VS江戸間 ダブルス1 山雲・河内 対 加藤・森井 1 "悔しい!"
このみ先輩の、意外で突然な反応に戸惑う。
「ど、どうしてですか? だって、あの人」
わたしの記憶の中の彼女は。
少しお茶目で、わたしのこと褒めてくれて、愚痴や悩みだって嬉しそうに聞いてくれて。
そして、何より。
「悪い人じゃ、ないですよ・・・」
―――このみ先輩と和解する、その第一歩目の背中を押してくれたんだ
わたしの言葉を聞いても、先輩は綾野さんの方をじっと見つめたまま。
「恋は盲目・・・」
「えっ」
「お前は綾野と出会った第一印象があまりに良すぎた。だから、そのイメージしか頭の中に残ってないし、それが全てなんでしょう。でもね」
このみ先輩はわたしを横目に。
「あいつは最大のライバル校、黒永のエース・・・最強最悪の敵だってこと」
しっかりとした口調で、それでも綾野さんを睨むように見つめて。
「忘れるなよ、です」
念を押すようにゆっくりとそう言った。
◆
「宣誓」
―――開会式。
偉い人たちの長話をなんとか耐えて、最後に選手宣誓が行われる。
檀上に立ったのは・・・"前年優勝校"と、アナウンスされた黒永学院の部長、穂高さん。
綾野さんの隣に立っていた、切れ長の黒髪ショートでやたら目つきが鋭い人だ。
「私たちは、スポーツマンシップに則り」
いよいよ始まる。
「正々堂々と戦うことを」
2週間以上にもわたる、熱戦の火ぶたが、今。
「誓います!」
切って落とされた。
◆
「今から1回戦、江戸間戦のスタメンを発表する」
ベンチ入りメンバー10人を中心に、白いユニフォームの選手たち80人以上が大きな輪を作る。
その前に立つのは、もちろん篠岡監督。
(相手は関係ない。3つ目のサーブは封印して、今のわたしに出来るプレーを!)
それが自分の役目なら、わたしは目の前の試合を我武者羅に取り組もう。
何より、実戦は楽しい。まだまだ強くなれるんだって、そう思えるドキドキがある。
だから―――
「ダブルス2、熊原・仁科ペア」
―――一瞬、何が起きたのかまったく理解できなかった
「ダブルス1、山雲・河内ペア。シングルス3、水鳥。シングルス2、新倉。シングルス1、久我」
―――
え。
わたしの名前、呼ばれてませんけど。
そんな、ぐちゃぐちゃとした軽い感覚が頭を支配する。
「都大会の初戦だ。5試合すべてに勝利をして、勢いをつけるぞ!」
「「はい!」」
・・・はい。
全員で元気よく返事をしなきゃいけないのに、わたしの声量はこんなもんだったと思う。
なんで。どうして。そんな思いが脳裏を突き抜ける。
そうか。
(わたし・・・スタメンから外されたんだ)
それを理解するのに、こんなにも長く時間がかかってしまった。
そして理解の次に来たのが。
(悔しい)
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
―――今までに感じたことが無いような、強烈な悔しさ
―――その感情以外、何も湧いてこなかった
(出来るのに。わたしとこのみ先輩なら、勝てるのに・・・!)
