今日も夜を超えて
「っりゃあ!」
疲れが溜まって重くなってきた腕を全力で振り抜く。
良い捉え方をしたと思う。ラケットにボールが当たった感触は良かった。
しかし。
「・・・アウト、ですね」
放ったサーブは簡単にサービスラインを越えていくのだ。
ライン内に入る気配など、まったく無く。
「がああ、今のは良いと思ったのにー!」
このみ先輩のつぶやきから、段々力が抜けていっているのが分かった。
入ってませんか、と確認するまでもない。
理由は簡単。
絶対に入ってないと、わたし自身が分かるほど大きく入ってないからだ。
「良いと思ってあの程度ですか」
「あ、違う今の無し! 全然手ごたえなかったですよ!」
「それはそれでダメでしょうが・・・」
「う゛っ」
あまりに的確な返しにぐうの音も出なかった。
ぐうの音は出なかったが、変な声は出たんだけど。
「この"第3のサーブ"を都大会までに完成させなきゃならんのですよ。そのための居残り練習でしょうが」
寮母さんに無理を言って、こんな時間に屋内練習場を開けてもらっているのはその為だ。
「わかってます、わかってますけど・・・」
わたしはどうやら器用ではないらしい。
2種類のサーブをタイミングで打ち分けることは出来た。
相手から見れば普通に打ったように見えるサーブ、相手から見ればタイミングを外したように見えるサーブ。
前者のサーブはわたしからしたら意図してタイミングを外したサーブ、後者がわたしの打ち方では普通に打ったサーブなんだけれど。
あとは特別回転もかけてないし、かけられない。
このあまりにややこしい打ち方が多少は影響しているのだろう。そこに"3つ目のサーブ"を加えようとすると・・・。
「頭が爆発しちゃいますよ!!」
頭ん中がごちゃごちゃになって、訳が分からなくなる。
わたしは両手を大きく広げてその爆発具合を身体で表現した。
「かー・・・」
それを見たこのみ先輩は、頭を抱えて俯く。
「不器用とかいうレベルじゃないですねこりゃあ」
先輩はネットの向こう側で座り込んでしまった。
「その打ち方であれだけの威力のショットを打てるなんて芸当が出来るのに、基本中の基本が出来ないなんて」
「あ、バカはやめてくださいよ!?」
言われる前に予防線を張っておく。
「バカっていうか・・・言うならば"デタラメ"ですね」
「そ、それってバカとどう違うんですか?」
「後で辞書引け辞書を」
そこで先輩はすっと立ち上がり。
「とにかくやらんことには上手くなんてなりようがない。もう10本、連続で打ってみろです」
わたしの方をじっと見つめた。
「未完成のままぶっつけ本番なんて博打は、もうやりたくないですからね」
地区予選の決勝戦のことを言っているのだろう。
あの時、確かにドライブボールは完成していなかった。ただ無我夢中でやったら、上手くいったのだ。
(また追い詰められたら成功するかも)
なんて甘い考えが頭を掠めたけれど。
(ダメだダメだ。そんな都合が良い偶然が何度も起きるわけがない。万全の準備をして試合に向かう覚悟がなきゃ)
わたしはきっと、あの舞台に立つことは許されないだろう。
初めて他校の選手と対戦してみて分かった。あそこはそういうところだ。
みんながみんな、死に物狂いで勝ちを獲りに来る場所。戦場―――
そんな場所に"奇跡ありき"で踏み込もうなんて・・・あまりに虫がよすぎる話だ。
「いきますよ先輩!」
わたしも身体に力を入れ、練習の体勢に頭と身体を切り替えた。
まだまだ体力はある。時間の許す限り・・・ラケットを振っていたい。
あの決勝戦で掴んだ感覚を、常に引き出すことが出来れば―――
右手でトスを上げ、それを身体全体を使い、迎えにいくのではなく。
落ちてきたボールを―――
「食らえ、必殺!!」
わたしは叫びながら、そのサーブの動作を1つ1つ頭の中で確認していた。
◆
「あのバカ、まだ練習してますのね」
杏はため息交じりに、光が漏れている屋内練習場の方を見た。
寮の2階に設置された飲み物の自動販売機があるロビー。ここの窓からは丁度、屋内練習場を真下の対面に見ることが出来る。
景観の良さから、夜でも結構人が集まるところだ。
(咲来と河内さんとか、よくここで2人で居るの見るなあ)
あの2人はいつも楽しそうに何か話をしている。
話題は尽きないのか、とか。あんなにしゃべってて疲れないのか、とか。いろいろあるけど。
・・・羨ましいなあ。
「熊原先輩」
「あっ、うん」
しまった。またぼうっとしてしまっていた。
怒られる、と咄嗟に思ったけれど、杏は語気を荒立てるようなことはせず。
「あ、あのですわね・・・」
何か言いづらそうに、ごにょごにょと口ごもっている。
いつもハキハキと物を言う杏にしては珍しく。
「一度しか言いませんから、ちゃんと聞いてくださいまし」
「わ、わかった」
そしてどういうわけだか、窓の外に顔を向けてこちらを見てくれない。
これも、いつも人の目をまっすぐに見る彼女にしては珍しいことだった。
杏は目を瞑り。
「か、かっこよかった、ですわ」
なんとかかんとか、その言葉を絞り出した。
「・・・っ」
自分の耳を疑う。
「決勝戦の、シングルス戦・・・、熊原先輩、かっこよかったですの。いつもぼうっとしてて、どこか抜けてる先輩とは別人と思えるほど、その・・・。本気が、伝わってきて」
見ると、薄暗いロビーでもはっきりと分かるくらい。
「ふ、不覚にもときめいてしまった・・・と言いますか」
杏は耳の先まで真っ赤にさせていた。
私はそれを見て。
(かわいいな)
そんな事を思ってしまう。
おかしいだろうか。こんなこと、杏にそのまま言ったら折角褒めてくれるのに、怒らせてしまうだろうか。
それだけは絶対にダメだと思って、私は余計な事は言わず。
「・・・ありがとう」
素直に、感謝した。
褒めてくれたことに対して。
そして、こんなにも頑張って、顔を真っ赤にさせてまでそれを言ってくれたことに対して。
「杏の為に、頑張ったよ」
「なっ・・・!?」
「2人で都大会へ行きたいから。2人で都大会を戦いたいから。ここ1週間くらい、それしか考えてなかった」
だから、私も自分の気持ちを伝えることにした。
杏になら・・・これも話せる。
「だから、私がかっこよかったのは君のお陰なんだ。ありがとう」
言ってから杏の方を見ると。
「見ないで!」
そう言われて、不意に視線を逸らす。
「え、ええ・・・?」
「今・・・顔を見られたくありませんの」
弱弱しい声と共にそんな事を言われたものだから、視線を外したまま。
「・・・次は、"私の番"ですわね」
隣からそんな声が聞こえてきても。
「明日から早朝も練習しますわ。普通の練習も今まで以上に本気に。だって」
「うん」
言われた通り杏の方は向かず。
「こんなに想われているんですもの。応えなかったら、女じゃない」
彼女の嬉しそうな声色の宣誓を、黙って聞いていた。




