VS 葛西第二 ダブルス2 鈴江・緒方ペア 1
じゃんけんでサーブ権を得ることに成功する。
毎度毎度、隣で見ていて思うんだけれど。
(このみ先輩って、じゃんけんメチャクチャ強いな)
何かコツでもあるんだろうか、なんてどうでも良いことが頭をかすめる。
「藍原、サイン見落とすなよです」
先輩とすれ違いざまにそんな声をかけられ、ようやくこの試合においての緊張というものを感じるようになった。
(わたしのサーブが決まらない事には、試合は始まらない)
当然のことだけど、大切なことだ。
先輩はわたしのサーブがわたし達ダブルスの大きな武器の1つとまで言ってくれたことがある。
だから・・・わたしはいつも通り、サーブを打つ。
(先輩からのサインは)
前衛を守る先輩の小さな背中を見る。
先輩は人差し指を立て、その後グーにしてもう1度人差し指を立てる。
―――これは
大きく息を吸い込むと。
サーブのフォームに入るとほぼ同時に低いトスを上げ。
(身体を逸らして、体重を後ろに、そこで一瞬"溜め"を作って)
視界にはしっかりトスしたボールと相手コートが入っている。
(ボールを迎えに行くんじゃない、身体の力をすべて集約させて、そこへ―――)
すべては一瞬のこと。
でも、わたしは"この一瞬"の為に。
「撃ち込む!!」
死ぬほどの練習を重ねてきたんだ。
―――お前が1番打ちやすいサーブを打て、のサイン!
今、1番打ちやすかったのは元々のフォームをそのまま改造したいわゆるクイックサーブ。
決勝までの2試合をやってきて、身体は温まりきっている。調子が悪くないのも分かる。
だから。
ここで打つべきなのは、自分が1番信頼している、このクイックサーブ!
「っらぁ!」
インパクトの後、思わず声が出てしまった。
放ったサーブは一直線に敵サービスエリアに突き刺さり、それをレシーブしようとした鈴江さんのラケットに―――
「15-0」
―――当たらない!
「よおっし!!」
ぐっと、お腹の前で右手を握りしめる。
悪くない。調子は決して悪くない。
ううん、もしかしたら今までの実戦の中で―――
「わああー!」
「藍原のサーブ、キレッキレだね」
「コートに当たった時の音が違うもん」
わたしの決めたサービスエースで一気に観客たちの歓声が沸いた。
ああ、声援が気持ちいい。
もっと褒めて。もっと、もっと。
そしたら気持ちよくなって、もっと良いのを撃てそう!
右手で低いトスを上げる。
―――1番良いかもしれない!
クイックでタイミングを外すサーブ。
それがまたコート上で跳ねると、緒方さんのラケットに当たって・・・
力なく打ち上がると、相手コート上にぽとりと落ちた。
「姉御ー! 絶好調じゃないッスかー!」
「藍原さんいけー!!」
「サービスエース狙ってけー!」
声援が気持ちいい。頭の中を突き抜けてそれが力になっていく感覚がする。
女の子の黄色い声援って気持ちいいんだ。元々きゃーきゃー言われるのは好きだし、目立ちたいし。
だったら、わたしにとってこのシチュエーションって・・・
「ふう」
息を吐きながら、もう一度低いトスを上げ。
(最っ高に萌える!!)
放ったサーブが。
再び鈴江さんのラケットを空振らせた。
大きな拍手と、声援が聞こえる。
身体がびくんと跳ねる感覚すらした。全身の血が沸騰したように熱く、背中がぞくぞくする。
「藍原!」
そこで、このみ先輩に声をかけられた。
「あと1発・・・決めてやれ、です」
先輩はそう言って左手の拳を正面に突き出す。
「はいっ・・・!」
なるべく声を抑えて返事をした。
舞い上がっている自分が居る。調子が良い、気持ち良い、感覚が研ぎ澄まされて頭が混乱することがないこの感覚。
こんなのは試合に出ないと味わえない。
練習じゃ絶対に堪能できない体験。これが―――
「ゲーム、菊池・藍原ペア! 1-0」
―――わたしのテニス!
四方を埋め尽くした白桜の部員たちが声援を飛ばしてくれる。
黄色も黄色、真っ黄色な声援だ。
「これぞ女子校の醍醐味ですよね!」
「はあ?」
エンドチェンジの際、コートを出ていくこのみ先輩に言うと、怪訝な顔をされた。
「だって360度、どこを見ても女の子しか居ないじゃないですか!」
「いや。お前が何で今更そんな事を言い出したのか訳が分からんのですが・・・」
女子しか入学できないから女子校なんだろ、と至極真っ当な突っ込みを返される。
自分でも何が何だかよく分かっていないんだ。
それくらいに、わたしは興奮していた。
◆
「強いわね」
「・・・はい」
鈴江先輩のため息に、ベンチで水を飲む手も止まってしまう。
「初めての感覚でした。あの見えにくいフォームに戸惑ってるとワンテンポ違うタイミングでクイックサーブが来て・・・」
「打ち返そうとしてもサーブそのものにパワーがあるから差し込まれてしまう」
確かにマムもあのニセ水鳥さんのサーブは要注意だと言っていた。
左利きということもあり、ほとんど全国でも他に例が無いんじゃないかというくらい変則的なものが飛んでくると。
(まさか、ここまでとは・・・)
名門白桜の1年生レギュラー。
水鳥さんは確かに有名で、怪物ルーキーなんて言われている実力者だけど。
その水鳥さんと同じ位置に居る選手だ。彼女もまた、怪物レベルの選手であることを頭の隅にでも置いていたら・・・今のゲーム、何もできずにサービスエースを4本決められることはなかったかもしれない。
「準々決勝、準決勝の2試合でもあのペアは藍原さんのサービスエース4本で最初のゲームをとってるわ。あれを食らうと相手はどうしても混乱するし、焦る」
「私たちも術中にはまっちゃったって事ですか・・・?」
先輩は黙って頷いた。
「認めなきゃね・・・。今のゲームは完全にやられた。でも愛依、まだたったの1ゲームよ」
「!」
焦っていた頭に冷や水をかけらた気分だった。
(鈴江先輩は、私なんかよりずっと冷静に・・・)
"次"を考えられている。
先輩だってこの大会が初めての実戦。驚いたり焦ったりしてないはずがないのに。
「鈴江先輩。崩しましょう」
立ち上がると同時に、鈴江先輩のユニフォームの裾をぎゅっと掴んだ。
「相手は3年生と1年生のペアです」
「・・・!」
先輩は驚いた顔をして私の言葉に聞き入る。
「私たちの方が、一緒に過ごした時間は長い。連携プレーから切り崩して相手のリズムを乱しましょう」
「愛依」
私はぐっと、奥歯に力を込めた。
「ここで終わりなんて・・・絶対に嫌です。私は先輩たちの夏を、まだ終わらせたくない!!」




