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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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再会 -再開-

「都大会と言っても基本は地区予選と変わらんのですよ」


 大会会場へと向かうバスの中で、このみ先輩はくるくると人差し指をまわした。


「1セットマッチでダブルス2試合、シングルス3試合を行って3勝先取した方が勝利。今日おこなわれる1回戦だけは5試合全部を同時に行いますが、それ以降は地区予選の時と一緒。最初に3試合やって、3勝が成立しなかった場合は順次シングルス2、1の試合を行う」

「基本は地区予選のままってコトですよね?」

「そういうことですね」


 誇らしげに息をつく先輩。

 もうなんか、説明をするのが段々楽しくなってきたみたいだ。


「1つだけ、大きく違う事がありますけどね」

「なんですか?」

「都大会は上位3チームが関東大会に進出する」


 ・・・ん?


「どういう事ですか?」


 訳がわからず、ぽかんと口を開けた。


「しっかりした説明が必要みたいですね」


 このみ先輩はやれやれ、と言ったように。

 それでも本気で嫌がっている風ではないと分かるため息をついた。


「地区予選を勝ち抜けたのは優勝校だけでしたが、都大会は優勝校と準優勝校、3位決定戦で勝利した1校の合計3チームが関東大会に出場できるんです」


 東京都は激戦区ですからそういう措置が取られてるんです、と続ける。


「優勝チームには関東大会のシード権が与えられる。全国に行こうと思ったら、まずはこの都大会で優勝して関東大会を有利に進めるのが1番の近道・・・」

「? どうしたんですか?」


 おかしいな。

 突然、先輩の語気が尻すぼみに弱くなった。


「いや。長々と説明しましたけど・・・。この間監督に言われた通り、お前は目の前の試合に勝つことだけ考えりゃいいかなあ・・・って」

「急に諦めないでくださいよ!!」


 なに途中で気づいちゃってるんですか!


「お前って言うか、お前と私は・・・ですね」


 先輩は苦笑いを浮かべながらつぶやくと。


「例のサーブ、結局間に合いませんでしたね」

「う゛っ」


 急に痛いところを突かれた。

 そうなのだ。昨日、全体練習が終わるギリギリまでやってみたけど、1度も成功しなかった。


「そうしょげるなって」

「でも・・・」

「一旦、"あれ"の事は忘れろです。お前には2種類のサーブとドライブボールがある」

「あのサーブは無いものとして考えろってことですか?」


 先輩は自信に満ちた表情でうなずく。

 まるで不安がっているわたしを励ますように。


「間に合わなかったものはしょうがない。ぐじぐじ後ろを振り返るのはお前らしくないですよ」


 その言葉で。

 どれだけ楽になっただろう。


「分かりました。わたしは、前を向いて全力で頑張ります!」

「おう。ようやく藍原らしさが出てきたですね」


 先輩となら、一緒に前を向いて、目指せる。

 ―――全国の舞台を


「うおおお! やりますよおー!!」

「藍原うっさい! バスの車内ってこと考えろバカ!」


 大声を上げたら、前に座っていた瑞稀先輩に秒速で怒られました。





「1回戦の相手は、江戸間か・・・」

「強いんですか?」

「そこそこってとこですかね。シード校のウチと1回戦で当たるチームですから」


 先輩の口ぶりから、それほど強敵ではないことが伺えた。

 ここは一発、そういうところに気持ちよく快勝して、景気よく都大会の開幕を・・・!


