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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
76/385

VS 葛西第二 シングルス2 熊原 対 今村 3 "世界が変わった日"

「ちょ、仁科さん落ち着いて」

「離してくださいまし!」


 彼女は止める同級生をかき分け、ずいずいと私のところまで歩いてくると。

 見上げるほどの位置にある、私の練習用ユニフォームの襟をぐいっと引っ張るように掴んで。


「貴女、いま、手を抜いていたでしょう!?」

「べ、別に」

「やる気が無いなら私の前に立たないでくださる!?」


 激昂した彼女はものすごい剣幕で。


「本気でやってる選手全員を侮辱する行為ですわよ!」


 それだけ言うと、ばっと手を離して元の位置へと戻っていった。


「―――」


 私は未だに何が起こったのか分からず、立ち尽くす。


「なにあの子。あれが先輩に対する態度?」

「気にしなくていいよ、智景」


 誰に何を言われても、音が耳の奥を通り抜けていくばかりで。

 私はどうにかなってしまったのかというくらい、それから何も頭に入ってこなくなった。


(私は・・・)


 自分の右手のひらを見る。


(本気でやってる人をバカにする"つもりなんて")


 それを思った瞬間。


 ―――そんなの、話にならないよ

 ―――何が何でも勝たなきゃいけない。その固い気持ちがないなら


 ふと脳裏を過ぎったのは、同級生の言葉。


(そっか)


 私がどう思ってるかは関係ない。


(少なくとも、周りからは・・・)


 ―――以上が春大のベンチ入りメンバーだ


(やる気が無いって、思われてるんだ)


 今までのんびりと、自分のペースで生きてきた。

 それに関して、何かを思うことも考えることもなかったけれど。


 私は生まれて初めて、他人から自分がどう思われているのかを自覚した。





「仁科さん」


 翌日、私は彼女を呼び止めた。

 名前は他の1軍在籍1年生からバッチリ教えてもらったのだ。

 この子の名前は―――仁科杏。


「な、なんですの・・・」


 彼女は脅えた様子で、それでもゆっくりとこちらに振り返って私を見上げるように見つめてきた。

 一見厳しそうな釣り目の中にあるのは、少し不安の色を隠せない綺麗な色の瞳。


「私に、練習を教えて欲しい」

「は、はあ?」


 彼女は訳が分からないと言った様子で、両手を広げた。


「今は大会期間中で監督もコーチも居ないでしょ。君と一緒に練習がしたい」

「・・・し、仕返しとかしようとしてるんじゃありませんの?」

「? 仕返し?」


 この子は何を言っているんだろう。

 訳が分からず首を傾ける。


「先輩、怒ってませんの?」

「何を?」

「昨日のことですっ」


 仁科さんは目を瞑って恐る恐るそれを口にした。


「怒るわけないよ」

「う、ウソです! 1年生の間じゃ先輩たちすっごく怒ってたって」

「いや、だから怒ってないんだよ」

「怪しすぎますわ! 急に練習教えてくれなんて言い出すし、明らかにおかしいじゃないですか!」


 彼女の声のトーンは冗談を言っている風ではない。

 私は。

 また、間違えてしまったのか。


「ご、ごめん」


 そうだよね。迷惑だよね、急に。

 彼女の様子から、自分が迎合されていない事くらいは分かった。


「うう゛っ・・・」


 どうしてだろう。

 急に、悲しくなって。

 涙が溢れてきて止まらなくなった。


「ちょ、ちょっと先輩!?」

「ごめ゛ん。ち、ちがくて・・・ううう」

「なんでそこで号泣なさるんですの!?」


 次の瞬間。

 仁科さんはばっとべそをかいている私の手を掴んで。


「こっち来てください!」


 引っ張られて、部室のロッカーからロッカーの裏手へと連れて行かれた。


「危ないところでした・・・。あのままあそこに居たら誰かに見つかってたかもしれませんでしたわ」


 涙は引っ込んだけど、未だにしゃくりあげて顔を俯けている私。

 ああ、ダメだ。こういうところがダメなのに。自分だってダメだって分かってるのに。


(そんな簡単に直せないよお)


 だって、昨日これがダメだって気づいたんだ。

 あまりに急すぎる。


「・・・貴女。情けなさすぎじゃなくて?」


 先ほどよりだいぶ丸くなった口調で、すさまじく鋭い一撃を貰った。


「熊原先輩は身長も高いし、手足も長い。体格に恵まれてる上にパワーもスピードもあって、部内でもシングルスの強さは部長、新倉さんに次ぐ3番目」

「・・・っえぐ」


 しゃくりあげちゃう。


「それなのに・・・メンタルもマインドもその辺の小学生以下ですわ」

「うん・・・」


 ようやく、まともに返事が出来た。


「身体だけ大きくなったガキ、それが熊原先輩です」

「ごめん」

「簡単に謝らないでください」


 彼女はため息をつくと。


「私に先輩の身長と運動能力があったら・・・なんでも出来たと思いますもの」

「え・・・」


 まるで苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。


「私は非力です。チビです。スタミナもありません。それでも・・・テニスを好きな気持ちと、誰にも負けたくないという気持ちは人一倍だと自負しておりますの」


 "だから・・・"と。

 彼女は続けた。


「貴女が妬ましくて、羨ましくて仕方がない。貴女はその気があれば・・・このチームのエースになれる人ですのに」

「そんな・・・」

「そんなことないなんてコトは無いんです!!」


 また、怒られる。


「本気になればエースになれるくせに、いつまで経っても本気にならない!」


 仁科さんは私の胸の辺りに人差し指を突き出し。


「そんなだから、みんな貴女に対してイライラしてるんですの!!」


 ぐいぐい言い寄ってきて。


「本気になれるもんならなってみなさい! 熊原智景!!」

「―――!」


 頭を鈍器でカチ割られた感覚がした。


「そう・・・」


 まるで暗闇だった視界が開けていくように。


「そう、だったんだ」


 私の世界に、光が差した。


「・・・貴女、もしかして今まで自覚がありませんでしたの?」

「うん」

「ウソでしょう?」

「嘘じゃない。私は、今・・・今ね」


 この気持ちをどう言ったらいいだろう。

 なんて事を考える前に。


「改めて生まれたって感じがした」


 その言葉が口から出てきていた。





(ぼんやりとしていた世界を、鮮明にしてくれたのは―――)


 杏。

 あの子のお陰なんだ。


 彼女が私を生まれ変わらせてくれた。私の世界に光をくれた。


(杏が居ない私に・・・意味は無い!!)


 抜けかけたボールを拾って相手コートに返す。

 相手はそれに追いつけず―――


「ゲーム、熊原! 3-1」


 ただ、ボールを見送るだけ。


「うおおお!!」


 コートのまわりの応援団が、盛り返してきた気がする。


 私は滴り落ちてくる汗を拭って、ふうと息を吐いた。

 まだ全然いける。余裕と言っても良いくらい。


(私は君を都大会に連れていく。私に戦う理由をくれた君の為に、私はこの試合、絶対勝つ)


 そう。負けられない。

 負けられないんだ。


 "杏と同じコートに立つその日までは"、絶対に。


 その為ならどんな相手だって関係ない。

 私の前に立ちふさがる敵は、全員倒す―――

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