"レギュラー"
「姉御・・・」
万理がジト目でこちらを見やる。
「いつの間にか河内先輩、山雲先輩と仲良くなってるとか、何が起きたんスかっ」
食堂に入ってから合流した万理は、さっき廊下で知り合った先輩たちにぺこぺこ頭を下げると、わたしの左隣の席に腰を落ち着かせた。
「いや、さっき廊下でぶつかっちゃって」
「そっちがぶつかってきたんでしょうが」
「まあまあ」
「あはは・・・」
あの万理が引いた笑いを浮かべている。
(入寮初日から新倉先輩に喧嘩売って、あの2人と廊下でぶつかるなんて、イベント多すぎて全然ストーリーが進行しないクソゲーみたいッス)
その例えはどうなんだろう。
食堂と言うからだだっ広い部屋に長机とパイプ椅子が置いてあるだけの部屋かと思いきや、本当に寮ではなく学校の食堂・・・一見すると小さなホテルの一角かと思うほど上品な内装。
机もただの長机ではなく、木製のきちんとしたつくりで、上に白いテーブルクロスがかぶせてあるときたもんだ。
下手したら・・・下手しなくても、実家より確実に豪華絢爛です。
「!」
対面の子を挟んで1つ向こうのテーブルに、文香の姿を見つけた。
上品に目を瞑って会話なんてしちゃって。
(あっちはスカウト組の1年生の席なのかな)
そんな事をぼんやりと考えていると。
ばちり。
文香と視線がぶつかる。
(うわ、睨まれた・・・)
彼女は面白くなさそうにこちらを睨むと、すぐに視線を戻した。
わたしもこのまま見ているのはなんかよくない気がして、視線を外す。
「全員集合してるわね。こほん、えーえー」
3つの長テーブルの向かって正面に、1人の女性が立っていた。
「寮母の佐々木です。書いて字のとおり、寮母は寮のお母さん。そう思って接してもらいたい! 生活面で困った事があったら何でも言ってね、お姉さん頑張っちゃうから」
エプロン姿の似合う、柔和な表情の女性。長い髪をきちんと1つに束ねている辺りが学校の人っぽい。
寮母さんって割には若くて全然おばさんって感じはしないし、何ならお姉さんっぽさすらある。
(・・・いける)
何がいけるのかはともかく。
「それじゃあまあ、とりあえずここのリーダーに挨拶してもらっちゃおうか!」
佐々木さんはそう言うと、大きく手を振ってその人を呼び寄せる。
(うわ・・・)
―――そして、その人が視界に入った時。
(すっごい美人)
―――思わず絶句してしまった。
「みなさん、白桜女子中等部テニス部へようこそ。私が部長の久我まりかです」
燐先輩は天使だと思った。まだ少し幼さが残る感じが天使っぽい。
でも、この人は言うならば女神だ。完全無欠、この世を統べる神。大人っぽさ、下手したら中学生なのに女性らしさすら感じる美女。
透けるように色の薄い長い茶髪だけで、他に何も装飾していないのが逆にすごい。
素材そのままで勝負している感というか。
「・・・なんて、そろそろ挨拶続きでみんな疲れちゃったよね。楽にいこっか。私も疲れちゃったし」
女神は手を広げてやれやれ、とため息をつく。
「名門って変に形式がかったとこあんだよね。私の代でこういうの終わらせたかったんだけど、ちゃんとやれって3年のみんながうるさくてさ。あ、佐々木ちゃんちょっと肩かして」
すると、寮母さんの肩にもたれかかる。
「ちょっと、まりかっ」
「ごめんごめん。いきなり何かに身体を預けたくなっちゃって」
「あなた、今日から3年生なのよ!」
「知らんしー」
・・・あれ、なんかイメージと違う人だ。
「あの子、あれで平常運転だから」
1つ挟んで右隣の席から、咲来先輩のフォローが聞こえる。
「平常運転っていうか、アレはマシな方だよ。会話にならない時だってあるもの」
「・・・大丈夫なんですか?」
リボンが萎れてきた瑞稀先輩に尋ねる。
「なんであんないい加減な性格で部長やってると思う? 普通、咲来先輩みたいな完璧な御方がやるべきだと思うでしょ?」
