VS 葛西第二 シングルス2 熊原 対 今村 2 "意味ある戦い"
いける。
このままの勢いで押し続ければ、白桜に反撃の時間を与えることなく勝てる。
「おりゃあ!」
相手のサーブを全力で振り抜く。
打球は正面に飛んでいき、コートのど真ん中に突き刺さって抜けていった。
「あはは、楽しいぜこりゃあ!」
敵を圧倒する感覚。為すすべのない白桜の選手。
爽快ったらこの上ない。
(次のサーブも・・・)
打ち返す。
そしてそれと同時に思い切り前にダッシュ。
前陣に上がって速攻で点を取る。このスタイルを1年間磨き上げてきたんだ。
―――相手がどんなに強くボールを打ち返してきても
ダッシュの勢いと、自慢のショットでそれを叩く。
(返せるもんなら!)
それをいつの間にか前陣に居たあの熊のように大きな女がラケットを両手でがっちり握り。
ネットから少し下がった程度の位置で。
(返してみやがれ!!)
"ラケットを振り抜き、フルスイングして"
とんでもなく低い弾道のボールが、あたしの真横を抜けていった。
「・・・は?」
恐る恐る後ろを振り向く。
―――何が起きた?
しん、とコートをぐるりと囲むフェンスの向こうに居るギャラリーと、そして何より自分自身が。
黙りこくってしまった。
相手選手をちらりと見る。
「よし、1点」
奴は小さくガッツポーズをして、何事もなかったようにサーブ位置に戻っていったのだ。
◆
負けられない。
負けられないんだ。
(まだ1点を取っただけ・・・)
試合を終わらせるには最低あと3点と、5ゲーム分、点を取る必要がある。
(長いなあ)
サーブを打つ。
相手選手は慌てて打ち返してくる。さっきのを返された動揺か、レシーブの球が上ずる。
(下がるか、いや)
ここは一気に上がろう。
いける気がするんだ。
(届け!)
手を千切れるんじゃないかってくらい伸ばして、その高めに浮いた球を無理矢理打ち落とした。
「30-30」
「よし、並んだ」
確認して、またサーブを打つところに戻る。
この一連の流れがめんどくさい。サーブは入らない時は本当に入らないし。
でも。
("手は抜けない")
このずらりと周りを囲む応援団のどこかに―――
(杏が居る)
私のプレーを見てくれているはずなんだ。
彼女に手を抜いたプレーなんて見せられない。
そんなはずがない。
(杏を、都大会に連れていく)
杏と一緒に都大会でプレーする。
その一心しかない。
それに―――
(私がここで勝って都大会行きを決めたら、きっと)
最高のかっこつけになるはずなんだ。
◆
「・・・野木真緒。以上が春大のベンチ入りメンバーだ。このチームで戦う最後の大会になる。まずは初戦の―」
そこで、監督の話を聞くのをやめた。
だって、自分が出ない大会のことなんて、聞いてもしょうがない―――
(秋の大会で失敗したからかな)
確かに秋の大会で3回チャンスを貰って、2回負けた。
でも、私はこのチームの中でも強い方だと思う。特にシングルス。
まりかと新倉さんには及ばないかもしれないけど、それでも3番目という自負はあったつもりだ。
それが、ベンチ入りすら出来ない。
私は納得がいかなかった。
「どうして私はベンチ入りからも外れたの?」
普段、絶対に人にこんな事を聞くことは無い。
でも本当に納得できなくて。まりかと咲来に相談したことがあった。
「ふむ」
まりかは少しだけ首を捻ると。
「たまに智景から、やる気や向上心を感じないことがあるんだ」
「まりかっ」
咲来が言葉を挟もうとすると、まりかは左手をすっと彼女の前に上げて制した。
「そんな事は」
「本当に?」
まりかの大きな瞳が私を見ている。
そこで何か、心の中を覗き見られているような恐怖を感じた。
「・・・、モチベーションが上がらない時はある」
「例えば?」
「なんというか、何のために私はテニスをやってるんだろうとか。負けたくないし勝ちたいけど、勝利に執着できなくなる、みたいな」
まりかの視線が痛くて、目線を外しながら答える。
彼女は厳しい表情のまま、私をまっすぐ見据えて。
「智景。私たちはもうすぐ3年生になるんだ」
「うん」
「私たちの先輩を思い出してほしい。2年前の3年生、去年の3年生。チームを引っ張っていく柱だった人達だ」
それは・・・分かるけど。
「3年生にかかる重圧は2年生の比じゃない。学校の名前と看板を背負う、それが3年生なんだよ」
「・・・」
「その3年生になる直前の大会前に、戦いの意味が分からない、勝利に執着できない・・・。そんなの、話にならないよ」
咲来の方をちらっと見たけど、彼女も目を伏せてしまっている。
「私たちは白桜の代表になるんだ。正直、智景が今みたいな考え方じゃ、1軍の席すら危ういよ」
まりかは正直だ。
すっごく正直で、嘘をつくことが下手な子。
だからか。
彼女の言葉が正しすぎて、私はそれを受け止めなかった。
受け止めるだけの度胸が、私には無かったんだ。
「まりかも智景に期待してるから、ああいう言葉になっちゃったんだと思う」
話し合いの後、咲来が慰めてくれたけれど。
「でも、あの子の言った事、少し考えてみて。私たちは試合に出る以上、何が何でも勝たなきゃいけない。その固い気持ちがないなら・・・」
咲来は優しいからその先を濁した。
その先にどういう言葉が続くのかは分からない。
でも、私はこの話し合いの後、ショックを引っ張って大会の応援にも身が入らなかった。
チームが勝ち進んでいくのとは逆に・・・私の気持ちは落ち込んでいって。
(もう、いいや)
ある日の練習で、そんな事を思いながらサーブを打った。
それを。
ものすごい勢いでレシーブされたのを、覚えている。
「熊原先輩!!」
金切声。
最初の印象はそんな感じだった。
「貴女、ふざけてますの!?」
ぱっと顔を上げると、ポニーテールにまとめた金髪が綺麗な、一回りも二回りも小さな女の子が。
「この朴念仁! でくの坊!!」
本気でキレていた。




