トップ会談 前編
東京都内のとある講堂。
それを眼前にして、私は生唾を飲みこんだ。
市民行事などが主な使用用途のこの講堂に来るのはもう何回目だろう。
電車を乗り継ぎ、少しだけバスに乗って。
降りたそこにあるのは、白桜の授業用よりは一回り以上大きな総合体育館。
この場所に今日、東京都中学テニス界の雄が文字通り一堂に会す。
そう、東京都大会の組み合わせ抽選会が行われるのだ―――
「ここに抽選に来るのも、今日が最後か」
隣に居るまりかは感慨深げにつぶやき、自らの腰に手をやった。
「―――楽しみだね、咲来」
「うん」
晴れ晴れしい表情で語るまりかの言葉に、私は軽くうなずく。
しかし、私たちにはここに来る多くの学校とは大きく違うことが1つある。
まりかのこの意気揚々とした雰囲気に水を差して良いものかと躊躇はしたけれど。
「白桜はシード校だから、クジ引かないんだけどね」
そう言って苦笑する。
すると。
「・・・!!・・・っ!・・・ッ」
まりかは絶句して、へなへなと全身の力が抜けたように腰を砕き、四つん這いになって地面に手をついたと同時に、マイナスオーラを全開にさせ周囲に暗い色の空間を作り出す。
「そうなんだよ・・・! 部長になってコレが1番楽しみだったのに・・・! 監督が、私たちはクジなんてひかなくて良いって・・・!!」
落ち込むまりかを、まあまあと言いながら起こす。
最初に言われたのはいつのことだっけ。あの時のまりかと言ったら酷かったのを鮮明に覚えている。
行きのバスでも頭を抱えていたし、組み合わせを見た帰りのバスでも頭を抱えていた。
(あの頃と比べると・・・)
―――強くなったね
と、言おうとしたのに。
「っくしょう・・・」
私に手を引っ張られながらいじけている彼女を見ると、そんな言葉も自然と引っ込む。
くじを引かないからと言って、ここに来る意味はちゃんとある。
まず最初に、出場届を提出しなければならない。
これが最も重要かつ、ここに来る本当の意味。
郵送では何かトラブルがあったら大変なので、部長と副部長が手渡しで手続きをすることになっている。
そしてもう1つが。
抽選結果を受け取り、他校を含むトーナメントの組み合わせを自分達の目で見てくること。
トーナメントの組み合わせ如何によって、大会の行方は大きく変わることになる。
自分たちがくじを引かなくても、他の学校の部長がくじを引く様子を見る・・・。
(いつものことだけど、緊張するなあ)
なんて事を考えていると。
「第7地区代表、白桜女子中等部です」
いつの間にか私たちの番になっていた受付で、まりかが出場届を提出する。
受付のお姉さんがそれを確認し、手元のパソコンに何かを打ち込み。
「第2シード、白桜女子ですね。登録完了しました」
出場届の代わりに、1枚の紙を返される。
「32番になります」
そこに書いてあるのは出場校32番中、32番目を表す数字。
第1シードが1番になるので、第2シードは必然的に正反対の32番ということになる。
それを受け取り、受付から中に入ると。
「まーりちゃんっ!」
いきなり、まりかに抱き着く影。
・・・と言ってもこんな事をする人物にそう心当たりがないことは分かってる。
「会いたかったよ~☆ 私のお姫様!」
東京都大会第1シード黒永学院のシングルス1、綾野五十鈴さん―――
彼女はまりかの顔に頬ずりしながらぎゅーっと抱きしめ。
「あはは。相変わらずご機嫌だね五十鈴」
「もっちろん! 今日はまりちゃんに会えるから張り切っておめかししちゃった☆」
「いや、ただの制服に見えるけど・・・」
黒永学院伝統の黒ロングスカート・・・は、さすがにこの暑さではお目にかかれない。
今、彼女たちが着ているのは普通の黒スカートである。
「・・・五十鈴、もういいだろ」
さっきからまりかと綾野さんがイチャついてるのをものすごく不機嫌な雰囲気と半目で睨みつけている、綾野さんと同じ制服の女の子が、2人のやり取りに横槍を入れる。
「お前もだ久我! ・・・五十鈴にくっつくな」
「えー」
黒永学院の部長、穂高美憂さん。
彼女のあまりに不機嫌な様子に、綾野さんは渋々まりかを解放した。
「もう、ハニーったらヤキモチさん☆」
「そんなんじゃない・・・」
綾野さんが嬉しそうに指摘すると、穂高さんは更に不機嫌そうに視線を逸らした。
(どこからどう見てもヤキモチだよね)
普段、私のすぐ隣に居る子も、ああいう雰囲気と視線で他人を睨むことが多々ある。
瑞稀の場合はああいうあからさまに嫌な感じというよりは、これ以上続けたらどうなるか分かんないぞ、みたいな威圧すると言った方が正確かも。
「ごめんごめん。まりちゃんに会えて嬉しかったんだ」
綾野さんは仕切り直すように笑いながら言って。
「だって、私が認めた数少ない強者だから」
―――一瞬。
そこだけ。
まるで何かを殺すように鋭い雰囲気になるんだ。
ナイフで突き刺されるが如く、鋭利な敵意。
「だからまりちゃん。"今度は"負けないでね?」
"今度は"。
綾野さんが言っているのは―――春の大会でまりかが綾野さんに負けたこと。
「ふふ。五十鈴」
それに対して。
「いつまで過去の栄光にすがる気かな。現在は夏だよ」
まりかは真正面からぶつかる。
この子はそれが出来る強さを持っているから。
そしてまりかが言えば、これは冗談ではなくなる。
「あは☆ まりちゃん生意気。あぁ、今すぐにでも負かして泣かしたくなっちゃうなあ」
まりかの凄みに、こちらも一歩も引かない。
「へえ。私に勝てる気でいるんだ」
「そりゃあ勿論! まりちゃんも、勝てるもんなら勝っていいんだよ?」
まるで互いの視線がぶつかって、火花がバチバチと散っているような感覚。
(変わらないなぁ)
この2人を1年生の時から知っているから分かる。
全然変わっていない。勿論変わったところもあるけれど、根っこはやはり変わらないのだ。
生粋の戦士―――
彼女たちは学校の威信や部長という立場、シングルス1、エースと言う肩書ではなく。
久我まりかと綾野五十鈴として戦える、両者にとって数少ない相手なのだ。
「・・・お互い苦労するな」
そんな2人と対になるように。
「そうだねー」
私と穂高さんは、どこか通じるところがある。
勿論、性格が合うとか仲良くなれるとか、そういうことじゃない。穂高さん少し怖いし。
でも。
猛獣の手綱を握っている者同士として、共感できるところは多々あった。
お互い、相手のそういうところをこの3年間でずっと見てきたから。
分かり合えるところが、あるんだ。
東京都トップレベルの実力者同士の場外でのぶつかり合い。
これに、"相乗効果"が起きないわけがなかった―――




