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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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2年生の先輩たち

 今日の文香は少し様子がおかしい。

 特にあの宮本葵と一悶着あってから―――

 いつもの1.5倍くらいの出力で、練習に取り組むようになったのだ。


 もともと文香の実力というのは並外れていた。わたしはそれに追いつくので精いっぱいだったのに。

 それの1.5倍。


「はあ、はあ・・・」


 走り込みの後、わたしは膝に手をついて空っぽになった肺へ必死に空気を流し込んでいるのに。

 文香は涼しい顔をしてタオルで顔を拭きながら、水を飲んでいた。


「水鳥さん。無理をしていない?」


 いつもは練習中、ほとんど他人と言葉を交わさない燐先輩が心配そうに話しかけてくれる程度には、文香の様子は尋常じゃなかった。


「いえ、今日は調子が良いんです。まだまだいけます」


 文香がそう言い切ると。


「・・・」


 燐先輩は一瞬、困ったようにその彫刻みたいに綺麗な顔を曇らせ。


「水鳥さん、貴女はあと1周で切り上げて先に食堂へ行ってなさい」

「えっ」


 思わず聞き返してしまったのはわたしの方だった。


「どうしてですか」


 文香は少し怪訝な顔をして食い下がる。

 この子が先輩に反抗するなんて、珍しいことだ。少なくともわたしは初めて見た。


「スポーツ選手が致命的な怪我をする時って、どんな時だと思う?」

「うーん、疲れがたまってる時・・・とか?」


 わたしの答えに、先輩は顔を小さく横に振る。


「特別調子が良い日に怪我をしてしまう事が多いの」

「!」


 文香が小さく身体を震わせる。


「今日はすごく調子が良いからいつもは出来ない事をしよう、いつもよりキツイ練習をしよう、新しいことを試してみよう・・・そんな時が逆に1番危険なの」


 そしてそれにピンと来たのは文香だけではなかった。

 ・・・わたしもだ。


「力が出すぎてしまって、セーブできない程なことに気づかず無茶をしてしまう・・・。それが選手生命を終わらせてしまうような怪我に繋がることもあるの」


 あの日、あの決勝戦で。

 わたしは少なからずそれと同じ状態になっていた。


 確かにあの時、自分はどこまでもいけるような感覚に陥っていた。

 いつもは出来ないことも試してみたりした。そして、実際に成功したのだ。

 でも。


(一歩間違えてたら―――)


 背筋に氷が当たって、少しずつ昇ってくるような気持ち悪い感じがした。


「だから水鳥さん。貴女は今日、全ての練習を7割の力で行いなさい。手を抜けと言っているわけじゃないわ。今の貴女になら、力を抑えるくらいのことは出来るはず」


 先輩の言葉に。


「・・・はい」


 文香はこくりと頷いて、わたし達とは別のルートを走り始めた。


 練習が終わり、食堂に向かう途中。

 久しぶりに燐先輩と2人きりになる。


「先輩っ」

「なに?」


 未だに1対1で話すのは緊張する。

 こういう感覚になるのは部内でも部長と燐先輩だけだ。


「ありがとうございました、文香のこと。・・・わたしが気づいてあげなきゃいけなかったのに」

「気にしないで。私も彼女のようになってしまう日もあるから。あれは自戒の言葉でもあったの」


 "じかいの言葉"・・・?

 さーて来週のお話は、的なことデスカ?


「実は、この間コーチに言われたんです。文香が落ち込んでるようならフォローしてあげてって」

「貴女たち、ルームメイトでもあるのよね?」

「はい」


 最近は真っ向から喧嘩することも少なくなったけど、未だに勉強しろとか、小言は言われる。

 この間は部屋が汚いって怒鳴られたし・・・。


「ふふ。仲の良い姉妹みたいね」

「えー、あんな妹イヤですよ」

「藍原さんがお姉さんなの?」

「誕生日先なので。えへへ」


 姉妹みたいという表現がこそばゆい。

 同じ部屋で生活してるっていう面では、家族と変わらない・・・んだろうけど。

 文香は家族って感じじゃないな。


「燐先輩みたいなお姉ちゃんが居たら、すっごく頼りになると思います!」


 自分でも分かるくらいにやけた顔で、先輩に笑いかける。

 そこで、気づく。


 ―――天使みたいな先輩の顔が


「・・・そうかしら」


 ―――僅かな間だけ


「そ、そうですよ! 最高のお姉ちゃんじゃないですかっ」


 ―――"悪魔"の顔になっていたことに


 反射のように返してしまったけれど。

 今のは対応を間違えたと後悔してももう遅い。


「藍原さんには失望されてしまうかもしれないけれど、私はそこまで出来た人間ではないわ」


 先輩はそう言ったきり、食堂につくまで何も話さなかった。


 なんだろう。

 何故、突然先輩は180度態度が変わってしまったのだろう。

 どこかで地雷を踏んだのは間違いないけれど・・・。


(こういうの苦手なんだよなぁぁぁ)


 人間観察不得意!!