「燃えてきましたね!」

「その前に、開会式でしょ」


 決意した途端、文香の冷静な声が聞こえてきて。


「ええぇぇ~~・・・」


 全身から力が抜けていき、風船から空気が抜けてくようにへなへなと萎んでいく。


「めんどい・・・」

「そう思ってんのはアンタだけじゃないんだからしゃきっとしな」


 ふらふらと立ち上がったところで、瑞稀先輩にパーンと背中を叩かれた。


「あたしは咲来先輩と一緒に居られれば開会式も試合も一緒ですからっ」


 そして声色を180度、ぐるんと変えて咲来先輩の腕にぎゅっと抱き着く。


「私もだよ」

「きゃー☆ 先輩となら地獄の果てに流されてもぜんっぜん平気です!」


 赤くなった頬に手を当てて、くねくねと全身をくねらせる。

 この人、本当に咲来先輩と話す時だけ人格が入れ替わったみたいに性格変わるなあ。


「レギュラー10人は実際会場に入るから、準備しといてね」


 そこに部長がやってきて、大声で指示を出す。


「特に1年生は初めてでよく分からないと思うから、2,3年はフォローしてあげてね」

「部長殿!」

「お、藍原ちゃん。今日も元気だね」


 わたしは元気一番、挙手をして話し始める。


「どれくらいで終わりますか!? あと、偉い人のつまらない話は聞かないとダメでしょうか!」


 それを言った瞬間。

 何故か、まわりの先輩たちに笑われた。


「お前・・・」

「ホント、みんなが言わないようにしてる事に容赦ないね」

「そこに痺れる、憧れるの~」


 まるで出来の悪い子が素っ頓狂な発言をしてしまい、それをフォローする姉たちのよう。


「出来の悪い子で悪かったですよ! そんな笑わなくてもいいじゃないですかっ」


 わたしはさすがにぷくーっと頬を膨らませて怒る。


「まあまあ。怒らないで藍原ちゃん。良いこと教えてあげるから」

「え、な、なんですか?」


 宥める部長がこそこそと思い切り声を殺して。


「立ったまま寝る技術があるなら、やった方が良い。最低でも1時間かかるから」


 そう、耳打ちしてくれた。


「た、立ったまま寝る、ですか・・・!」

「それが出来ないならやめた方が良いよ」

「うむむ・・・!」


 難しい。非常に難題だ。

 立ったまま寝る・・・、半分寝ることは出来るけど、さすがに寝るまでは無理。意識落ちた瞬間に身体の力全部抜けて倒れちゃいそうだし。


「あれー? まりちゃんじゃない」


 ―――その瞬間。


 人混みでごちゃごちゃしていた大会会場のコート外が。

 変なざわめきに包まれた。


「あれは・・・!」


 視線を向けた先に居たのは。

 真っ黒のユニフォームに身を包んだ群衆。ウチより多くの部員が2人の選手を先頭に群がっている、黒の軍団。


「黒永学院―――」


 隣に居た文香が、そう零して息をのんだ。


 名前は聞いたことがある。

 東京都の女王。最強を誇る黒の軍団。

 だけど、わたしが気になったのはそこではなかった。


「あー!!」


 ふと、脳裏にとある記憶が過ぎる。


「あなたは! あの時の!」


 黒軍団の先頭に居る2人のうちの1人。

 両側のお下げが特徴的なクリーム色の猫っ髪、超高レベルのお顔の美少女。


 わたしの中に1度だけ、彼女と話をした記憶があるのだ。


「おでこヘディングの人!!」


 言ってから、すぐに彼女に向けていた人差し指をひっこめた。

 あの群衆の先頭に居るって事は・・・。

 まず間違いなく、先輩だからだ。


 ―――そう、まだわたしが1軍にも上がれていない時

 ―――このみ先輩との関係に悩んでいた時に

 ―――悩みや愚痴を聞いてくれた、良い人


 わたしの中の"彼女"は、そんなイメージだった。


 彼女は一瞬、きょとんとしたものの。


「ああ! 君、あの時の1年生ちゃんだ」

「はいっ! お陰さまでレギュラーになることが出来ました!」


 わたしは深々とお礼の意を込めてお辞儀をする。

 今、こうしていられるのは少なからずこの人のお陰でもあるのだ。


「へえ。君がレギュラー。これだから中学生は楽しいんだよね」

「五十鈴、白桜(ウチ)の部員と知り合いなのかい?」

「うん。2人きりで他の子には言えない事を話し合った仲だよ☆」


 思いっきり誤解を招く言い方で、彼女はそう言うと。


「ま、頑張りなよ。もし戦うことになったら手加減しないゾ☆」


 わたしに投げキッスをして、黒い軍団の中へと消えていった。


「はい! よろしくお願いしますっ!」


 その背中を、見送る。


 都内最強校のすごい人だったんだ。

 その人とあの時話していたんだと思うと、なんだか運命的なものを感じてしまう。


「・・・藍原、綾野(あいつ)と何かあったみたいですね」

「え、あ、はい。すごくいい人ですよね」


 わたしが当然のようにそう答えると、このみ先輩は何故か苦い顔で。


「藍原。その時のことは忘れろです」


 えっ―――


「あいつが・・・綾野が、敵に塩を送るような真似をするはずがない」


 その時のこのみ先輩の顔は。

 明らかに、嫌悪の感情を一切隠さず表していた。

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