地区予選!
その日は梅雨の中日だった。
きのうまでの雨が嘘のような雲一つない真っ青な空。
朝なのにカラッと晴れて日光がガンガンに降り注ぎ、もう100パー完全に暑くなることが確定されているような天候。
今日は地区予選―――
わたしにとっては中学はじめての公式戦。
「こ、これが白桜テニス部のユニフォームですか・・・!?」
シャツと膝上丈のスカートは両方とも真っ白。
唯一桜の花びらをかたどった白桜の校章に、頭文字のHがあしらわれたマークだけがピンク色で刺繍されているけれど、それ以外は本当に真っ白だ。
「熱くないからね、白いと」
今からさかのぼること数日前。
ユニフォームを手渡されたときに、寮母さんはそう言って笑っていた。
「そういう理由で白なんですか!?」
「勿論それもあるわ。屋外でやるスポーツなんだから白と黒じゃ大違いなの。黒は本当に陽射しを吸収しちゃうからね」
わたしはもう夢中でユニフォームを表から裏から吟味し続けた。
「あとこれね」
それに追い打ちをかけるように、寮母さんはとあるものを差し出す。
「これは・・・!」
長袖のジャージ。
白を基調にしながらも、こちらにはピンクの色が多く使われている。
袖に入っている大きなラインが鮮やかなさくら色。
「レギュラー選手だけが着れる専用ジャージだよ」
「れ、レギュラー専用の・・・!?」
わたしは震える手でそれを、卒業証書を受け取るみたいにしっかり受け取って、目の前で広げてみる。
「こ、このようなものをワタクシめが着ても良いので・・・!?」
「あはは。当たり前でしょ。アンタレギュラーなんだから」
正直、今まで実感があまりなかった。
でも、こうやって形にされると思い知らされる。
わたしは名門白桜女子テニス部のレギュラーになったんだって。
「そのジャージ、襟の裏側見てみ」
言われるがまま、襟の裏地を確認すると。
"藍原有紀"
と、濃いピンク色でわたしの名前が刺繍してあった。
「わー、すげー!!」
思わず我を忘れて叫んでしまう。
「それ、私がやったんだからね?」
「ありがとうございます寮母さま!!」
わたしは寮母さんの手を取って何度も何度も頭を下げる。
「ここまでやったんだ。明日、絶対に勝って帰ってこいよ、元気なルーキー娘」
言って、ぐっと親指を立てる寮母さんに対して。
「はいっ!!」
元気にそう返した。
◆
朝から暑かったのに、わたしは長袖のレギュラージャージを着てバスに乗り込んだ。
だって着たいじゃん。見せびらかしたいじゃん。こんな良いモノを。
瑞稀先輩なんかには白い目で見られていたけど、気にしない。
大会会場へ着くと、わたしは颯爽とバスを飛び出し、そして―――
「・・・嘘でしょ」
完全に、はぐれてしまった。
世に言う迷子。
「やっちゃったぁぁ~~~!!」
舞い上がって、まわりが見えてなかった。
気づいたときにはわたしは1人だった。後ろを振り向いたら誰も居なかったときの絶望感と言ったらない。
テニスコートが何面もあって、しかも他校の応援団やら何やらがいっぱい来てるから白桜の集団がどこなのか全く分からない。
(どうしよう~~~!!)
最初の試合開始は何時だっけ。いや、その前にスタメン発表あるからそれまでにはその場に居ないと!
ああ、どうしよう。携帯は送迎バスの荷物入れの中だから電話もかけられないし・・・。
「ば、万事休す・・・」
がくっと四つん這いになって意気消沈する。
怒られる・・・絶対に怒られるヤツだこれは・・・・。
「あ、あの」
監督にカミナリ落とされるだけならともかく、お前は試合に出さんとか言われて・・・。
「もしもし?」
下手したら明日から2軍行きにされかねない・・・。
「もしもーし。そこで四つん這いになってる人ー」
はっ。
我にかえる。誰かがわたしを呼んでいるような。
「大丈夫ですか? 体調が悪いんですか?」
上を見上げると、そこに居たのは随分と小柄な女の子。
ショートボブなのに、それでいてくせっ毛ではないサラサラな黒髪が特徴的な、柔和な印象を受ける子が、手を差し伸べてくれていた。
「あ、いえ。体調が悪いというか・・・先輩たちとはぐれてしまいましt」
「あー!!」
刹那。
急に話を遮られた。
目の前に居た女の子が絶叫をしたのだ。
「そ、そのジャージ・・・! は、白桜のレギュラージャージだー!!」
彼女は目をキラキラと輝かせながらわたしのジャージを見る。
「すごいすごいすごーい! 本物だー」
あまりにこの子が羨望のまなざしでこちらを見てくるものだから。
わたしも少し、良い気分になってしまったのだ。
「ま、まあね。ああ、あとわたし1年生だから」
「1年生で白桜のレギュラー!?」
あー、良い反応。
「あ、貴女まさか・・・!?」
最高の反応だよ。気持ちいい、超気持ちいい。
「間違いない。1年生で白桜のレギュラー! あの水鳥文香さんだ!!」
・・・ん?




