鷹野浦 vs 鷺山 シングルス1 真壁 対 宮本 2 "枷"
「次の部長は英莉、あなたにやって欲しい」
1年前。
都大会が終わって、先輩たちの引退式で私は、他でもない当時の部長にそう言われた。
「英莉しか居ないよね」
「3年生全員の総意っていうか」
「うんうん」
先輩たちの期待が嬉しかった。
何より、反対した人が誰も居ない・・・全員が私を指名してくれたと言うのを聞いて、自分がやるしかないと思えた。
「分かりました」
その日。
私は鷹野浦中学、女子テニス部の部長に就任した。
「部長、ここ教えてくれますか?」
「1試合対戦してください!」
後輩から教えてくれと言われれば教え、頼られればそれをそのまま全て受け取った。
「英莉ー。聞いてよこの間あいつがさぁ」
「まあまあ落ち着いて。とりあえず向こうの言い分も聞こうよ」
部内に不穏な空気があるなら進んで解決に乗り出した。
「私、練習きつくてついていけないの。やめようかな・・・」
「そんな無理することないよ。練習がきついなら、試合以外で貢献してくれればいいから」
辞めようとする部員とも必死に話し合った。
私は鷹野浦を任された部長なんだ。
私がなんとかしなきゃ、誰もついて来ない。
このチームは私が引っ張らなきゃ。
このチームは私が・・・。
―――少し、気づくのが遅かったかもしれない
「ゲーム、宮本! 3-2」
応援団の悲鳴にも似た声がコートを突き抜けた。
―――私は部長という枷に囚われて、何も出来なくなっていたということを
「はあ、はあ・・・」
噴き出してくる汗を必死で拭った。
(ここで負けるわけにはいかない)
シングルス1、負ければ私たちの中学テニスが終わってしまう。
相手は進学校。鷹野浦に比べれば練習環境も選手層も、決して良くは無いはず。
そして何より、今対戦しているのは1年生―――
―――それなのに
(・・・、強い!)
この強さは。
サーブの、ショットのスピード、コントロール、威力は。
ショット1本1本の正確さは。ボールに食らいつく瞬発力とスタミナは。
1年生の"それ"からは逸脱していた。
「真壁部長ー!」
「がんばれー!!」
「英莉ー!」
みんなが応援してくれる。みんなが私に期待をしてくれている。
私は部長なんだ。シングルス1を任されるエースでもある。その私が・・・。
ここで、こんな形で、1年生相手に負けることが、許されるはずがなかった。
(なのに。どうして・・・)
声援の1つ1つ。
私に向けられる期待や羨望のまなざしが。
どんどんどんどん、
私から力を奪っていく。
重いんだ。1つ期待されるたびに、足の枷に1kgずつ、おもりが乗せられていく気分。
私がどうにかしなきゃ。
私がなんとかしなきゃダメなんだ。
そんな気持ちが、真夏の日光と相乗になって私から体力を奪っていく。
また、ボールに届かない―――
「ゲーム、宮本。4-2!」
審判のコールだけが、耳に入ってきたらどんなに良いだろう。
今の私には、審判の声が聞こえない程・・・
部員達の期待や応援が、うるさく耳を塞いでいた。
◆
呑まれたね。
この異様な雰囲気と責任感に呑まれた。
だって、本来のプレーが出来ている人が―――
(そんな必死こいた表情するわけねぇじゃん!!)
真壁英莉。
アンタの顔は最高だよ。最高に面白い。傑作だ。
チームを背負って、上手くいかなくて。それでも必死でどうにかしようともがいて。
そんで。
「どうにもならないんだよなあ!」
思わず、ボールを打ち返す時に声に出してしまっていた。
まあいいや。どうせ、このうるせえ鷹野浦応援団の大声援とやらが全部かき消してくれんだから。
あたしの放ったショットに真壁は追いつけない。
(ノロマ・・・)
あんなのに追いつけないんじゃ、話にならないよ。
3年間、最後の1年間は部長としてか。
努力に努力を重ねて強豪校を引っ張ってきたんだろうけどさ。
残念でした。
アンタの3年間はここで終わりだ。
あたしみたいな、特にアンタの事なんて何とも思ってないヤツに負けて終わり。
もし、この試合で負けたらさ。
(アンタ・・・、どんな顔して泣くんだろうなあ!)