「は、はい・・・」
とりあえずここは同意しておく。
そうしないと話が先に進まなさそうだったから。
「バカみたいに強いからだよ」
「えっ・・・」
急に瑞稀先輩の声が真剣なものになる。
「めっちゃくちゃ強いんだ。強すぎて、自分と比べようなんて思わなくなるくらいに」
「そう、なんですか」
なんか、返せない。
だってこのチームには、燐先輩も居るのに。なのに今の言い方はまるで―――
「こういう顔合わせの会も私の代からナシでいきたかったんだけどねー。どうせ明日監督の前でみんな自己紹介してもらうわけだし、無駄だと思わない?」
「思いません!」
「ほら、こういう人が居るから」
ようやく身体を起こしたところで、寮母さんと漫才のようなやりとりを展開する女神。
「まりかー、そろそろ本題にー」
「はあ。副部長からお叱りが来たので真面目にやるわ・・・」
わたしはガヤを入れるような要領で指示を出した咲来先輩を見て。
(この人、副部長だったんだ)
と、初めて気づく。
隣で「咲来先輩ってすごいでしょ」オーラを無茶苦茶に出してくる瑞稀先輩を全力でスルーしながら。
「それじゃあ1つだけ」
女神はそこで、1つ声のトーンを上げた。
「我が白桜女子は完全なる実力主義です。たとえ1年生でも力があればすぐに監督から声がかかるよ。特に、現在の我が校はダブルス2とシングルス3のレギュラーが空席です」
そこで一気に会場の雰囲気が変わる。
「これは2,3年生には口すっぱく言ってる話だよね。うかうかしてたら1年にレギュラーとられるかもしれないってコト、頭に入れておいてね」
まるで静電気が走ったよう。肌に緊張感がピリッと伝う。
さっきまでのふざけた雰囲気から、一気にこの場がミーティングの最中になった感じすらした。
(ダブルス2とシングルス3が空席・・・)
って事は、そこに入ればレギュラーになることも可能って事・・・?
1年生からレギュラーとして大活躍、そのままエースになる青写真が見えてきた。
◆
食後の閑散としたムードの中、自然と会話が部長の言った話にフェードインしていく。
「あの場であえてレギュラーが居ないって言うなんて・・・」
「まりかなりの優しさなのか、それとも半レギュラーの子たちにハッパをかけたかったのか」
「相変わらず厳しい人ですよね。咲来先輩の優しさと常識を分けてあげてください」
・・・隣のイチャつきがうぜえ。
「お二人は大丈夫なんですか? ハッパかけられた方だったりして?」
だから、ちょっと茶化してやろうと言う気持ちがどこかにあったんだ。
わたしは先輩たちに失礼過ぎる言葉を投げていた。
隣を見ると、万理がドン引きしている。自分は巻き込まれたくないからと明後日の方を向いていた。
でも。
返ってきたのは意外な言葉。
「おいおい、これだから1年は」
「有紀ちゃん、あのね」
2人は言葉を重ねる。
「あたし達、白桜女子不動のダブルス1を知らないなんてさ」
「えっ、ええええ!?」
思わず立ち上がってしまう。
「せ、先輩たち2人、ダブルスペアなんですか!?」
「ふふふ。私と瑞稀を見て、息ぴったりだと思わなかった?」
「た、確かに!」
そう言われれば!
「そーゆーこった。せいぜいレギュラー争い頑張ってくれよルーキー」
ぽん、と瑞稀先輩がわたしの肩に手を置く。
「先輩、いきましょう♪」
「うん」
そして2人は引き寄せられるように手を絡ませて、寄り添いながら食堂から出ていく。
「・・・姉御、よくあの2人の中に入っていきましたね。ウチでもさすがに無理ッス。驚異のコミュ力ッスね」
「万理ー! また知ってて黙ってたでしょー!!」
「いやあ、良いピエロでしたよ姉御」
ふざけんな! ぺしっと万理の頭をはたく。
「わたし、ただのKYじゃん・・・」
がっくりと膝から崩れ落ち、食堂で四つん這いになるようにして全身でショックを現した。
こうでもしないとやっていられなかったから。