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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
73/385

部長として!

 『コートではいつも独りきり』


 昔の国民的テニスアニメの主題歌、その一節だ。


 言い得て妙だと思う。

 テニス、特にシングルスというのは徹頭徹尾個人技の面が強い。

 誰かのせいで負けることは無いが、誰かのおかげで勝てることも無い。助けてくれるのは常に自分だけ。


 私は幼い頃からその孤独の中で育ってきた。

 だから。


 "彼女に出会った衝撃は大きかった"


「ありがとうございました・・・」


 もう口から出したのか出していないのか分からないくらい小さな言葉を呟いて、対戦相手と握手をする。


「柚ー! よく粘った!」

「やっぱすげーよお前はよー!」


 数人しか居ない葛西第二側の応援の声が頭に響いてくる。そこで。


(ああ、負けたんだ・・・)


 と、ようやく実感した。


 負けるような戦いじゃなかった。試合中、何度も何度も何度もマッチポイントを迎えた。

 あと1点取れば勝ちというところまで敵を追い詰めたのに。


 最後の1点が―――


(遠くて遠くて)


 結局、取れなかった。

 たった1度のマッチポイントを、敵にとられてしまったのだ。


 何度追い詰めても、何度決めにいっても、相手選手はそれを悉く返してきた。

 絶対に点を取られちゃいけないところで、彼女は最後まで点を取られなかった。

 その姿勢はもはや執念を通り越して狂気すら感じるほど。


 ただ1試合の為に、あそこまで出来るなんて―――

 私には理解できない。


 その瞬間、強烈な立ちくらみがした。

 ふらっと、足元ががくつく。


(―――ッ)


 よろついたものの、別に倒れることは無い。

 立ちくらみがしただけだ。本当に一瞬、よろけた程度。


 それなのに。


「・・・文香! 文香っ!」


 気づくと目の前に居た"彼女"は、何度も私の名前を叫ぶように呼ぶ。


「何をそんなに血相欠いているの」

「だって今、文香倒れかけ・・・!!」

「大袈裟ね。少し疲れただけよ」


 彼女―――有紀が支えてくれていた腕から逃れるように、強引に力を出して自分1人で歩き始める。


(私は・・・独りで歩ける)


 この子に助けてもらわなくても、私は大丈夫なんだ。

 大丈夫なはずなんだ。


「ダメ!」


 行こうとした瞬間、ぐいっと手を引っ張られて。


「ッ」


 何かを言い返そうとしたけれど。


「今の文香、変な意地張ってるもん!」


 気づくと有紀の胸の中が気持ち良くて。


「・・・ごめんなさい。少し、いいかしら」

「うん」


 次第に彼女の方へ、体重を預けていくと―――

 不思議なことに、すごく気持ちがよかった。疲れた身体から力が抜けていく感覚が。





「頑張ったね、柚希」


 マムがいつもの調子で淡々と激励の言葉をかけてくれる。


「みんなのおかげだよ。私が負けたらチームが負けちゃうって思ったら、力が湧いてきて」

「すごいよ柚。3年間で1番調子が良かったんじゃない?」

「うん、自分でも出来過ぎかもって思う・・・」


 はじめはいつも通りだったけれど、試合途中からまるでウソみたいに力が出てきたのが分かった。

 白桜の応援とか聞いてたら、負けてたまるかっていう意地みたいなものが沸々と湧き上がってきて。


「出来過ぎでもまぐれでもなんでもない」


 みんなが水やらタオルやらを渡してくれる慌ただしい中、マムの言葉が入ってくる。


「アンタがアンタの力で獲った勝利だ。胸を張りな」

「えへへ、そうかな」

「序盤で突き放されたのに、目先のゲーム差に怯まず最後まで攻め続けた。結果、向こうを守りの体勢にして最後は気持ちの粘り勝ちさね。アンタの勝ちたいって気持ちがあの1年生を萎縮させたんだよ」