ぞくぞくする。
それを思うと、不思議と力が湧いてきた。
―――その思いが、ボールに乗ったのだろう
コートの隅に突き刺さったボールが、跳ねて後ろのフェンスにぶち当たった。
「ゲーム、宮本。5-2」
ふう。あたしは一息だけ息を吐き出すと。
「今日~も、絶好調!」
そう言って、ラケットを持っていない方の手―――
右手で、すっと髪をかき分けた。
金髪に染めた、ふわふわウェーブのゆるふわヘア。
(ふみちゃん、あたしは変わったんだよ)
貴女と対等になる為に、変わった。
あたしはもう、待ってるだけの女じゃない。
ふみちゃんを、迎えに行くんだ―――
「だからさぁ」
エンドチェンジ。
コートから引き上げていく真壁を睨んだ。
(アンタ程度に、止められちゃ困んだよねぇ)
雑魚は雑魚らしく、ここであたしに喰われて負けてくれや。
今、彼女にかける言葉はそれしかない。
あたしの前に立ちふさがる邪魔者は、全部ぶっ潰す。
「宮本さん、この調子であと1ゲーム、お願いね」
「センセ」
ベンチに戻ると、チームの顧問が水を手渡してきた。
あたしはそれを一口だけ飲むと。
「気が散るから話しかけないでくれない?」
言って、さっさとベンチから出て行った。
(クソが・・・)
ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。
あの女を見てるとムカつくんだ。他人の目線や評価を気にして、何の力も無く何も出来ない哀れな女。
そう。丁度、あの真壁と一緒だよ。
(あと1ゲーム。あたしのサービスか)
ぐるりと囲むギャラリーを見る。
―――この中に、ふみちゃんが居るかもしれない
試合会場は一緒だし、時間的にももう白桜の試合は終わっているはずだ。
ふみちゃんが見てくれているのなら、こんなつまらない試合でも、つまらないまま終わらせるのは勿体無い。
(ふみちゃん、見てて)
あたし、テニス上手くなったよ。
もっともっと上手くなったんだ。それを今から―――
(―――見せるからね!)
高いトスを上げ、ボールが頂点に達すると同時に。
あたしは、地面を蹴りあげた。
一瞬、身体が宙に浮く。落ちてくるボールを、しっかりと見つめて。頭の少し上あたりで―――
―――叩く!
次の瞬間。
真壁は全く反応できずに居た。
ただ、あたしのサーブが足元に突き刺さるのを見ていただけ。
「ふぃ、15-0・・・」
驚いているのは真壁だけじゃない。
審判も。そして。
「ジャンピングサーブ・・・!?」
「すごい! サウスポーのジャンピングサーブなんて初めて見た!!」
このコートを囲む群衆たちもだ。
それと同時に、黙りこくる敵の応援団。
(ふみちゃんは・・・!? ふみちゃん・・・!?)
その1人1人を目で追っていくものの、ふみちゃんの顔は見つからない。
もしかしたら、見てくれていないのかもしれない。
「ふう」
あたしは一つ、深呼吸をする。
関係ねえ。
ふみちゃんが見ていなくても。
(ここで勝てば・・・!)
次の試合で絶対に、ふみちゃんとヤれるんだ。ふみちゃんとデキるんだ。こんなに嬉しいことは無い。
誰も邪魔が入らないところで、2人きりで・・・。
「だから!」
もう一度、地面を蹴りあげる。
こんなところで負けてられない。
―――あたしとふみちゃんの間に、
その時、ふと思い出したのは。
ふみちゃんの隣に居た、あのクソムカつく女のことだった。
―――誰も入っていいわけがないんだ
ジャンピングサーブは見事に決まり。
「ゲームアンドマッチ、宮本!」
ふみちゃんと会う権利を、この手に入れた。
前座にしてはなかなか面白かったよ、鷹野浦・・・。
いや、真壁英莉。




