VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 3 "私たちの想い"
「40-0」
「ああ! またやっちゃったぁ!!」
藍原さんが大きすぎるくらいのリアクションをして悔しがる。
またもやボールはラインを越えてアウト。
苦悶の表情を浮かべる彼女に、一回り背格好が小さな先輩の方が近寄って背中を叩いていた。
(完全にコントロールが利かなくなってる・・・)
そう、つまり。
(作戦成功・・・!)
ゲームカウント1-4。私たちは確かに大きくビハインドになっている。
でも、これは強がりでもなんでもなく・・・。
最初の1ゲームはともかくとして、その後の3ゲームはわざと取らせた"ような"ところがある。
別にわざと負けたわけじゃない。私たちの作戦、それは。
(藍原さんを重点的に狙って打っていた―――)
話は試合前のミーティングに遡る。
「アンタ達の相手は3年生と1年生のペアかい」
マムは小さく頷きながら言う。
「でも、あの子は1年生とは思えない決定力のショットを打つわ。小さい3年生の方も粘り強くていやらしいプレイヤー」
「まあ名門白桜のレギュラーだ。一筋縄でいく相手じゃないのは分かってるよ」
そこまで言った時。
「・・・ニセ水鳥さんの癖に」
「愛依?」
愛依が何かを呟いたような気がして。
「どうしたの?」
私は彼女の顔を覗き込んだ。
「あ、いえ。その1年生の子、さっき迷子になってたので道案内してあげたんです」
「迷子・・・ねえ」
マムはまた何かを考えるように目を瞑る。
「土地勘のない人間。白桜のことだ。全国のどっかからスカウトしてきた選手じゃないかね」
そしてマムは目を見開いた。
あの目。
マムが何かを思いついたときの目だった。
「まあ白桜としては都大会の秘密兵器を試し打ちしたってところだろうさね。恐らく他校との実戦はこれが初めてってところか・・・」
「初めてって、私たちと同じじゃないですか!」
そこにすかさず愛依が疑問を投げかけた。
お互い他校との試合が初めてなら条件はイーブン、そう言うことだろう。
「愛依。あの白桜のレギュラーと条件が同じなんて、そうそうあるもんじゃないよ」
「・・・!」
「アンタ達が白桜より恵まれてる点なんてありゃしない。同じなら万々歳じゃないか」
ちょっとした考え方の差。
でも、その差は圧倒的なものだ。"同等"をマイナスと捉えるか、それともプラスと捉えるか。
「実績や経験がほとんどない1年生、そいつをとにかく狙いな。相手は初めての実戦で手さぐり状態のはずさ。いつかボロが出るよ」
「そのボロが出るのが先か、私たちが負けるのが先か・・・」
「賭けだね。確率的には3:7くらいで分の悪い賭けだが、もし当たれば―――」
―――私たちは、その賭けに勝ったんだ。
「ゲーム、鈴江・緒方ペア。4-2」
「やったあ!」
愛依の放ったショットが決まった。
あの粘り強いちびっこ3年生に粘り勝ったのだ。愛依も私も、試合が進むにつれて調子が上がってきている。
「ナイスショット、愛依」
「はいっ! 先輩!」
ぱん、と心地いいハイタッチをする。
いける―――
このままいけば、あの1年生を完全に崩すことが出来る。
(私には三枝子や紗希みたいな才能も、柚希のように全てを背負い込むだけの度量も無い)
幼馴染4人の中で、1番後ろを歩いていたのはいつも私だった。
幼い頃から引っ込み思案で、自己主張が苦手。テニスを始めたのも3人に半ばつられるような形でだった。
最初にテニス部を辞めたいと弱音を吐いたのも私。
それでも―――
(いつもみんなが支えてくれた。最高の家族が)
私は人の巡りに恵まれた。それだけは自信を持って言える。
マムに出会えたこともそうだ。中学生活を経て、私は多少なりともマシになったと言う自負がある。
だから、せめて。
「愛依。私のサイン、見落とさないでね」
「はい・・・!」
「リラックスリラックス。ここが踏ん張りどころだよ」
愛依はこくこくと、小さく首を何度も縦に振る。
(せめて、愛依の前では、かっこいい先輩でありたい―――)
それが、今まで幼馴染に付いていくだけだった私に芽生えた、初めての想いだった。
その強がりを、強がりのままで終わらせない。私は。
「強く、なりたい―――」
名門白桜を倒すことで、私は自分が強くなったと言う確証が欲しいんだ。
◆
(マムの言った通りになった・・・!)
あのニセ水鳥さんにはやっぱり弱点があったんだ。
それが何か、明確なことは分からないけれど。とにかく致命的にコントロールが悪くなったことは間違いない。
(やっぱりすごい人なんだ)
ちっちゃい3年生さんのサーブを打ち返しながら思う。
私は末っ子。マムや、先輩たちに着いていけば間違いない。
―――たとえ手を引っ張られているだけでも良い。
そんな事は粗末なことでしかない。
私の願いはだた1つ。
(先輩たちと、全国へ!!)
打ったショットが相手の間を抜ける。
相手から点を奪った気持ちよさも、全ては先輩たちの為。
私は捨石で良い。
先輩たちは私には想像も出来ないような苦難を超えてきた人たちだ。
私は今でも思い出す。あの日―――
「せんぱ・・・」
志水先輩に声をかけようとする私の肩に、鈴江先輩が手をかけて。
ゆっくり、二度。首を横に振った。
―――あの時、私は何もできなかった。
ただ何も分からなくて、あたふたして。1番落ち込んでいた志水先輩から目を逸らすことしか出来なかった。
こんな不出来な後輩を、家族と呼んでくれるあの人たちの為に。
「私は、私に出来ることをするだけっ!!」
「なっ!?」
あのちっちゃい3年生さんがこの大会でたびたび使っていたジャンピングボレーを、決死の思いで止めた。
両手でしっかりと握って、顔の前で跳ね返すような要領で打ち返す。
「ぐっ・・・!」
力の強いボレーだ。あれはあの3年生さんの技術も伴ってほとんどスマッシュみたいなものに昇華している。
しかし、それを打ち返して。
「0-30」
しっかりと決められたのは、我ながらよくやったと思う。
「すごいじゃない、愛依」
「はい! これくらいなんともありません!」
ちょっと手が痺れたけれど、その他は問題ない。
「この調子でどんどん攻めていきましょう!」
「愛依・・・」
鈴江先輩はふう、と一つ、息を吐くと。
「頼れる妹になったわね」
そう言って、1度だけくしゃっと髪を撫でてくれた。
―――私は先輩たちの背中を追いかけているだけで良い。
あの人たちは一切の躊躇いなく着いていける人たちだ。
―――その絶対の信頼がある限り。
「私は負けませんよ、ニセ水鳥さん」
気づくと私は、コートから出ていく途中の彼女にそう話しかけていた。




