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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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トップ会談 後編

「おっと、こんなところで東京最強決定戦か」


 そこに一際大きな影が現れる。


「だったら私も混ぜてくれよ。黒永、白桜のみなさん」


 彼女は落ち着いた様子で言うと、その垂れ目を眠たそうに半分開き、いつものように痛くもない後ろ首を右手で抑えながらそこに佇んでいた。

 あの深い緑色のスカートに、あの180cm近い長身。


 そう、あれは。


緑ヶ原(みどりがはら)―――」


 部長にしてエース、そして東京四天王と言われる実力者。

 最上(もがみ)乃絵(のえ)さんだ。


 既にだいぶ見慣れた光景だけれど、隣には副部長の本多さんを引き連れている。


「わ、すごい。あそこ」

「東京都四天王が勢ぞろいしてる・・・」


 どこからか、そんな声が聞こえてくる。

 まりか、黒永の綾野さん、穂高さん、緑ヶ原の最上さん。

 この4人が東京都のシングルスで四傑の実力者だという事から、"四天王"の名は冠された。


 よく知っている―――

 まりかは勿論、その他の3人のことも。


(この3年間、鎬を削ってきたライバル達だもの)


 私たちの世代で、この4人を知らない子なんて居ない。

 毎大会の様に大会の終盤、その大事な局面でぶつかってきた選手たちだ。

 その強さも、味方に居る安心感も、敵にまわした時の厄介さも。

 全部、知っている。


「黒永の誇る最強シングルスコンビ、綾野さんに穂高さん」

「白桜のエース久我さんとダブルスのエース山雲さん」

「緑ヶ原の怪獣、最上さんとその懐刀本多さん」


「あれが東京都の頂点・・・!」


 野次馬の数と比例して、そんなどこからともなく聞こえてくる声も大きくなっていく。


「あれ? 乃絵っちはシングルスやめたんでしょ?」


 最初に仕掛けたのは綾野さんだ。

 彼女は少し、おちょくるようにそう言って首を傾げる。


「ならば、東京四天王の名は返上してもらわねばな」


 それに穂高さんも乗っかる形になる。


「いや、いまさら二つ名返上は困るなぁ。確かに今はダブルスに転向したけど、シングルスをやれと言われれば負けるつもりはないし」


 確かに最上さんは地区予選にダブルス1として出場していたらしい事は聞いていた。


「つまり、」


 ここで隣に居たまりかが、満を持して口を開く。


「乃絵の最大のライバルは私じゃなくて、咲来になるわけだ」


 自分の名前が出てきた事に驚いて、少し背筋を伸ばしてしまう。


「ふむ。そう言われればそうなるかなあ」

「最近ダブルスに転向した乃絵っちが、咲来ちゃんと瑞稀ちゃんに勝てるの? 正直言って強いよ、あのペア」


 そこでふと、綾野さんと視線が重なったことに気づく。

 私は何ともむず痒い気分で、少しだけ笑うとすっと視線を外した。


「私も良い連れ合いを見つけた。山雲と河内のペアにも負けない自信はある」


 そこで、今度は最上さんと視線がぶつかった。

 シングルスならともかく、ダブルスなら話は違ってくる。

 私はすっと、目を瞑って。


「私と瑞稀が目指してるのは全国の舞台で誰にも負けないこと。それは相手が誰でも関係ないよ」


 瑞稀の姿を思い描く。

 あの子が今、隣に居たなら、中途半端な答えは許してくれなかっただろう。

 だから私は自信を持ってそう答えた。


「まあ緑ヶ原(ウチ)は2強に挑む立場だ」


 ―――気のせいかな

 妙な違和感が掠める。


「足元をすくわれないように気を付けるといいさ」


 最上さんはそう言って、ひらひらと手を振ると、その場から踵を返して去って行った。


 ―――今、最上さん