「うへー。すっごいちゃんとした戦評」


 マムの冷静な分析に、礼が驚く。

 こんな言葉が試合終わって直後のこのタイミングで出てくるんだもんな・・・。

 一体この人は、どれだけの数・・・試合をその目で見てきたんだろう。


「柚希」


 その時、左手をぎゅっと握られた。


「あたしにその力を分けてくれ」


 そこに居たのは―――紗希。

 いつも気丈で強気な彼女が・・・小さく震えていたのが、手のひらを通して直に伝わってきた。


「うん。良いよ好きなだけ持ってって」

「ああ」


 そして彼女は一瞬目を瞑ると、踵を返して。


「・・・三枝子」


 同じ幼馴染の名前を呼ぶ。


「絶対に繋ぐからな。白桜に対して、1番いろいろ思うのはお前だろ」

「―――!」

「あの久我まりかをお前がぶっ倒して、あたし達が都大会へ行く。その道を作ってやる!」


 そう宣言する彼女には、さっき手に伝わってきた震えなど微塵もなく。

 力強く言葉に出して、駆けるようにコートへと入っていった。


(お願いね、紗希)


 あなたの強さに、私も懸ける。

 みんなが私を信じてくれたように―――私もあなたを信じるよ。





「たった一つ、落としただけだ。何も慌てることはない」

「はい!」


 監督の言葉が、少しだけざわざわしていた選手たちの気持ちを締め直した。


 ―――それにしても


(水鳥さんが負けるとは思わなかったな)


 最後、倒れかけて藍原さんに支えられるところを見て改めてそう思った。


 "彼女が普段通りではないこと"に驚いたのだ。

 いつもの水鳥さんなら、あんな風になることは想像できない。


 天才、怪物。

 いろいろな形容の仕方はあるけれど、彼女がその身体に抱えきれない大きな才能を持っているのは確かだ。

 それは普段一緒に練習している私たちが1番よく知っている。


(シングルスなら、私はもう彼女には勝てないかもしれない)


 いくらダブルス専門とはいえ3年生、それも副部長がこんな事を思うのは情けないだろうか。

 それほどの才能なのだ、彼女は。


 その水鳥さんが負けたことに、全くショックを受けていないわけじゃない。


「久我」


 それは恐らく。

 今、まりかの名前を読んで目配せをした監督自身が1番分かっているんだ。


「みんな落ち着いて。何も心配いらないよ」


 まりかは試合の終わった私たちダブルス組や応援団の幹部の前で平然と言ってのける。


「私が絶対に負けないから、白桜の勝利は揺るがない」


 ―――痺れる


「ま、そういうことだから。私は準備運動始めようかな。真緒、ちょっと手伝ってくれる?」

「ええ。任せておいて」


 少し笑いながら、まりかは真緒を引き連れて行ってしまった。


 ―――かっこよすぎだよ、まりか


(そんな台詞、言いたくても言えない・・・)


 そこに辿りつける選手が一体全国に何人いるだろう。

 少なくともまりかほどの安心感を与えられるプレイヤーの数なんて、指で数えられるほどだろう。


「はい。みんな応援に戻ってー」


 私が言うと、みんなは散り散りになって元の位置へ戻っていく。

 簡単な仕事だ。まりかがやってくれたことの、まとめをやればいいんだから。


「次の試合は・・・」


 そう。あの子だ。


「あれ?」


 きょろきょろと辺りを見渡すけれど、姿が見えない。

 そこに―――


「ごめん。遅れた」


 智景はやってきた。


 少しだけ汗はかいているみたいだけど、いつものようにポーカーフェイスで、物静かに。

 しかし。


「う、うん。任せたよ、智景」


 彼女は無言でうなずく。


 その横顔から・・・いや、違う。

 全身から。

 まるでこの暑さが生ぬるいほどの熱い、青い炎が燃えたぎって見たのは気のせいだろうか。

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