地区予選 準々決勝 『白桜女子中等部 対 池野中学』
「むむむ・・・」
コーチから渡された対戦校のスタメン表を持つ部長の手に、みんなの視線が集中する。
「対戦相手は3年生ペア・・・」
ダブルス2、つまりわたし達の対戦相手の学年欄に書いてある数字が2つとも「3」であることを確認し、鼻から息を出す。
3年生が相手・・・普通に考えて、1番強い学年と真正面から戦う事になるのだ。
少しだけ、不安が過ぎった。
「相手は関係ないですよ。自分たちの力を信じましょう」
「はい・・・!」
このみ先輩の言葉に、力強く頷く。
そうだ。誰が来たってやることは変わらない。
元々変えるだけの臨機応変さなんて無いのだから。
「・・・って、あれ」
対戦校・・・池野中のスタメンオーダーを見てふと思う。
「ほぼ全員3年生なのに、シングルス1が2年生ですか?」
まさか、これは。
「この2年生、スーパーエースってコトですよね・・・!?」
そうなっちゃうよね。
「アホ。そんなわけないでしょうが」
「へ?」
「有紀、あなたね・・・・」
「そこまで真正面からしか物事見えないってある意味羨ましいわ」
ウ、ウソ。すっごい名推理したと思ったのに!
それなのに。
「そこまで言うことないじゃないですかぁ!」
「藍原さんのそういうところ、可愛いと思うよ」
「咲来先輩まで!?」
あと、咲来先輩は可愛いとか言わないでください。
後ろにこっちを睨み殺そうとしてる人が居るんで!
「"久我シフト"・・・そう呼ばれる戦法だ」
「せんぽー?」
選手同士でわちゃわちゃしているところに、監督の冷静な言葉が飛んでくる。
「簡単に言えば久我さんとのシングルス1を捨てて残りの4試合で勝とうとするオーダーのことよ」
「どういう事ですか・・・?」
「通常シングルス1はチームで1番強い選手、つまり"エース"が入る。ウチで言うと常に久我が入るわけだが・・・、最初から久我には誰も勝てないと踏むチームは少なくない」
なにそれ。
「強すぎて最初から勝負してもらえないってこと、ですか?」
「おお、お前にしては的を射た良い回答ですね」
「いやあ、それほどでも」
このみ先輩に褒められて少し良い気分になる。
うん? 今の、褒められたのか・・・?
「そうだ。どうせシングルス1にチームで1番強い選手をぶつけて負けるくらいなら、その選手を他にまわした方が効率が良い。だから、シングルス1に1番弱い選手をいわば"当て馬"する」
「勿論ルール違反でもなんでもないんだけれど・・・」
うーん。なんか・・・。
「戦う前から逃げてるみたいで、ずるいですよね」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
瞬間、まずいと感じる。
"また言っちゃった"と。
しかし。
「へえ。藍原、珍しく意見が合うわね」
「え、い、今のは良いんですか?」
瑞稀先輩がうんうん、と頷いていて驚く。
「まあ真っ当な意見だとは思いますよ」
「有紀の真正面からの言葉ってたまにすごい威力を持つというか」
このみ先輩と文香まで!
「だが、なりふり構わず勝ちに来ているという印でもある。敵もそれだけ本気なんだ」
ここで監督の言葉がピシャリと降ってくる。
「だから私たちは相手に惑わされず自分たちのテニスをして勝ちましょう」
部長が自分の意見を言いづらい話題だからか、副部長である咲来先輩が代弁する。
(部長と副部長のあの感じ・・・)
良いな。っていうか単純に凄い。以心伝心というか。
今だってホント自然に咲来先輩が前に出てきて部長を遮るようにまとめの言葉を言っていた。
3年生って、ああいう人たちなんだ。3年間、苦楽を共にしてきた本当の仲間。
―――そんな人たちを相手に、
―――わたしは勝てるのかな
◆
「これより女子団体戦 準々決勝 第1試合 白桜女子中等部 対 池野中学の試合を始めます」
「「よろしくお願いします」」
元気よく挨拶をして、頭を下げる。
部長と、池野中の部長が握手をしていた。
確かにピリついたムードはあるけれど、先輩たちはそれほど緊張している様子もない。
試合が行われるコートへ移動する途中、わたしとこのみ先輩は2人とも口を開かず、黙って歩く。
これは相当珍しいことだ。先輩と一緒に居てどちらも何も話さないなんて。
(先輩も、緊張してるのかな・・・)
そんな事を考えながら、先輩のほうをちらりと見ると。
「藍原」
ほぼ同じタイミングで先輩もこちらを見上げ、視線がぶつかる。
「な、なんですか?」
不意のことだったのでぎこちなくそう言うと。
「いつもの、やって欲しいです」
先輩はこちらを見上げながら、まっすぐにそれだけ口に出した。
「は、はいっ! やりましょう・・・!」
言ってから、ぎゅっと先輩を正面から抱きしめる。
(いつもよりドキドキするっ)
先輩を抱きしめていてもなかなか緊張が取れない。
そんな風にドギマギしながら目を瞑っていると、丁度わたしの胸辺りに顔を埋めていた先輩が。
「はは、緊張し過ぎですよ。心臓の音がうるさすぎる」
「え、ええっ!? マジですか!?」
そんなこと言われたらますますドキドキ、鼓動が高鳴ってしまう。
「ばーか、ウソですよ」
「ウソ!? なんでこんな時にウソつくんですか!」
ぎゅっとお互いを抱きしめながら、その腕の中でわーわーと騒がしいやりとりをする。
「・・・先輩、手、繋いでてください」
ハグを解いた時、わたしは先輩の左手をぎゅっと握って離さなかった。
「一緒にコート入ってください。そしたら、わたし、頑張れますから」
少しだけ。少しだけこのまま先輩に触れていたい。
その気持ちが伝わったのか伝わらなかったのか、先輩は黙って何も言わずに頷いた。
コートに入る金網を抜ける瞬間―――
わたしは繋いだ手に力を込めた。そしてそこを潜り抜けると。
どちらかともなく、名残惜しさは少しあったけれど、絡んでいた指を解いて、手を放していった。
そしてわたしは先輩の手を握っていたその手で。
ラケットを握る。
(もう、大丈夫―――)
一瞬だけ目を瞑った後、わたしは目を見開いた。
「さあ行きましょう! わたし達の最強伝説の始まりですよ!!」
大きな声を出す。
それは自分を鼓舞するための声じゃない。
これから行われる試合・・・それが楽しみで。すっごくドキドキして。
思わず、声が出てしまっただけの話だった。




