熱く、強く、次へ。
少し時間は遡る。
「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原ペア。6-0」
勝った・・・。
「藍原」
少しだけ呆けていると、視界の下の方でピンク色のアホ毛がくるりと動いた。
そこに目をやると、先輩が笑いながら左手を挙げている。
「先輩、ナイスゲームですっ!」
だからわたしは。
「おうっ」
先輩の左手のひらを思い切り右手のひらで叩いて。
ハイタッチをしたことで、ようやく勝利を実感することが出来た。
「っつぇー! 本気で叩く奴があるかぁです!!」
「え、ええっ。ごめんなさい嬉しくてつい・・・」
「お前は物事に加減をつけることを覚えろです!!」
苦笑しながら後頭部に手をやる。
あはは、勝ったけど怒られちゃった。
(でも・・・)
勝ったんだ。1ゲームも落とさず、他校の選手に。
(なんか、不思議な感じ)
きっと白桜に入学する前のわたしなら勝てなかった。
今まで他校の選手と対戦する機会が無かったから自分の実力がどれくらいなのか分からなかったけど。
勝つことで、初めて分かった。
『自分がここまでやれるんだ』ってことを。
「これが、自信・・・?」
今は何とも言えない、ふわふわした感覚。
本当にこれが真の実力なのかも分からない。だけど。
―――もっと勝ちたい
その気持ちが心の奥で芽生えたことは、明らかに分かった。
「先輩、勝つことって・・・こんなに凄いんですね」
「?」
「なんか、さっきから心臓がドキドキして、頭の中わーってなってて。すっごい・・・」
―――もっと、もっと
―――この感覚を
「最っ高の気分です・・・!!」
◆
「5-0で、白桜女子中等部の勝利」
結論から言えば白桜の圧勝だった。
全試合、1ゲームも落とすことなく勝利。
この結果が、白桜の圧倒的な力を物語る何よりもの証拠になっていたのだ。
改めてそのすごさを噛み締めているときに。
(・・・!)
相手チーム―――池野中の選手たち、3年生たちが。
立ったまま涙を必死で拭っているのに気付いてしまった。
(そっか。この人たちは、これで終わり―――)
早過ぎる夏の終わり。
だってまだ、6月なのに・・・。
これが中学最後の対外試合になったんだ。
「礼」
「「ありがとうございました」」
池野中の挨拶は嗚咽が混じったものだった。
それでも。
「やっぱ強いね、白桜は」
ネットを挟んで向こう側。
「私たちの分まで、がんばってね」
池野中の3年生が、試合後の握手をしっかり求めてくれたのには。
「はい・・・!」
純粋に、感動した。
彼女の手を取って両手でしっかりと握手をする。
(すごいマメ・・・)
その手のひらが彼女たちのすべてを物語っていた。
―――わたしは、この人たちを倒して次へいくんだ。
「お疲れさまでした・・・!」
泣いている彼女の目をしっかりと見て、わたしはそう、言葉に出した。
◆
初戦の準々決勝を思い出していた頭を、現在に切り替える。
「新倉が熱中症で決勝戦を欠場することになった」
「監督。燐は大丈夫なんですか?」
聞き返したのは部長だ。
「熱中症といっても軽度のものだ。適切な処置を行っているが・・・本人が出られないと言っている以上、無理矢理出場させるわけにはいかない」
場に嫌な沈黙が流れる。
「決勝の相手は葛西第二。ノーシード校ながら他を寄せ付けない強さで勝ち上がってきたダークホースだ」
たびたび名前を聞いてきた学校。
何の縁か、決勝で当たる事になるなんて。
「全員よく聞け。この決勝戦、"地区予選であることは忘れろ"」
その言葉に。
「相手は都大会でも通用するレベルのチームだ。そのつもりでプレーしろ」
わたしは衝撃を受けた。
監督は、自分の言った『勝って当たり前』という言葉を上書きしたんだ。
この試合は・・・"負け"の可能性がある試合だと。
「葛西第二はシングルスの強さが特に際立つチームです。今村さん、加賀さん、そして部長の志水さん。この3年生シングルスプレイヤー3人の実力が高いレベルで安定していますね」
コーチの説明が頭に入ってこない。
「よって、この試合に勝てるかどうかはダブルスが握っています」
その言葉を聞くまでは。
「このチームのダブルスは、あくまで"シングルスに比べれば"多少落ちます。なので、ダブルス2試合を確実に勝つ。それが葛西第二攻略の鍵になるはずです」
わたしはちらりとこのみ先輩の顔を見る。
案の定、強張った顔をしていた。
「山雲、河内。遠慮はいらない。お前らの全力をもって敵を倒せ」
「「はい」」
相変わらず、寸分たがわぬタイミングで返事をするお二人。
「菊池、藍原」
監督の視線が、こちらに来た。
「今まで得たものを全部ここにぶつけてみろ」
言われたのは、その一言だけ。
あえてかどうかは分からないけど、直接的に勝てとは言われなかった。
「「はい!」」
今のわたしには。
それが少し・・・悔しかった。
「シングルス3は水鳥。そしてシングルス2は―――熊原」
わたし達全員の視線が、自然と熊原先輩の方へと向く。
「お前が新倉の代役だ」
「・・・」
熊原先輩は何を思うのか、言葉を発しない。
「お前なら新倉の代わりにシングルス2に入っても遜色ない働きが出来る。私はそう思っている」
「・・・!」
先輩は少しだけ息を吸い込むと。
「・・・はい」
熊原先輩らしく、静かに返事をした。
「智景。私も智景なら"燐の代わり"としてでなく、"白桜のシングルス2"として十分にできると思うよ」
「まりか」
部長は言って、熊原先輩の肩に手を置く。
「行くんでしょ、都大会」
「・・・うん」
くすぶっていた火種に、火が付いた。
客観的に見ていてもそれが明らかなほどに―――
今の熊原先輩からは、普段クールな彼女からは想像もできないほどの熱さを感じたのだ。




