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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
69/385

VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 5 "その一球"

(このゲームを取れば、ゲームカウントで並ぶ・・・)


 現在3-4、私たちがビハインドの展開。

 それでも3ゲーム連続で取って、更にこっちのサービスゲーム。

 そして、何より。


(ニセ水鳥さんは完全にコントロールが利かなくなってる)


 このまま彼女を狙う作戦を続行すれば・・・いける。

 如何に強力なショットやサーブを持っていても、それがコートの内側に入らない事には何の意味もない。

 もしかしたら"強すぎる力を制御できていない"のかも。


 でも。


(この試合だけは―――)


 思い切りサーブを打ち込んだ。


(―――もらっていく!!)


 レシーバーはあの小さな3年生。

 当然返され。


「鈴江先輩!」


 正面を守る先輩の元へ。


(!?)


 瞬間、気づく。

 ニセ水鳥さん―――今まで基本的に前衛をやっていた彼女が、大きく後ろへバックしていったのだ。


(後方から打つ作戦に切り替えたか!)


 当然、コートの前から打つより後ろから打った方が遠くへボールを飛ばすことになり、打ったショットがラインを越えてアウトになることは少なくなる。

 しかしその反面―――当たり前のことだけど―――長い距離のショットはその長さに比例して威力が弱くなるんだ。

 これはつまり。


(白桜が守りに入った!)


 それを象徴しているのが、ニセ水鳥さんが後ろに下がった事だ。

 後退。まさに逃げの一手としてこれほど分かりやすいものはない。


「ここで押し切りましょう!!」


 私が口に出したのはそんな言葉だった。

 白桜が初めてこの試合、後手に回った。そしてその瞬間、敵は私たちに背を向けたんだ。


 ―――このチャンスを逃すものか


「言われなくても!」


 先輩は長いストロークを反対側に打ち込む。

 撤退なんてさせない。相手が自ら崩した陣形を、ずたずたにしてやる!


 ―――その刹那。

 私は信じられないものを見た。


 ニセ水鳥さんが。


(しゃがんだ・・・!?)





 これは最終兵器だ。

 これが通用しなかったら、もうわたしには何も残されていない。


 一瞬、膝を思い切り曲げて身体を沈める。

 そして立ち上った運動エネルギーを利用して、ボールを下から打ち上げるように、


(上回転を・・・)


 ラケットにボールが当たった感覚がする。

 このまま強引に押し込んじゃダメだ。下から上に向かって―――上回転を


「かける!!」


 半分しゃがむような姿勢から、ジャンプする感覚で立ち上がり、下から上への回転を意識する。

 ボールがラケットを離れた瞬間、いつものような強い手ごたえはなかった。


 そう。

 "いつもと違う感覚"がしたんだ。


「愛依、見送って!!」


 敵の3年生が叫ぶ。

 確かに放ったショットはどう見ても線の中には入らない角度の上がり方をしている。


 ―――それが。


 強い縦回転のかかったボールは、まるで重力に引き寄せられたように。


 ―――普通のショットであったのなら。


 急激に沈み、相手コートのラインギリギリのところへ潜り込む。


 一瞬、このコート。そして周りを囲むギャラリー。

 わたしも含めたプレイヤー4人が、静まり返った。


「0-15」


 そして、審判の声と共に。

 あるいは大声援と共に。

 時間は再び動き出す。


「き、決まった・・・」


 わたしは呆然と、その歓声に溺れていた。


「藍原あ!」


 そんな呆けているわたしを。


「よくやった! お前の本番での強さはホントに見惚れますよ!」


 先輩が抱きしめて、ぎゅっと引きずりあげてくれた。


「い、今ので良いんですか・・・!?」

「良いに決まってるだろ!」


 先輩は肩に手をまわして、わたしの頬を自分の頬に引き寄せる。


「だって、点が入ったじゃないですか!」

「―――!」


 そう。シンプルだけど、明確な答え。

 審判がコールして、こちらのポイントを告げている。

 それが何よりもの成功の証だった。


「ようやく完成しましたね、お前の必殺技・・・!」

「"ドライブボール"・・・」


 そう、長い間練習はしていたものの、いつまで経ってもなかなか上手くいかなかったショット。

 先輩と築き上げた、二人の絆の結晶の一つ―――





 ボールは沈むことなく大きくラインを越えていく。


「あー、またダメ・・・」


 わたしはがっくりと膝をついた。

 いくら練習しても上手くいかないのだ。


「藍原、お前・・・」


 それは先輩に何度も何度もスピンの基礎を教わり直していた時に言われたこと。


「致命的にボールにスピンかけるのがへたくそですね」

「う゛っ」


 ぐさっと胸に何かが突き刺さる。


「まあ、その打ち方じゃ無理もないですけど」


 わたしのフォームそのものがかなり変則的なものなのが、大きな原因の1つらしい。

 ムチャクチャなフォームで打っているから、軸となるブレ球以外のスピンショットが打てない。

 これはわたしの最大の武器である"変則フォーム"、"ブレ球"の最大の弱点でもあった。


「多分、そのフォームにはそのフォームなりのスピンのかけかたがあるんでしょうけど・・・」


 先輩は顎に手を当て。


「私じゃその方法が分からんのです・・・」


 次第には頭を抱え込んでしまった。


 このみ先輩だって、完全にこのフォームを熟知しているわけじゃない。

 正直、あのボールが揺れる確たる理論や理由みたいなものもよく分からないと言っていた。


「これは最終手段ですが・・・」


 そんな先輩が導き出したのが。


「いっそのこと、ドライブを打つときだけフォームを変えてみるのはどうでしょう」


 トンデモと呼んでも良いくらい奇抜な考え方だった。


「そんなこと出来るんですか!?」

「わからん。ただ、現状でやっても出来ないんですから・・・。そっちの可能性に賭けるしかない」


 今の方法でやっても上手くいく気配がないので、無謀とも言える新しい方法に挑戦する。

 確かに、これは最後の手段かもしれない。


「これでも上手くいかなかったら・・・」


 もともと、わたしの変則フォームと揺れるボールがコントロール不能になった時の保険として覚えようとしたドライブショット。その保険も効かなくなったら。

 さすがに、不安が頭をよぎった。


「そん時は私も一緒に死んでやる」

「!」


 そんな不安を。


「元々お前とは一蓮托生の覚悟は出来てますよ」


 否定も肯定もせず。

 このみ先輩は、ただ受け止めてくれた。


「心中上等です。お前が居なかったら、私はもうとっくに引退してた。だから」


 先輩はぎゅっとわたしの肩を抱き寄せ。


「上手くいくまで、いくらでも付き合ってやる」


 優しくそう言ってくれた。


「お前はただ前を向いて突き進めばいいんですよ、藍原」


 そう。このみ先輩が支えてくれるから、わたしはまっすぐ進むことができる。

 この人がしっかり手綱を握ってくれているから、思い切り走ることが出来るんだ。


 2人で試行錯誤して、あらゆる方法を試して。

 たどり着いた答えが。


「一瞬、身体を沈めて無理矢理にでもボールに上へ回転をかける」


 と言う方法だった。


 このショットを打つ際、沈む時間を稼ぐために大きく後ろに下がる必要があるとか。

 必殺技というには準備や縛り、弱点が多すぎる技だけど。


 それでも―――





「姉御の新必殺技ッスね!!」


 ああ、万理の言葉が本当にありがたい。


 ―――現状の問題を打破するのに、十分な力を手に入れたことだけは確かだった。

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