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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
71/385

VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 7 "絶好調!"

「藍原」


 このみ先輩からボールを受け取る。


「このゲームで終わらせましょう」


 小さな手のひらから、わたしの手のひらへ。


「お前の得意なサーブ、ぶち込んでやれです」


 このみ先輩の手には変な力みが感じられなかった。

 まるで委ねるかのようにわたしの手に渡されたボール。


(どうしてだろう)


 試合が決まるかどうかの瀬戸際なのに、嫌な圧迫感が無い。

 見える映像はクリアだ。周囲がまったく曇ることなく鮮明に見える。


(サインを確認して―――)


 ボールをスッと空中に放り投げる。

 そう。変な力みは無い。

 そんな事より頭の中を鳴らしているのは。


 ―――どくん、どくん、という。うるさいくらいのベース音だ。


「ッぁあ!!」


 サーブを打った後、自然とそんな声が出た。

 ボールがコートに跳ねる良い音。

 そして。


 相手のラケットがそれを返してこない一瞬の静寂。


「ふぃ、15-0」


 審判がおずおずとコールをした。

 同時に、ギャラリーの拍手が聞こえてくる。


 どくん、どくん。

 鼓動がどんどん早く大きくなっていく。


(もっとだ。もっともっともっと、もっとサーブを決めたい。点が取りたい・・・!)


 このフォームとサーブを作り上げるのに、あれだけ練習したんだ。

 あのキツイ練習も、全てはこの時の為。

 この点を取る感覚、サーブを決める快感、みんなから浴びる声援。


(この瞬間の為に、わたしはあれだけやってきたんだ!)


 次のサーブも相手が返せず、点が入る。


(試合で点を取れれば、勝てれば楽しい)


 地味な練習をしてても楽しいなんて思った事は無い。

 でも、この瞬間。この快感を得るための練習なら。


(耐えられる!)


 またサービスエースを取った。

 すぐに次のボールを受け取る。


 勝てば楽しい。良いプレーが出来れば楽しい。

 逆に、負けたり上手くいかなかったりしたら楽しいわけがない。

 楽しくするために、辛い事を乗り越えてわたしはここに居るんだ。


「ははっ」


 どくんどくん。


 ベース音がどんどん、抑えられないほどに大きくなっていく。

 それがちょっとおかしくて、気づくと自然と顔がほころんで、そんな笑いが出てしまっていた。

 敵がわたしのサーブに掠りもしないんだ。

 楽しくないわけがない。


(わたしは―――)


 この楽しい試合に勝って。


「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原ペア! 6-3」


 ―――次のステージへ駆け上がる!!


 審判のコールを聞いた瞬間、わたしは跳ね上がるようにジャンプしていた。

 言葉通り、舞い上がったのだ。


「このみ先輩!」


 最初に口から出てきたのはパートナーの名前。


「はは、藍原! 大した奴ですよお前は!!」


 先輩が手を挙げて、わたしも。


「はいっ!!」


 そこに思い切りハイタッチをぶち込む。


「っでーっ!」

「あ、ごめんなさい」


 ハイタッチをした先輩が手を抑えているのを見て、前にハイタッチくらい手加減しろと言われたのを思い出す。


「~~~、でも今日は許すです!!」

「ホントですか!?」

「とくべつですよ」

「うわーい!」


 嬉しくて先輩に正面から抱き着く。


「はは、なんかまた差をつけられたような気がするです・・・」


 先輩の小さなつぶやきに。


「身長ですか?」


 そう返すと。


「いや、色々とですよ・・・」


 このみ先輩は自分の胸の辺りを虚しそうにぺたぺたと触っていた。





 試合終了(ゲームセット)が告げられた瞬間。


「・・・あ」


 私は一瞬だけ言葉を出すと。

 張りつめていたものが切れた感覚がした。

 力が抜けていって、コートにがくんと膝をつく。


「うぅぅぅ・・・負けた・・・負けちゃったぁ」


 涙と嗚咽が止まらない。

 試合中盤、完全に主導権を握ったはずだったのに・・・。

 あの場面で敵を崩すどころか、ドライブボールを出され、カウンターを受けたように私と先輩は白桜の1年生相手に、何もできなくなっていた。


「ああぁ・・・・」


 先輩たちに申し訳が立たない。

 結局、私は葛西第二のテニス部に入部して、先輩たちに何も恩返しをすることが出来なかった。


「うう」


 悔しい。ただ悔しい。

 もっとやれることはあったはずなのに。私は―――


「愛依」


 私がひたすら泣きわめいていると。

 座り込んでしまった姿勢から左腕をぐっと引っ張られるように持ち上げられた。


「・・・整列よ」


 上を見上げる。

 そこに居た鈴江先輩は厳しい表情をしながらも。

 下唇を噛んで、その視線は前を向いていた。


「私たちは負けたけど、葛西第二はまだ負けてない」

「でも・・・」

「大丈夫だから。私の幼馴染は」


 先輩は私の顔を見ながら。


「強い子ばかりだもん」


 無理矢理、笑っていた。


 悔しくないわけがない。悲しくないわけがない。

 それでも鈴江先輩は、気丈に―――


「すみません、整列します・・・」


 私が1人で泣いてる場合じゃないんだ。

 先輩たちが戦ってるのに。


 でも。


「6-3で、白桜女子の勝利。礼」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

「ありがとうございました・・・」

「ありがとう・・・ございましぁ・・・」


 悔しいものは悔しい。

 それだけはひっくり返しようのない事実だった。


 白桜女子のプレイヤーと握手を交わす。

 ニセ水鳥さん・・・、彼女と握手をした際。


「あの。すみませんでした。・・・ウソ、ついて」

「・・・」

「ナイスゲームでした」


 彼女はそう言って握手をした後、深い深いお辞儀をした。


「・・・どうして」


 私は気づくと。


「どうして、試合中に笑っていられたんですか・・・?」


 そんな事を彼女に問いかけていた。


「えっ」


 彼女は最初、面食らったような表情をしていたけれど。


「楽しかった、から・・・」

「楽しい・・・?」

「お、おかしいですかね。えへへ」


 彼女の答えはまっすぐだった。

 あまりにまっすぐな答え。


「緒方さんとのテニス、すっごく楽しかったんです」

「―――」


 少しだけ、顔が赤くなったのを感じる。

 楽しかった・・・? 私なんかとの、それも地区予選の決勝戦なんてプレッシャーのかかる試合で?


「緒方さん、かわいいし、ちっちゃいし、頑張ってるのすごく伝わってきて」

「はい?」

「本気の相手と本気でぶつかるって、すごく楽しかったんです」


 本気―――


「きっとこんな気持ちになれたのは緒方さんが本気だったからだって、わたしは思います」


 そっか。

 こんなに悔しいのも、涙が出てくるのも。

 本気でやって、それを本気で返されたからだ―――


「またいつか、緒方さんとやりたいです」

「・・・に」


 そこまで言って、私は小さく首を横に振る。


「藍原さん」


 彼女の名前をしっかりと呼んで。


「はい」

「あなたの本気のプレー、ちょっとだけ凄過ぎて・・・怖かったです」


 私は彼女に向かって小さく頭を下げる。


「でも、ちっちゃい先輩に抱き着く姿はなんか、私より年下なんだなって思えて」


 不思議だ。さっきまで私は泣いていたのに。


「かわいかったですよ」


 もう、笑っていた。




 地区予選 決勝戦 "白桜女子中等部 vs 葛西第二"

 『ダブルス2』

 ○菊池・藍原 6-3 鈴江・緒方●


 ―――白桜女子中等部の勝利

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