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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
52/385

師(せんせい)

 思い切りラケットを振り抜く。

 長いストロークは相手コートで跳ね―――


「抜かせない!!」


 力強いショットがこのみ先輩の横を抜けていく。


「わー、今のすごい!」

「完全に抜けたかと思ったー」


 コート外からそんな声が聞こえてきた。


「・・・」


 わたしは自分の掌を見る。


(今の感触―――)


 完全にいったと思ったし、点とれた時のものだった。

 それを返した、熊原先輩。


「先輩、今のはナイスですの!」

「うん」


 そして、仁科先輩。

 気のせいだろうか。登録メンバー発表後の方が、2人のプレーが目に見えてよくなってきたのは。


「下手したら藍原とこのみを食うレベルだよねー」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 だから。


「先輩! このみ先輩!!」

「な、なんですか急に大声出して」

「しまっていきましょう、しまって! さっきのだって気合があれば返せてたプレーですよ!」

「そもそもテメーが決めにいったショットを返されたせいでしょうが!!」


 久々に先輩と怒鳴り合いをやった気がする。

 地区予選まであと少し―――万全の状態で臨んで、そして絶対に・・・勝つ!!





 藍原さんと菊池さんがいつものように賑やかなやり取りをしている。


「みんな良い調子じゃないですか?」


 コート上の選手を見つめながら、私は監督に話しかけた。


「登録メンバーもそうですけど、外れた子達の方が逆に勢いづいていると言うか」

「外れた仁科にあそこまでやられたら、レギュラーもそれ以上のプレーをしないわけにはいかないだろう」


 仁科さんレベルの選手でも大会に出られない。

 名門白桜の選手層の厚さは、やはり都内でも屈指だという自負はある。

 それは教える側になれば顕著にわかってくるもの。


「特に熊原は3年間で1番良いプレーをしている」

「確かに・・・普段、あまり気持ちを表に出さない子なのに」


 今の彼女からは、背中からメラメラと青い炎が燃え上がっているように見える。

 静かに、それでも強く。

 プレーそのものより精神面での脆さが何よりもの弱点だった彼女が、ようやくその弱点を乗り越えようとしているのかもしれない。


 練習後。

 外が暗くなった部室で監督と2人、地区予選での対戦校の情報を精査していた。


「よくこれだけの情報を集めてくれたな」


 監督が呟く。


「それは3年生たちに直接言ってあげてください」


 これは全て引退した3年生が他校へ偵察に行き、かき集めてくれた情報。

 私はそれをまとめたに過ぎない。


 監督は私の言葉にゆっくりと頷くと。


「いかんな。どうにも頭が大会のことばかりへ行ってしまって」

「あなたはそれでいいんです。どうしても足りない部分は私がフォローしますから」


 この学校に来て3年。

 ようやくこの人との正しい付き合い方を見つけた気がする。

 私はあくまでフォローに徹すれば良い。

 ともすれば冷酷とも思えるこの人の不器用さを、少しでも噛み砕いて選手に伝えてゆければ、それで。


「地区予選はどう戦うおつもりで?」

「なるべくなら新戦力を試したい。都大会まで行けばそんな余裕はなくなるだろう」


 そう、この地区予選というのは白桜ほどの名門になれば勝って当たり前の前座に過ぎない。

 これは言い方が極端と思われるかもしれないけれど、実際にそうなのだ。

 例年、ほとんど接戦になることもなく通過できる、文字通り"予選"。


「水鳥さんと、藍原さんと菊池さんのダブルスですね」

「負けたら終わりの公式戦に慣れて欲しいという面もある。特に藍原と菊池は練習試合も無しのぶっつけ本番になるからな」

「それでもあの2人を選んだのは・・・」

「使えると確信しているからだ」


 監督がここまで言う理由、私には少し分かる。

 それはあの2人を外から見ていれば自然と理解できることだ。


 そして他校の情報を見ている時、それは起こった。


「これは・・・」


 監督がとある学校のエントリー表を見て手を止めたのだ。


「葛西第二ですか?」

「この学校の顧問、内田みどり・・・」


 その名前を指差す。


「お知り合いなんですか?」

「ああ。よく知った方だ。内田先生・・・私が師と仰ぐ名将だよ」


 篠岡監督が自分の事を話すなんて滅多にないことだ。

 私はそれに驚いていた。


「そんな方がどうしてこんな無名の公立校に・・・」


 葛西第二、確か色んなゴタゴタがあって去年は予選にすら出場していなかった学校。

 もとより普通の公立校で、テニス部自体それほど盛んな学校ではないはず。


「先生はもう定年も間近なはずだ。既に一線を退かれたかと思っていたが」


 監督は葛西第二の詳細な情報をぱらぱらと見始める。


「練習試合の資料、あるか?」

「それが葛西第二は練習試合すら行っていないようで・・・。偵察に行った子も練習を見ることが出来なかったと」

「公立校にはよくあることだが・・・」


 部活が盛んではない公立校はグラウンドを複数の部で掛け持ちする場合がある。

 偵察に行った日がたまたまそのグラウンドを使えない日だったのだろう。


「気になりますか?」


 監督は黙って頷く。


「これが他でもない先生の率いているチームと言うのが引っかかる。あの人が勝算もなく戦いに身を投じるとは思えない」


 よほどその内田先生が気になるのか、監督のルーズリーフをめくる手が早くなる。


「気にし過ぎでは? 監督の恩師とはいえ葛西第二と我が校では」

「一度退いた人間が現場に戻ってきた・・・。余程の覚悟が無ければそんな事は出来ない」


 この人をここまで本気にさせるなんて―――


 葛西第二。

 内田みどりという人を知らない、私ですらそんな風に思わせるくらいには不気味な存在だ。

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