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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
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最初の一歩から

「藍原、アンタどこ行ってたの!?」


 急いで戻ったのが幸いしたのか、試合前のミーティングが始まる前にチームの輪へ合流できた。

 そしてまず最初に瑞稀先輩の叱責が飛んでくる。


「す、すみませんでしたっ!」


 先輩たちに深々と頭を下げた。

 それはいい、でも。


「ごめんです、まりか。私からも謝らせてください」


 このみ先輩まで一緒になって頭を下げてくれたときには、申し訳なさで頭がいっぱいになる。


「いいよいいよ。まだ時間内だったんだし」


 部長はそう言って笑いながら許してくれたけど。


「でもね、藍原ちゃん」


 しっかりとわたしの目を見て。


「はい・・・」

「"次"はもう無しだよ。分かるよね?」

「はい」


 その言葉だけ、しっかりとした口調で念を押されてしまった。


「もしやっちゃったら、お・仕・置・き、しなきゃねえ」


 部長はそう言いながら、にやりとアヤしい笑いを浮かべる。


 でもでも!

 超美少女の久我部長に言われるなら全然イヤじゃない!不思議!


「うおっほん」


 そこで、監督の強めの咳払いが聞こえ、閑散とした雰囲気はおしまいになった。


「・・・小椋コーチ、大会のルール説明をお願いできるか」

「はい。1度しか言わないのでよく聞いてくださいね」


 小椋コーチは人差し指をくるくる回しながら説明を始める。


「これはわざわざ説明するまでも無いでしょうけど、公式戦のルールは1セットマッチになります。1ゲームごとにサーブ権を交代し、6ゲーム先取した方が勝利」


 これは今までの実戦練習と同じ。改めて確認する必要もないくらい。


「団体戦はダブルス2、1、シングルス3、2、1の順番で行い3勝したチームが勝ち上がりですが、この地区予選では時間短縮の為、決勝戦以外は5試合を同時に行います」


 なるほど。

 広い試合会場だとは思ったけど、5試合を同時にやるから多くのコートが必要だったのね。


「決勝戦はダブルスの2試合とシングルス3を同時に行い、双方いずれかのチームが3勝していなかった場合、順次シングルス2、シングルス1と、3勝が確定するまで試合を行います」


「う、うむ・・・?」


 分かったような、分からないような風に少し頭を捻っていると。


(お前には後で教えてやるからわかったフリしてろです)


 このみ先輩にそう耳打ちされ。


「なるほど! そういうことですか!!」


 と、納得したような表情で言った。


「藍原ちゃん・・・」

「藍原さん・・・」


 部長と副部長が心配そうな表情でこちらを見ている。


 あ、あれ。

 もしかして、もしかしなくても。

 分かってないのバレたっぽい・・・?


「藍原」


 そこで、監督のビシッとした声が聞こえてくる。


「は、はひ!!」


 思わず背筋を伸ばす。

 ヤバイ、ウソついたの怒られる。不意にそう感じたが。


「お前は目の前の試合に勝つことだけを考えろ。それ以外は何も気にしなくて良い」


 監督のその言葉に。


「はい! とてもよく分かりました!!」


 頭の中にあったモヤモヤが、晴れていった気がした。


「地区予選の出場校は12チームです」

「去年は10チームだったのに増えてるね」


 コーチの言葉に、部長が軽く返す。


「新しくこの地区に登録した新設校が1つ。それと去年は諸事情で出場していなかった葛西第二が今年は出てますからね」

「葛西第二?」


 どこかで聞き覚えのあるチーム名だ。


「ああ、さっき会った人の学校だ」

「アンタ、はぐれたと思ってたら敵情視察行ってたの?」

「いえ。その、なんていうか・・・」


 瑞稀先輩の言葉になんて返そうか迷う。

 本当の事を言うのはさすがに恥ずかしいからだ。


「葛西第二の選手に道案内してもらってたんですよ」

「このみ先輩! そんなハッキリ言わないでくださいよ!?」

「うわ、だせー」


 違う違う。そうじゃない。

 わたしが気になったのは。


「あ、あの! どうして去年葛西第二は出てなかったんですか?」


 危ない危ない。

 本題から話が逸れるところだった。


「・・・」


 あれ。

 みんな黙っちゃったよ・・・?

