2回戦!
翌日。
都大会は土曜日に1回戦が行われ、勝ち進んだチームが今日、日曜日に行われる2回戦に進出する。
この時点で残っているのは16校。
数多ある東京都内の中学で、もうたったの16校しか戦うことを許されていない。
「ダブルス2、菊池・藍原ペア」
「はい!!」
わたしは監督の言葉が終わるか終わらないかのうちに大声で返事をした。
名前を呼ばれた瞬間―――心臓の鼓動が高鳴ったのを感じた。
どくん、と。
全身に血がまわったのがわかったような感覚。
その後、カッと身体が熱くなるのを感じる。
戦闘態勢に、入ったんだ。
「気合入ってますね、藍原」
「そりゃあもう! 1回戦の分も思いっきりやりますよ!」
「熱くなりすぎるな・・・とか言っても無理そうですね」
このみ先輩はそう言って苦笑いすると、すっと両手を広げた。
「信頼と愛情のハグ、やりましょう」
―――ッ
(これ、言われるとすっごく嬉しい)
全てを委ねられている感がすごいんだ。
このみ先輩がぼふっと胸の中に飛び込んでくる。
ちっちゃな感覚を胸で感じつつ、両手をまわして抱きしめた。
「・・・よし」
その声と共に、どちらかともなく腕を解いて身体を離す。
「やったりましょう」
先輩はこちらを少し見上げながら、自信に満ち満ちた目をして言う。
「モチロンです! わたし達の都大会はここからスタートですよ!」
この人がこれだけドシッと構えているんだ。
わたしは好きなように暴れてやろう。力は有り余っている。準備も抜かりない。
この今の状態のわたし達が―――都大会でどこまで通用するのか。
純粋にそれが知りたくて、今のわたしはわくわくが止まらなかった。
◆
―――地区予選では、チームに迷惑をかけた
その自覚があるからこそ、都大会はチームに貢献したい。
私を使い続けてくれている監督、受け入れてくれる先輩たち。そして―――
全力で打ち返したレシーブに、相手プレイヤーは掠りもしない。
(―――有紀!)
彼女への気持ちは何と表現したらいいのか分からない。
ルームメイト、同級生、同じレギュラーとしてのライバル。
そのどれもが正しくて、そのどれもが間違っているような気がする。
親友―――
そう呼ぶほど、彼女と仲の良い自覚が無い。
実際、あの子は私より長谷川さんと話している時間の方が圧倒的に長い。
それでも。
有紀の"いちばん"は誰かと言われたら、私だろうと思う。
その逆も然り。
「ゲーム、水鳥。2-0」
相手プレイヤーの愕然とした表情を見て、私はすっと自らの長い髪をかき上げた。
昔からのクセみたいなものだ。気持ちの良い点の取り方をした後は、こうしたくなる。
「調子は良さそうだな」
次のゲームも取り、エンドチェンジの際にベンチに戻ると、座っていた監督からそう声をかけられた。
「・・・いつも通りですけど」
「それでいい。その調子でいけ」
監督は一点の迷いもない口調で。
「お前の実力なら、躓く相手じゃない」
そう、言い切った。
―――初めてかもしれない
この人にここまで"褒められた"のは。
いつもコートの中では鬼のような気を纏っていて、普通に怖い大人なのだ。
その監督が、試合中にここまで言うのなんて、今まで記憶にない。
これがどういう言葉で表されるのか、何となく分かる。
(信頼・・・)
頼られ、信じられているんだ。
そう思った途端、ふとさっき考えていたことが頭を過ぎった。
―――私と有紀は、不思議な"信頼"関係の上で繋がっている、と
仲が良いとかじゃない。
信頼・・・そう。私は彼女に期待のようなものをしている。どんな?
そこまでは分からない。けれど。
(あの子なら、どこまでも一緒に行けそうだと思うことがある)
行くってどこへ?
分からない。でも、彼女なら付いてきてくれるという確信めいたものがあるのだ。
これが、私と彼女を繋げている信頼関係なのだろうか。
―――その、信頼関係を継続するには
(今は、試合に勝つ!)
放ったショットが正面にまっすぐ飛んでいき、相手の真逆を付く。
「40-0」
ふう、と息を吐いた。
確かに、手強いと言える相手ではない。
それに、あの地区予選決勝で感じたような、実感のないオーラみたいなものに呑まれる感覚もまったくない。
―――有紀との信頼関係は、試合に勝つことでしか保たれない
そんな気がする。
それが何故かは分からない。それが正しいのかも分からない。
ただ、今、私がそう思っているのは紛れもない事実なのだ。
そう。言うならば。
―――前陣に上がり、甘いチャンスボールを力の限り
(有紀にだけは、"絶対に負けたくない"!!)
―――強打した。
意地の張り合いじゃない。
彼女を蹴落としたいわけでも決してない。
そんな不思議な想いが、段々と熱くなってくるのを、確実に感じていた。
「ゲームアンドマッチ、」
私は周りに思われているほど、冷静じゃない。
でも。
―――ボールが着地したのを確認して
「水鳥! 6-0!」
カッコいいと思われるのは、決して悪い気はしないんだ。
―――もう一度、自慢の銀髪をかき上げた
◆
なんとなく、遠くで大歓声が聞こえたような感じがした。
大きなライブ会場の外に居るような、そんな蚊帳の外の大事。
しかし、今の状況を考えれば大歓声が聞こえるような状態がどういうことか、推察するのは簡単。
(も、もう2勝決めたの・・・!?)
手元のスマートフォンで、偵察要員の子がやっているSNSのつぶやきが更新されたのを見て愕然とした。
白桜はダブルス1に続いてシングルス3の試合が終わったらしいのだ。
早い。早過ぎる。
我が校はまだ、1勝も確定していない状態なのに。
今だって目の前の試合が一進一退の攻防をしていて、それを目で追いつつ、手元でスマホを操作している。
(さすがに手ごわい・・・!)
"向こう"からすれば、かなり生意気な発言だろう。
だが、私はこのチームの顧問兼監督だ。こちらは全力で勝ちに行っている。この言葉遣いは間違っていない。
勝てると信じているし、6割、7割の推移で自信だってある。
「いけー! 押せ押せ!」
「先輩そこです!」
「がんばれー!!」
相手の大応援団が、そんな自信を少しずつ蝕んでいく。
(・・・すごく声出てるなあ)
ちらりと向こう側のフェンスのその向こうに陣取る50人から成る応援団を一瞥した。
普通の学校ならこの応援に威圧されてしまうだろう。
なぜなら。
今、私たちが戦っている相手こそ。
都内屈指の強豪校、"鷹野浦中学"だからだ。