自信はある。
試合に出さえすれば、結果は出せる。
"その舞台に立つことすら許されないこと"
・・・それが、こんなにも悔しいことだったなんて。
わたしは両手の拳を思い切り握りしめた。
ぎゅっと、そんなもんじゃない。加減が利かないくらい、強く。
「・・・藍原」
そこで、ぽんと肩に手をかけらた感触。
条件反射のように顔を向けると。
「切り替えろです。応援、行きますよ」
多少厳しい表情ながらも、ほとんどいつも通りに振る舞っているこのみ先輩が居た。
「先輩・・・」
気持ちが昂ぶり過ぎて、上手く言葉が出てこない。
「お前の気持ちは痛いほどよくわかるです。でも、今それを考えてもしょうがない」
「わたし・・・!」
「堪えろです。この悔しさをバネに、次の試合では暴れまくってやりましょう」
このみ先輩はふっと、吐き出すような笑みを浮かべる。
「そして今は、次の試合が出来るように・・・チームの応援をする時ですよ」
「―――!」
この時、わたしは初めて。
「・・・はい!」
このみ先輩に対して、"この人、年上だな。すごいな"と。
心の底からそう思った。
先輩だってわたしと同じくらい悔しいはずだ。それなのに、すぐに頭を切り替えて・・・。こんなにも冷静な言葉を後輩に送ることができるんだ。
―――期せずして
―――わたしは自分がどれほど、このみ先輩に支えられているのかを実感することになったのだ
◆
思えば、公式戦で白桜をコート外から応援するのは初めてだ。
練習試合の間も練習をしていたわたしにとっては、試合の応援自体も初めてかもしれない。
1回戦は5試合が同時に行われる。
白桜には、応援する選手は好きな試合の応援を出来ると言うルールがあるらしい。
わたしはこのみ先輩とせーので見たい試合を言って。
それが見事に一致した。
―――わたし達が、見たい試合は
「ダブルス1、山雲・河内ペア 対 加藤・森井ペアの試合を開始します」
―――白桜ダブルスの、最高峰
「咲来先輩と瑞稀先輩の試合をじっくり見るのって、初めてです!」
「まあ、学ぶところは多いでしょうね」
このみ先輩は納得したように頷いた後。
「あの2人の真似をしろって言われて、出来りゃ苦労しないんですけど」
と、苦笑いしながら付け足した。
「向こうのサービスゲームからか」
咲来先輩、じゃんけん負けたんだ。
このみ先輩なら多分・・・勝ってたと思う。何の根拠もない予想。
敵プレイヤーがトスを上げてサーブを無難に決める。
それを普通に返す咲来先輩。
(普通だ)
特筆すべき点はない。
文香の鬼レシーブに比べれば、普通のレシーブと言っていいだろう。
敵はそれを普通に返して、ボールが咲来先輩に。
咲来先輩はそれを短いストロークで返すと、敵の前衛がボールを拾うべく上がってくる。
「あ、まずい!」
絶好のチャンスボールだ。
わたしだったら強引にでもスマッシュを相手コートに叩きつけるような甘い球。
しかし。
敵前衛はそのチャンスボールを強打せず、長いクロスショットを咲来先輩に返した。
「!?」
それが緩く弱いボールなのだ。
咲来先輩はすばやくまわりこんで、その絶好球をそのまままっすぐ返し。
「0-15」
的確かつ速いショットに、敵後衛は追いつけない。
「さすが咲来先輩です!」
きゃー、という黄色い声を上げながら瑞稀先輩がぴょんと飛び跳ねる。
瞬間、その大きなお胸が重力を無視したように上に跳ね上がった。
(あのボリューム、やっぱすごいなぁ・・・)
って違う違う! 感心するとこ、そこじゃないし!
「藍原、お前いまのどう思いましたか」
「へ? 何がですか?」
「何がって、今のプレーですよ」
このみ先輩はふう、と息を吐きながらわたしの顔を覗き込む。
「い、いや。なんか思ってたより普通っていうか・・・」
白桜最強のダブルスって言われてる人達だから、もっと物凄いプレーの押収で敵を圧倒すると思ってたのに。
「すまん。これはお前に答えを問うような事じゃなかったです」
「もうっ、またバカ扱いして」
「そうじゃない。私の方から説明すべきだったって話です」
先輩はそう言うと、いつものように人差し指を立てて。
「いいですか」
一拍を置くと。
「今のが完璧な連携プレーというヤツですよ」
このみ先輩が説明を始めると同時に、コート内から「0-30」のコールが聞こえてきた。