 不意にやってきた気まずい雰囲気に戸惑う。


「有紀、あなた本当にバカ正直ね」


 文香も頭を抱えてしまっていた。


「あのですね、普通"諸事情"って言われたら具体的なことは聞かない方が良いんですよ」


 このみ先輩も困ったようにわたしを窘める。

 そこではじめて、この何とも言えない雰囲気を理解した。


「部員不足と顧問の不在で大会出場規定を満たしていなかったから出場できなかった。それ以上のことは分からない」


 この空気を一蹴するように、監督の明瞭な言葉がスパッと入ってきた。


「えー、とにかくその葛西第二を含めた12チームが出場校です」


 そしてそれに繋げるようにコーチが話の線を元に戻す。


「私たち白桜は第1シードなので、1回戦は免除されます。よって準々決勝から参加することになりますね」


 いきなりベスト8か。

 つまり、3回勝てば都大会への出場が決まるんだ。


「既に1回戦は終わっている。うちが最初に当たるのは池野中に決まった」


 そこで監督がコーチの前に出て。


「今から準々決勝のスタメンを発表する」


 言われた瞬間、思わずごくりと生唾を飲む。

 全身にピリッと電気が走ったような感覚がした。緊張の針が肌に刺さるイメージ。


「ダブルス2」


 もし、わたしの名前が呼ばれるとしたら―――


「菊池・藍原ペア」


 ここしかない。

 そう思っていただけに、もう心の準備は出来ていた。


「ダブルス1、山雲・河内ペア。シングルス3―――」


 わたしはちらりと隣に立っている文香に目をやる。


「水鳥文香」


 瞬間、文香は小さく息を吐き出した。

 最初の試合から、わたし達1年生を2人とも使うんだ、この監督は―――


「シングルス2、新倉燐。シングルス1、久我まりか」


 スタメンを読み上げると、彼女は大会登録メンバー10人全員を見渡しながら。


「大会前に言った通りこの地区予選は勝って当たり前の場だ。まずは初戦、全勝して良いスタートを切るぞ」


 そんな事を正々堂々と言った。

 これが篠岡監督流のハッパのかけ方だという事はもう分かっている。

 でも。


(勝って当たり前―――)


 その言葉はやはり重かった。

 だって、わたし、他校との試合は今日が初めてだし・・・。

 どうしても、変に意識をしてしまう。


「藍原さん、そんな固くならないで」


 ぽん、と肩に手を置いてくれたのは。


「咲来先輩・・・」

「初めての対外試合だから緊張するなっていうのは無理だと思うけど」


 先輩は自分の胸の真ん中に手を当て、目を瞑って。


「貴女は強いわ。それに―――」

「アンタの隣には居るでしょ。相棒が」


 瑞稀先輩の言葉に誘われるかのように、視線が横へ。


「このみ先輩・・・」


 そこに居たのは、ちっちゃくてかわいい先輩。

 わたしの、パートナー。


「ダブルスの強みってそこだから」

「貴女は、いつだって1人じゃない」


 不思議だな。

 この2人にこうやって言われると、不安だった気持ちがどんどん小さくなっていくのを感じる。


 それは先輩たちがそれを心の底から信じて、積み上げてきたから。

 本当にやってきた人たちの言葉だから、そんな力を感じるんだ。


「・・・・ちょっと、羨ましいわね」


 少し離れた位置に居た文香が、呟くように言ったその言葉を、わたしは聞き逃さなかった。


「文香!」


 わたしは彼女の両手を手に取って、ぐいっと引き寄せる。


「な、なによ・・・?」

「寂しくなったら思い出して」

「何を・・・」


 文香はそう言いかけたけれど。


「ううん。分かってる。私は1人じゃない・・・、そうでしょ?」

「その通り!」


 後ろからの声に驚き、振り向いたそこにあったのは。


「あなたの後ろには、私達が居る」

「テニスは基本的に個人競技だ。だけど、私たちは1つのチーム。たった1人なんてことは絶対ないんだからね」


 燐先輩と、部長の姿。


「よし、じゃあ1つ、やっとくか」


 その一声で、部長を中心にスタメン組が輪になる。

 そしてそれぞれ手を輪の中央に突き出し、7人の手のひらが中心で重なる。


「一緒に勝とう。そして、目指すは・・・」


『全国制覇!!』


「「おおーーー!!」」


 叫びと同時に各々が腕を天に向けて突き上げた。


 全国制覇―――

 長い長い坂道の最初の一歩を、わたし達は歩み始めたのだ。

 スタメンの選手たちが、円陣を組んでおおーっ、と叫んでいた声が聞こえる。


(か、かっこいいの・・・)


 入部してから今まで、大会前にレギュラーの子たちが何度かやってる姿を見てきたけど、私はまだ1度もあの輪の中に入れていない。

 初めて大会登録メンバーに選ばれたんだ。


(私もあれ、やりたいの・・・!)


 そう思うと居ても立ってもいられず。


「熊ちゃん先輩、わ、私たちもアレやりたいです・・・」


 普段、寡黙であまり口も聞いたことがないような熊ちゃん先輩を誘っていた。

 スタメンを外れて寂しそうにしてたし、きっと大丈b・・・


「・・・ごめん」


 かはっ。

 精一杯の勇気を振り絞って話しかけたのに。

 心のガラスに石を投げつけられてぱりんと割られた気分。


「う、うう・・・」


 ショックを受けていると、視界にもう1人のスタメンから外れた選手である野木先輩を捉える。


「あ、あの。野木先輩・・・、一緒にしませんか?」


 よろける身体を持ち直し、弱弱しい口調で話しかけた。


「ええ?海老名と2人だけで? やだよ」


 かはっ。

 心のガラスはひとかけらも残さず粉砕される。


(分かってたの、話しかける前から断られるって分かってた・・・)


 次こそは。

 次の都大会こそはスタメンになってアレをやってみせるっ!

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