VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 2 "調子が良すぎる"
「15-30」
緒方さんのボールがネットに落とされて、ようやく点が入った。
「なかなか点が入らんですね」
最後は力技で長いストロークを打って相手ショットを詰まらせたみたいなところがあったのだ。
とにかく1球1球へのしつこさが今までの敵の比じゃない。
このみ先輩はわたしの背中を軽く叩くと。
「確かに辛い相手ですが、しっかり1点ずつ取っていけば大丈夫です」
「このみ先輩・・・」
ただでさえ、ここに来るまでに2試合をこなしている。身体の疲労は今がピークかもしれない。
それでも。
この人に声をかけてもらえるだけで、どれだけ楽になっただろう。
コートにたった1人ぼっちか、信頼できるパートナーがいるか。この差は圧倒的に大きい。
「目の前のプレーに集中しましょう」
そう言って、先輩は口元を緩ませた。
「先輩、試合中に笑える精神力あったんですね」
「ん。なんか言いましたか?」
「なんにも。さあ1本集中です!」
相手のサーブが飛んでくる。
―――確かに、辛い。
決して楽な相手じゃないのは分かってる。だけど。
(今の私と先輩には!)
全力でラケットを振るってそれをレシーブ。
敵もそれに食らいついてくる。
―――いつもやってる練習だって、同じくらい辛い。
わたし達はそれを毎日やってここに居るんだ。
逆サイドに打ち出されたボールを、前衛に居た先輩がボレーで打ち返した。
それが見事に相手コートの隅に決まって。
「15-40」
(自信がある!!)
先輩は小さくガッツポーズをした。声は出さないのがあの人らしい。
(あれだけやって、負けるわけがない)
そういうものがわたしの奥底で自分を支えてくれているのが分かる。
柱じゃない。
そう、この気持ちは―――縁の下。
そこで自分自身をしっかり支えられているんだ。
「だから!」
わたし達はもっと先へ行く。この地区予選のその向こうへ。
"こんなところで負けられない"という気持ちは、絶対に誰にも負けていない。
「ゲーム、菊池・藍原ペア! 4-0」
歓声が大歓声になったのが分かった。
わたしは手を振ってそれに答える。このみ先輩はふう、と一息つくように目を瞑っていた。
「藍原さーん」
「このみせんぱーい!」
「せーのっ」
「「いいぞーーー!!」」
万理とまわりの生徒たちがそう言ってくれたのが聞こえた。
人付き合いの上手い万理のことだ。きっと彼女が先導してやってくれたに違いない。
「藍原」
このみ先輩からボールを手渡される。
「ここで息の根を止めてやりましょう」
そう、次はわたしのサービスゲーム。
「この試合のお前の調子の良さは絶好調と言っても良い。お前が打ちたいように打てば、サーブは決まるはずです」
「そ、そこまでですか・・・?」
あまりの言葉に、思わず聞き返してしまう。
「自覚ないんですか?」
逆に先輩からも聞き返されてしまった。
「ボールに力が乗ってるなっていうのは分かるんですけど、調子が良いかどうかは」
「なら丁度良いです」
先輩はわたしのお腹をぽん、と優しく押して。
「この感覚を忘れるな。今のお前となら、咲来たちに勝負を挑んでも勝てる気がしますよ」
「・・・!」
「あ、サインは見逃すなよです」
最後に1つ、釘は刺されたものの。
先輩にここまでべた褒めされたのは初めてかもしれない。
―――それくらい、調子がいいのか。
わたしには分からないけど・・・このみ先輩が言うんだ。そうなんだろう。
サインを確認しながら、右手でボールをコートにワンバウンドさせる。
(どんどん行けのサイン)
じゃあ、遠慮なく。
(―――行かせてもらいますよ!!)
わたしは迷いなく、ラケットを振り抜いた。
「フォルト」
「あれえ!?」
自分でも驚いた。
サーブはサービスコートから大きく外れ、緒方さんの足元付近まで伸びてしまったのだ。
(次こそは!)
今のはちょっと浮かれてた。
今度は力を抑えて、確実に入るようなサーブを・・・。
「ダブルフォルト。0-15」
力を抑えた・・・つもりだったのに。
またもやサービスコートから大きく伸びて、緒方さんの手前でバウンドするサーブ。
「藍原、何やってんですか褒めた途端に」
「す、すみません」
そうやって謝りつつも、わたしの頭ではなぜサーブが伸びたのか分からなかった。
1球目は確かに褒められて浮かれた気持ちがあったかもしれない。
でも、2球目はちゃんと頭を切り替えて打ったつもりだ。
それでも大きくサーブが伸びてしまった。
(おかしいな。こんなこと今までなかったはずなのに)
肩が軽い。どれだけサーブを打っても衰える気配が無いほど調子は良いのに。
「ダブルフォルト。0-30」
サーブが、決まらない。
(あれ? さっきまで、どうやってサーブ入れてたんだっけ・・・)
嘘だ。こんなに調子が良いのに。
こんなもんじゃない。もっともっと良いサーブが打てるはずなのに。
「藍原、どうしたんですか急に」
「なんか急にサーブが伸びちゃって・・・」
「次はクイックじゃない打ち方で打ってみろです」
先輩とコート内でこしょこしょと小声で話をして、もう一度サーブを打つ。
今度はいつものクイックじゃない―――いわゆる普通のサーブを。
相変わらずラケットにボールが当たる感覚は最高なのだ。
「フォルト」
「ああっ!」
ネットにサーブが突き刺さってしまう。
最高のサーブを打ててるはずなのに、コントロールが全く利かなくなってしまった。
またもやダブルフォルトを叩き、0-40。このゲームで1回も相手コートにサーブを入れてない。
(ダメだこのままじゃ。なんとか1回でも決めないと・・・)
そんな考えで頭がいっぱいになり、わたしは力を半分くらいまで落としたサーブをサービスコートに入れる。しかし。
「ゲーム、鈴江・緒方ペア。4-1」
そんなへろへろサーブが、通用するわけもなく。
この試合で1番強いレシーブが先輩の脇を抜けていき、わたしのサービスゲームを落としてしまった。
「せ、先輩・・・」
「バカ。そんな情けない顔するな、試合中ですよ」
まるでこの世の終わりみたいな顔をしていたらしく、先輩に叱責されながらエンドチェンジでベンチへと引き上げていく。
自分でも今まで高揚して頭に昇りきっていた血の気がさーっと下へ落ちていくのが分かった。
・・・1回、冷静になろう。




