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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
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夜会話

「藍原、アンタ寝相悪い?」


 夜。

 消灯時間になって部屋の電気を消す前に、文香から問われる。

 そう、この部屋は二段ベッドなのだ。


「悪い方・・・かな」


 見栄を張って悪い"方"なんて言ったけど、ホントはすごく悪い。

 自分のベッドから落ちたことが1回や2回の話じゃないんだ。


「あっそ。じゃ、私が上で寝るから、アンタ下ね」


 文香はそう言うと、サブバッグを持ちながら二段ベッドの梯子のような階段を昇っていく。

 かと思えば、こちらを見おろすように振り返って。


「私が上、アンタは下・・・って事だから」


 と厭味ったらしく笑った。


「くっ、この性悪残念美人!」

「あら。褒め言葉だわ」


 わたしの負け惜しみなんて意に介さないと言ったように、文香は間接照明の届かない、暗い二段ベッドの上の段へと消えていった。





「久我まりか・・・。既に高校テニスの雑誌で期待の中学生として特集が組まれるクラスの逸材。全国的に見てもトップレベルのプレイヤーッスね」


 ウチの『万理ちゃんノート』にも名前が載っている。

 1年くらい前、天才中学生として情報番組に出ていたのを偶然見ていたから、というのもあるけれど。

 彼女くらいの選手になれば黙っていても噂は入ってくるのだ。


 名門白桜女子のキャプテン、エース、シングルス1を同時にこなす大天才。

 白桜という巨大な選手育成システムが生み出した、正真正銘のバケモノ・・・。


(それにしちゃあ、ちょっといい加減な人だったなあ)


 天才とナントカは紙一重って言うし、凡人には理解しがたい何かがあるのかもしれない。


「ま、キャプテンがシングルス1に居る限り、このチームに負けは無いッスね」


 そう、あの人が確実に勝ってくれる。ただし。


 ―――シングルス1にまで、試合がまわれば。


「バンリ、そろそろ証明を消してくれないか? 勉強熱心なのは良いことだが・・・」

「ん? ああ、申し訳ないッスね。今消すッス」


 メモを付けていたノートを引き出しに仕舞い、身支度を済ませ電気スタンドを切る。


「すまない。どうも真っ暗じゃないと眠れなくて・・・」

「いんや。ウチこそ長々すんませんでしたッス」


 ウチのルームメイトは生真面目な性格らしい。

 何から何までちゃんとしてないと気が済まないといったタイプの人間。


(ある意味、水と油ッスね)


 姉御も部屋割りであの水鳥文香と一緒にされたらしいけど、これを考えた人間は相性の悪い子同士をくっつけたんじゃないかというくらい。

 そんな嫌がらせみたいな真似をするわけがないというのは分かっているけど、勘ぐってしまう。


(ま・・・しばしの間、辛抱ッス)


 ベンチ入りの選手には部屋割りを話し合いで決める権利が与えられる。

 ・・・そこに至るまでの時間がどれくらい必要かは分からないけれど。





(全国制覇、か)


 私は少し、食後に寮の外で新倉さんと話したことを思い出していた。


『このチームのエースになって全国制覇するために私は東京に来た・・・藍原有紀はそう言ってました』

『何それ、バッカじゃないの? あのバカ、(アンタ)にボロ負けしたんでしょ?』


 瑞稀の悪態に、新倉さんは小さく頷く。


『それでも思い出したわ。私たちは全国制覇をするために、この部に居るんだって』


 その時の新倉さんは、少しだけ嬉しそうで。


 確かに、藍原さんには不思議な雰囲気があった。

 周りを明るくさせるなんて聞こえの良いものじゃないけれど、何かを予感させる・・・そんな大雑把な何かが。


(全国・・・)


 あの舞台にもう一度立ちたい。

 私たち3年生には、そのチャンスがあと1回しか残されていないのだ。

 少なくとも。


(瑞稀とペアが組めるのは、夏の大会が最後・・・)


 ・・・ちょっと、嫌な事考えちゃったな。


「先輩」


 気づくと、目の前に瑞稀の顔があった。

 照明を全て消した、二段ベッドの下の段。

 私と瑞稀はいつもそこで2人一緒に寝ている。夏になるとちょっと暑いんだけどね。


「眠れませんか?」


 瑞稀が小声で心配してくれる。


「少し、考え事しちゃってて」

「あたしのコト・・・ですか?」

「半分正解」


 その瞬間。

 暗いのに、よくわかるぱっちりとした顔立ちが曇るんだ。


「一緒に寝てるのに、あたし以外の子の事、考えちゃ嫌です」

「・・・瑞稀は嫉妬深いね」

「先輩ほどじゃないですよ」


 うん、そうだね。

 言って、瑞稀の頬を撫でる。


「今年は全国優勝、したいね」

「はい。先輩とのダブルスだけは・・・誰にも負けません」

「もうあんな悔しい思いはしたくないしね」

「・・・はい」


 瑞稀は少しだけ、俯くようにして頷いた。

 酷い先輩だよね、わざわざ古傷をえぐるような真似して。


 そうまでもして、貴女を私の傍から離したくないんだ。だから・・・


 ぎゅっ。


 私は瑞稀に抱き着く。


「少しだけ、こうしてていい?」

「はい。ずっと・・・このままでいいですよ」


 優しい声に誘われて、うつらうつらしている間に眠りにつく。


 普段の態度から、瑞稀の方が私に依存してると思われがちだけど・・・。

 きっと私はその何倍も、瑞稀にベタ惚れしてる。


 やっぱり、ちょっと歪なのかな。

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