VS 葛西第二 シングルス3 水鳥 対 志水 2 "鈍色の世界"
「ゲーム、水鳥。4-1」
―――強い。
「はあ、はあ・・・」
梅雨とは思えない晴天と降り注ぐ陽射し。ちょうど1日で最も暑い時間帯。
滴り落ちてきた汗を拭って、大きく息を吐いた。
(これが水鳥さん。"天才"の力)
1年生でこれほどの強さだ。本当に底が知れない。
私は、このまま何も出来ないのか―――
(・・・ダメだね。弱気になってちゃ)
諦めなければ、絶対にチャンスはやってくる・・・なんて言うつもりはない。
もがいて、もがいて、必死にもがき続けて。
その最後の力で手を伸ばした先に、現状を変える何かがあるかもしれない。それだけの話だ。
"チャンスがある"なんて保障はどこにもない。
だけど。
(私には、負けられない理由がある―――)
私は葛西第二テニス部の"部長"だから。
みんなの想いを背負ってこの場に立っている。
負けるわけにはいかないんだ。
―――私を信じてくれた、家族の夢を叶えるまでは
◆
あの冬の日から、数日が経った。
「なんとかウチの顧問やっても良いって先生、居たよ」
"話し合い"の2年生代表をやっている副部長から意外な言葉が出てきたのだ。
信じられない。このぐちゃぐちゃな部の顧問だなんて。
「とりあえず春の大会は2年生だけで出場させて欲しい。みんなはそれならって納得してるし、顧問見つけてきたのもウチら2年生だから・・・。ごめん志水、それで手打ちにしてくれないかな」
「春の大会も・・・」
「これ以上は譲歩できない。ウチらだって先輩たちに散々こき使われれてきたからさ。こんなのアンタらに押し付けるのは筋違いだって分かってるけど・・・」
副部長は2年生の中でも話せる人だった。
現在の部長が特に1年生に対して強硬な態度をとってる人だったから、彼女が話し合いの代表なんてものをやっているんだろうけど。
副部長の顔からも、こんなので納得していないのは十分に読み取れた。
・・・先輩たちだって、2年間我慢してたんだもんね。
「分かりました。ただ、これから練習は1年生と2年生で別々にやらせてください」
「・・・」
その時、副部長は良い顔はしていなかった。
「私はもう、仲間を失いたくありません」
紗希以外にも辞めた子は居た。
だからこそ、もう嫌なんだ。あんな辛そうな顔して部を辞めてく子を見るのは。
「・・・分かったよ」
「ありがとうございます」
ここが、落としどころ。
1年生も2年生も傷つかないラインなんだ。これ以上望んだら、せっかくまとまりかけている流れが壊れてしまいかねない。引き際だ。
春季大会は約束通り2年生だけのチームで出場した。
当然と言うか、なんというか、1回戦敗退だったけれど。
終業式の日。
私は目を疑った。
2年生が連れてきたテニス部の新しい顧問の先生が、学校を離れることになったからだ。
「私たちも知らなかったんだ」
副部長に問い詰めてもそれ以上の言葉は返って来なかった。
再びテニス部の顧問は空席になってしまったのだ。
顧問不在、新3年生と新2年生の関係は最悪・・・新1年生の仮入部期間になっても、そんな部に新入部員が入ってくるわけがなかった。
それは仮入部の最終日。
新2年生で部室を片付けていた時のことだった。
「あ、あの!」
ストレートの綺麗な黒髪が印象的な女の子が、緊張した顔で部室の扉を開けてきたのは。
「私、入部希望でつっ!」
(あ、噛んだ・・・)
ふとそんな事を思うと。
「はは、なに噛んでんのさ1年」
隣に居た三枝子が笑っていた。
この子の笑った顔・・・久々に見たな。
「い、1年じゃありませんっ! 私、緒方愛依って言います!」
「緒方ちゃん?」
「緒方さん?」
「お、お好きにお呼びくだし」
あ、また噛んだ。
「ふふっ」
私は思わず、笑いを我慢できなかった。
「柚希・・・久しぶりに笑ったね」
そう言ったのは千鶴だった。
そっか。
私・・・ずっと笑ってなかったんだ。
「わ、笑わないでください先輩たちっ!」
「あはは。君かわいいねー」
「ちっちゃいし」
「今はちっちゃいだけですっ! まだ成長期が来てないだけですっ」
そう言って背伸びする彼女は本当にかわいかった。
緒方さんは性格も可愛らしい子で、私たち2年生からいつもおちょくられたり、かわいがられたりしていた。
私たちは心の底から嬉しかったんだ。
まるで・・・。
「妹が出来たみたい」
「それも末っ子の妹よね」
長いこと談笑していなかった千鶴と、そんな事を言いながら笑う。
このまま新しい顧問が決まれば―――
仲たがいしている3年生との関係も修復できるかもしれない。
私たちは、ようやく一つの部として生まれ変われるかも。
そんな思いを。
「ウソ、ですよね・・・?」
また打ち砕かれた。
"3年生が全員、退部届を提出した"って―――
「そんな・・・! そんな事が許されるんですか!?」
「ウチは部活動が必須の学校じゃないから・・・。受験に専念したいという3年生を、無理に止めることは出来ないの」
教頭と3年生の主任に、そろって言われたら。
「そう・・・ですか・・・」
その場ではそう言うしかなかった。
「お願いします! もう一度、話し合いの場を設けさせてください!」
私は3年生に何度も頭を下げ続けた。
「くどいよ」
「よかったじゃん、ウチら居なくなれば好きにやれるんだからさ」
「待ってくださいっ!」
何度断られても、足蹴にされても。
「ようやく、私たちは一つになれそうなんです! 先輩たちとも・・・」
「ウチらが居なくなると顧問やってくれる先生が見つからないだけでしょ?」
「そういうのワガママっていうんじゃないの?」
何度でも。何度でも。
「どうせ恥かいて終わるくらいなら、出ない方が良いよ。大会なんて」
「春の大会見て、自信なくしたし」
それでも、ダメだった。
私たちはただの一度も、部としてまとまれなかった。
「ごめんね、志水さん」
「私たちももう無理だよ・・・」
「2年生になったし、そろそろ受験の準備もしなきゃだし」
「辞めるね」
1年生のとき十数人居たテニス部の同期は、気が付くと。
柚希、三枝子、千鶴の3人に加えて、部の中でも1番ダブルスが得意だった外見さんと中野さんだけになっていた。
テニス部は、この5人に緒方さんを加えた6人だけ・・・。
もはや存続すら難しい状態になっていたのだ。
「いろいろ大変だっただろうから、学校からもどうにかしてあげたいんだけど・・・」
「とにかく上半期が終わる9月末までは待てることになったから、それまでになんとかしてね」
なんとかって。
(・・・どうすれば良いの)
今は練習場も3日に1度だけど確保できている。
でも、部として正式に廃部になれば勿論グラウンドも部室も使えなくなる。そうなったら本当におしまいだ。
「私、分かんないよ・・・」
今までどうにかしようとした。
必死になんとかしようとしたんだ。
それでも、どうにもならなかった。
私は一体どうすればよかったと言うのだろう。
「もう、疲れちゃったな・・・」
こんなに頑張らなくても、もう良いのかも・・・。
「若い娘がなにしょぼくれた顔してんだい」
その時だった。
「葬式みたいに下俯いてるからそうなるんだよ。前を向きな、前を」
マムに出会ったのは―――




