってます」


 それに、そのまま頷いて答える。

 もうこれは私1人の問題じゃない。


「葵は・・・私の幼馴染なんです」


 何故なら。

 葵が所属する鷺山中学が。

 白桜(わたしたち)の、次の対戦校なのだから。

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