VS 葛西第二 シングルス3 水鳥 対 志水 3 "家族"
◆
ある日の練習終わり。
すっかり夜になった街を1人で歩いていた時のこと。
まばゆいほどの街のネオン、建物から零れてくる光の中に―――
(!)
―――紗希の姿を見つけた。
他校の制服を着た女の子たちの集団の中に彼女は居た。
つまらなさそうにあくびをするその姿・・・しばらく顔も合わせてなかったから知らなかった。
彼女は元々黒かった髪を金髪に染めていたのだ。
「紗希!」
私は居ても立ってもいられず、女の子集団の中に居る彼女を呼び止めた。
周りからは相当怪訝な顔をされたけど、紗希は他の子から離れて2人きりになってくれたのだ。
「んだよ。今、友達と遊んでたんだけど。なんか用?」
「・・・違う」
「は?」
「あの子たち、友達じゃないよね」
紗希は鬱陶しそうな視線で睨みつけてくる。
「お前なに言ってんの?」
「あのね紗希・・・もう1回、テニスをやる気はない?」
「あるわけねーだろ。あたしはもうテニスはやめたんだよ、分かんだろ」
「分かんないよ。私より三枝子より千鶴より、紗希の方がテニスのこと好きだったのに」
瞬間、胸ぐらを掴まれた。
「・・・黙れ」
「ねえ紗希。私たちね、ようやく最近テニス部を立て直せたんだよ。今はまだ公式戦には出場できないけど・・・それ以外は何だって出来る。やっと普通の部になれたんだ」
「だから?」
「紗希。戻ってきて。紗希が戻ってきたら、全部元通りだよ。あの時みんなで見た夢・・・一緒に叶えよう」
掴まれていた胸ぐらを離され、紗希は私を軽く突き飛ばす。
「まだんなこと言ってんのか。もうおせーんだよ」
「遅くなんてない。今はね、すっごい指導者の人に教えてもらってるんだ。みんな日に日に上手になってるの。このまま練習していったら、1年後には白桜に・・・!」
私の言葉に耳も貸さず、紗希は踵を返して去っていく。
「ねえ紗希。また一緒にテニスやろうよ。私は、紗希と一緒にテニスがしたい。三枝子や、千鶴や、新しく友達も増えたんだよ。後輩だって居るの」
必死に訴えかける。彼女の背中に―――
「今のテニス部なら・・・もう絶対に、紗希に無駄な時間は過ごさせないよ」
「!」
「だから・・・!」
私が言おうとした言葉を。
「今更どのツラ下げて戻れってんだよ!?」
紗希の怒号がかき消した。
彼女はこちらに振り向かないまま―――
ここが街中だなんてこと、まるで分からないかのような大声。
「あたしは・・・あたしが、あたしが1番最初に諦めて、逃げ出したんだぞ!?」
ある冬の日の光景が頭をよぎる。
「柚希たちは最後まで諦めなかった。その諦めなかった奴らが頑張ってようやく立て直したテニス部に・・・なんで最初に逃げ出した奴が戻れるんだよ・・・!」
その声は明らかに震えていて。
「・・・みんなが、あたしなんかを赦してくれるわけねえだろ」
紗希は目元を擦ると、そのまま駆け出し―――
そうになったのを、私は腰に手をまわして必死に妨害した。
「そんなことない! 今のテニス部に、そんなの無いんだよ。もうあの頃とは違う・・・!」
「離せっ!」
「イヤだ! 絶対に離さない!」
「なんでそこまで・・・!」
「あの日、紗希を止められなかったから!!」
それを言った瞬間、紗希はぴたりと動きを止めた。
「あの日。私は紗希を見送ることしか出来なかった。止める理由が、止める自信がなかったから。紗希を止めても、私じゃ何もしてあげられなかったから・・・! でも!!」
紗希の腰にしがみつきながら、必死で言葉を吐き出す。
「今は違う! 私は胸を張って、紗希に帰っておいでって言えるもん! 今のテニス部はそういう場所・・・私たちの"家"だから!!」
気づくと、私はそんな事を言っていた。
「"家"・・・?」
「そうだよ! 紗希は"家族"だから・・・! 家に帰ってくるのに、理由なんて要らない!」
"家族"―――
何故だか、その言葉が1番しっくり来たから。
「家族が家に帰ってくるのは、当たり前だもん!!」
もう紗希は抵抗をやめていた。
それに気付いた私は腰にまわしていた手を解いて、くしゃくしゃに泣いている紗希の顔を見る。
「・・・あたし、なんかが」
「うん」
「テニス部行っても、みんな怒らないかな。嫌な顔っ・・・しないかなあ」
「びっくりはすると思う。でも、みんなすぐに慣れると思うよ。だって紗希はテニスが大好きだし、同じ目標を持ってるし」
私はぎゅっと、紗希を優しく抱きしめた。
「・・・もう一回、やり直そう。今度はテニス部じゃなくて、"家族"として」
翌日から本当に紗希はテニス部で練習をするようになった。
そしてその経緯をみんなに話して、いろんなことを話し合う過程で・・・
チームのことを"家族"として考えよう、ということ。
内田さんのことはお母さん・・・マムと呼ぼうということを、全員が納得した上で決めたのだった。
◆
「40-30」
コートのまわりを覆い尽くすギャラリーの歓声が聞こえる。
「水鳥さん、マッチポイント!」
「ようやく追い詰めたね」
ゲームカウント2-5、とうとうあと1点落としたら負けというところまで追い詰められた。
相手の水鳥さんは息が上がっているものの、未だにどこか涼しげな表情をしている。
(すごいね、本当にすごい)
きっと、生まれ持った才能が私とは段違いなんだろう。
彼女がこれから歩いていく道は、きっと私たちとは大きく違う。
でも。
この時、この瞬間だけは。
彼女も私も、同じ位置に立っている。
―――だから
水鳥さんが角度のあるショットをコートの端に向けて放つ。
まずい、と思った。決められると。
もうその瞬間には。
ボールに向かって全力で走り始めていた。
(私は―――)
ここまで来るのに、3年かかった。
この3年間、充実しているとは言えなかった。決して良い3年間ではなかったのだろう。
でも、それでも。ここまで来たんだ。
普通に大会に出て、普通に試合をして、勝つ。それがようやく叶ったんだ。
(まだ―――)
全てがスローモーションに見えた。
観客も、水鳥さんも、ボールも、自分の動きさえも。
全力でボールを追う。あれが抜けたら、終わってしまう。本当に終わっちゃうんだ。
私はボールに飛びついた。
届け!
その一心で、手を伸ばす。
(終わらせたくない!!)
コートに身体から突っ込んだ。
胸からお腹にかけて、地べたに突っ込んだ感覚がした。
―――それでも
「40-40・・・」
返した。
そして、どこにどうボールが飛んだかは分からないけれど。
「デュース!」
私に点が入ったんだ。
「うぁおおお!!」
気づくと思い切り叫んでいた。
自分でも驚く。私、こんなに声出せるんだ、って。
「終わらせないよ」
そして私は、水鳥さんの方を向いて。
「この試合、まだまだ終わらせない!」
自分なりの宣言だった。
私は絶対に負けない。そういう、意志表示だったんだ。




