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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
68/385

VS 葛西第二 シングルス3 水鳥 対 志水 3 "家族"



 ある日の練習終わり。

 すっかり夜になった街を1人で歩いていた時のこと。


 まばゆいほどの街のネオン、建物から零れてくる光の中に―――


(!)


 ―――紗希の姿を見つけた。


 他校の制服を着た女の子たちの集団の中に彼女は居た。

 つまらなさそうにあくびをするその姿・・・しばらく顔も合わせてなかったから知らなかった。

 彼女は元々黒かった髪を金髪に染めていたのだ。


「紗希!」


 私は居ても立ってもいられず、女の子集団の中に居る彼女を呼び止めた。

 周りからは相当怪訝な顔をされたけど、紗希は他の子から離れて2人きりになってくれたのだ。


「んだよ。今、友達と遊んでたんだけど。なんか用?」

「・・・違う」

「は?」

「あの子たち、友達じゃないよね」


 紗希は鬱陶しそうな視線で睨みつけてくる。


「お前なに言ってんの?」

「あのね紗希・・・もう1回、テニスをやる気はない?」

「あるわけねーだろ。あたしはもうテニスはやめたんだよ、分かんだろ」

「分かんないよ。私より三枝子より千鶴より、紗希の方がテニスのこと好きだったのに」


 瞬間、胸ぐらを掴まれた。


「・・・黙れ」

「ねえ紗希。私たちね、ようやく最近テニス部を立て直せたんだよ。今はまだ公式戦には出場できないけど・・・それ以外は何だって出来る。やっと普通の部になれたんだ」

「だから?」

「紗希。戻ってきて。紗希が戻ってきたら、全部元通りだよ。あの時みんなで見た夢・・・一緒に叶えよう」


 掴まれていた胸ぐらを離され、紗希は私を軽く突き飛ばす。


「まだんなこと言ってんのか。もうおせーんだよ」

「遅くなんてない。今はね、すっごい指導者の人に教えてもらってるんだ。みんな日に日に上手になってるの。このまま練習していったら、1年後には白桜に・・・!」


 私の言葉に耳も貸さず、紗希は踵を返して去っていく。


「ねえ紗希。また一緒にテニスやろうよ。私は、紗希と一緒にテニスがしたい。三枝子や、千鶴や、新しく友達も増えたんだよ。後輩だって居るの」


 必死に訴えかける。彼女の背中に―――


「今のテニス部なら・・・もう絶対に、紗希に無駄な時間は過ごさせないよ」

「!」

「だから・・・!」


 私が言おうとした言葉を。


「今更どのツラ下げて戻れってんだよ!?」


 紗希の怒号がかき消した。

 彼女はこちらに振り向かないまま―――

 ここが街中だなんてこと、まるで分からないかのような大声。


「あたしは・・・あたしが、あたしが1番最初に諦めて、逃げ出したんだぞ!?」


 ある冬の日の光景が頭をよぎる。


「柚希たちは最後まで諦めなかった。その諦めなかった奴らが頑張ってようやく立て直したテニス部に・・・なんで最初に逃げ出した奴が戻れるんだよ・・・!」


 その声は明らかに震えていて。


「・・・みんなが、あたしなんかを(ゆる)してくれるわけねえだろ」


 紗希は目元を擦ると、そのまま駆け出し―――


 そうになったのを、私は腰に手をまわして必死に妨害した。


「そんなことない! 今のテニス部に、そんなの無いんだよ。もうあの頃とは違う・・・!」

「離せっ!」

「イヤだ! 絶対に離さない!」

「なんでそこまで・・・!」

「あの日、紗希を止められなかったから!!」


 それを言った瞬間、紗希はぴたりと動きを止めた。


「あの日。私は紗希を見送ることしか出来なかった。止める理由が、止める自信がなかったから。紗希を止めても、私じゃ何もしてあげられなかったから・・・! でも!!」


 紗希の腰にしがみつきながら、必死で言葉を吐き出す。


「今は違う! 私は胸を張って、紗希に帰っておいでって言えるもん! 今のテニス部はそういう場所・・・私たちの"家"だから!!」


 気づくと、私はそんな事を言っていた。


「"家"・・・?」

「そうだよ! 紗希は"家族"だから・・・! 家に帰ってくるのに、理由なんて要らない!」


 "家族"―――

 何故だか、その言葉が1番しっくり来たから。


「家族が家に帰ってくるのは、当たり前だもん!!」


 もう紗希は抵抗をやめていた。

 それに気付いた私は腰にまわしていた手を解いて、くしゃくしゃに泣いている紗希の顔を見る。


「・・・あたし、なんかが」

「うん」

「テニス部行っても、みんな怒らないかな。嫌な顔っ・・・しないかなあ」

「びっくりはすると思う。でも、みんなすぐに慣れると思うよ。だって紗希はテニスが大好きだし、同じ目標を持ってるし」


 私はぎゅっと、紗希を優しく抱きしめた。


「・・・もう一回、やり直そう。今度はテニス部じゃなくて、"家族"として」


 翌日から本当に紗希はテニス部で練習をするようになった。

 そしてその経緯をみんなに話して、いろんなことを話し合う過程で・・・


 チームのことを"家族"として考えよう、ということ。

 内田さんのことはお母さん・・・マムと呼ぼうということを、全員が納得した上で決めたのだった。





「40-30」


 コートのまわりを覆い尽くすギャラリーの歓声が聞こえる。


「水鳥さん、マッチポイント!」

「ようやく追い詰めたね」


 ゲームカウント2-5、とうとうあと1点落としたら負けというところまで追い詰められた。

 相手の水鳥さんは息が上がっているものの、未だにどこか涼しげな表情をしている。


(すごいね、本当にすごい)


 きっと、生まれ持った才能が私とは段違いなんだろう。

 彼女がこれから歩いていく道は、きっと私たちとは大きく違う。


 でも。

 この時、この瞬間だけは。

 彼女も私も、同じ位置に立っている。


 ―――だから


 水鳥さんが角度のあるショットをコートの端に向けて放つ。

 まずい、と思った。決められると。

 もうその瞬間には。

 ボールに向かって全力で走り始めていた。


(私は―――)


 ここまで来るのに、3年かかった。

 この3年間、充実しているとは言えなかった。決して良い3年間ではなかったのだろう。

 でも、それでも。ここまで来たんだ。

 普通に大会に出て、普通に試合をして、勝つ。それがようやく叶ったんだ。


(まだ―――)


 全てがスローモーションに見えた。

 観客も、水鳥さんも、ボールも、自分の動きさえも。

 全力でボールを追う。あれが抜けたら、終わってしまう。本当に終わっちゃうんだ。


 私はボールに飛びついた。


 届け!


 その一心で、手を伸ばす。


(終わらせたくない!!)


 コートに身体から突っ込んだ。

 胸からお腹にかけて、地べたに突っ込んだ感覚がした。


 ―――それでも


「40-40・・・」


 返した。

 そして、どこにどうボールが飛んだかは分からないけれど。


「デュース!」


 私に点が入ったんだ。


「うぁおおお!!」


 気づくと思い切り叫んでいた。

 自分でも驚く。私、こんなに声出せるんだ、って。


「終わらせないよ」


 そして私は、水鳥さんの方を向いて。


「この試合、まだまだ終わらせない!」


 自分なりの宣言だった。

 私は絶対に負けない。そういう、意志表示だったんだ。

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