「お、姉御。朝から食うッスねえ~」


 隣の万理の茶々など聞こえないフリをして、茶碗の中のご飯をかき込んだ。





 その日の練習の最後。

 もうどっぷり太陽が沈んでナイター設備が煌々と照らすその下で。


「都大会の登録メンバーを発表する」


 監督はピシャリと言い放った。


「基本的に地区予選の登録メンバーを軸にしてある。地区予選と違い、登録メンバーは全員試合に出るつもりで調整するように」


 そこで彼女は一呼吸置いて。


「名前を呼ばれたものは返事をしろ。・・・久我まりか」

「はい」


 部長を筆頭に、咲来先輩、瑞稀先輩、燐先輩、文香、熊原先輩の名前が呼ばれる。


「菊池このみ、藍原有紀」

「はいっ!!」


 一瞬、頭がいっぱいになったけれど。

 すぐに大声で元気よく、返事をした。


(わー、呼ばれないかと思った)


 まだ心臓がドキドキしてる。


 そんなわたしとは関係なく、次の名前が呼ばれた瞬間。


「仁科杏」


 1軍練習場を覆っていた緊張感が最高潮(マックス)になる。


「はい」


 ―――やっぱり、そうか


 わたしは直感的にそう思った。

 だって、熊原先輩と仁科先輩のダブルス・・・めっちゃ強いもん。

 勿論、わたしとこのみ先輩の方が強いけど、本気で勝負をしたら紙一重でギリギリ勝てるくらい。たぶん。


「野木真緒。以上10名で都大会を戦い抜く」


 ―――えっ

 聞き間違えたのかと思った。

 野木先輩の"方が"ベンチ入りするの・・・?


「これからは暑さも本格化する。体調を崩してチームに迷惑をかけることが無いように。登録メンバーから外れた者は体調面もサポートしてやってくれ」


 では今日はここまで、と監督が言って部長がシメの挨拶をする。


 それが終わると、わたしはすぐに海老名先輩の方へ近寄った。


「あ。藍原ちゃん。えへへ、落ちちゃったの」


 気丈に振る舞ってはいるけれど、動揺は明らかだった。

 ただ、まだ普通に会話が出来る分、マシなのかもしれないけれど。


「先輩。大丈夫ですか?」

「うん。杏ちゃんは私より上手だし。地区予選の時も、入れるとは思ってなかったから」


 先輩はぱん、と両手を合わせるように組んで。


「だから、へーきなの」


 そう言って笑う。

 それが本心からの言葉かどうかは分からないけど、この人の顔から繰り出される必殺スマイルを見てしまうと、大丈夫なんだろうという安心が頭に広がってきた。


「藍原ちゃん」

「はい」

「・・・ありがとうなの」


 あれ。

 なんか感謝されちゃった。


「心配して来てくれたんだよね? 藍原ちゃんのそういう優しいところ」


 海老名先輩はそう言うと。


 そこでふわっとした空気の流れを感じ。

 気づくといつの間にか、わたしは抱きしめられていた。


「私は好きだよ」


 そう、耳元でささやかれて。


「せ、先輩・・・?」


 わたしは何も出来ずに、ただそこに突っ立っていた。

 その抱きしめは一瞬で終わった。当たっていた大きなふくらみを堪能する暇もなく、それは離れていき。


「それじゃあね」


 くるりと踵を翻して、先輩は練習コートから出て行った。


(良い匂い・・・)


 練習後とは思えないほど、そして夕暮れとは思えないほど。

 優しい木漏れ日の匂いがした。


 その瞬間。

 ドカッと、お尻に痛みを感じる。


「ったい痛゛い!」


 ローキックの痛みだ。


「なんなんですか! 蹴る事ないでしょ!?」

「なに逆上せてんですか、この色ボケ!」


 振り向くとこのみ先輩が不機嫌そうにポケットに手を突っ込んでふてくされていた。


「ふん」


 先輩はわたしが呼び止める声にもまったく聞く耳を持たず、ドカドカと先に言ってしまう。


「・・・あれ」


 これってもしかして。

 ヤキモチってヤツじゃないですか・・・!?

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