 ―――まりかの方を一瞥したような・・・


「・・・食えない女だな」


 それを見て、穂高さんは眉間にしわを寄せて嫌悪の表情を浮かべる。


「エースの位置をコロコロ変える? "この時期に?" 誰の入れ知恵かしらんが、チームを引っ張る者としてのプライドは無いのか」


 それは"同じ部長として"の言葉というよりは。

 "1人の選手として"の意見のように思えた。


「ハニー。顔が怖いよ」

「ふん」


 綾野さんがむむっと眉を吊り上げながら言うと、穂高さんは不機嫌そうにこの場を去る。


「咲来、私たちも組み合わせの確認をしよう。そろそろ出揃ってる頃だよ」

「うん」


 まだ私たちの目的の半分は達されていない。

 私は会場奥の、トーナメント表に目をやると。

 ちょうど、その瞬間に。


「26番、鷹野浦」


 会場に大きなざわつきが生まれた。


「鷹野浦が白桜と同じブロックに入った!」

「えー、鷹野浦ってノーシードだったんだ・・・」


 東京都大会にはシード権を与えられた学校が4校ある。

 しかし、強豪校であるにも関わらず鷹野浦はその4枠からあぶれていたのだ。


 勿論、鷹野浦(あそこ)が同じ(ブロック)に入る可能性は考えていた。でも。


「厳しい大会になりそうだね・・・」


 私は、まりかにぽつりと零す。


 白桜(ウチ)と鷹野浦は、順調に勝ち上がれば準々決勝でぶつかる。

 問題はそこじゃない。準々決勝で鷹野浦と戦った後の話だ。


「緑ヶ原が17番に入ってる」


 第3シードと第4シードは第1シード、第2シードと違って抽選をする。

 黒永と準決勝でぶつかる16番か、白桜と準決勝でぶつかる17番かのクジだ。

 緑ヶ原は17番。つまり。


「さっき話をした段階で、もう白桜(ウチ)と準決勝で当たることは決まってた・・・」


 あの時の違和感がパズルのピースのようにバチッと組み合う。

 最上さんが本当に会話をしていた相手は、まりかと私だったんだ。

 軽口も挑発も、対象は白桜(わたしたち)―――


(舐められたね、瑞稀)


 まず最初に思ったのはそれだった。

 最上さんは私たちにも負けない自信があると言った。


 ―――このまま、舐められたままでは終われない・・・!





 会場を後にし、夕暮れの中を最寄り駅へと走るバスの車内で、私とまりかは言葉少なだった。


「準々で鷹野浦、準決で緑ヶ原。そして、決勝で黒永」

「ほとんど関東大会と同レベルのチームと三連戦か―――」


 そう、1番キツイのはこの試合が3つ続くこと。

 一息つく暇など無い激戦が続くことが予想される。


「これは地区予選と同じような気持ちでいったらやられるね」

「うん。帰ってすぐに1軍を集めてミーティングだ。みんなの気持ちを高めておきたい」


 私が監督あてにトーナメント表を添付したメールを送信している間にも、まりかは厳しい表情でいろいろ考えている様子だった。


 こういうところがまりかの凄いところ。

 さっき他の東京四天王と話していた時とは全く違う表情をしている。

 今の表情は部全体をまとめ上げる部長の表情。

 どうやってこのことを部員たちに伝えるか、そして如何に上手く伝えるかを考えているんだ。


("1番重いところは私が持つ"―――か)


 以前、まりかが言っていたことを思い出す。

 この間の地区予選でも、肝心なところで部員たちを安心させたのはまりかの一言だった。

 全てを背負って、なお戦い続ける、その強さ。


良い部長に(つよく)なったね。まりか)


 その姿は、先代、そして先々代の部長と完全に重なって見えた。

 名門白桜(わたしたち)の部長・・・久我まりか。


 ―――東京の最高峰(トップたち)と話した後だから、よく分かる


 この子が隣に居ることは、他の誰が味方であるよりも。

 絶対の絶対に頼もしい。

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