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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
51/385

選ばれなかった者

 練習後・・・いや、練習中にもそういう雰囲気はあった。

 いつも通りこなせているようでどこかいつもと違う・・・。彼女を見ているとそういうものが確かにあったのだ。


「熊原先輩、聞いてますの?」


 ふと現実に戻ると、いつも通り金髪ポニテの彼女が私の方を見上げていた。


「ああ、ごめん」

「今のプレー、先輩がとりにいってくださらないと困ります。以前にも申し上げましたが、(わたくし)パワーが無いもので」


 だから私がボレーで直接打ちかえさなければならなかったと。


(きょう)

「なんですの?」

「・・・いや。何でもないごめん」


 無駄な時間を取らせないでください!とまた怒られた。


 思えば、この子とダブルスを組んでから怒られてばかりだ。

 後輩なのにしっかりした考え方やプランを持っている子。テニスの知識なんかも私より全然豊富だと思う。


 それでも―――


(選ばれなかった)


 杏は今のところいつも通り振る舞っている。

 何か違うと考えてしまうのは私の邪推だろうか。本当はもう彼女自身、割り切れているのかもしれない。


 ・・・なんか、本人よりこっちの方が変にギクシャクしちゃうな。


「サーブいくよー」


 だから私は、普段より少しだけ大きな声を出してボールをトスした。





 今日も遅くまで練習だった。

 夕飯、お風呂の後の消灯までにある、わずかな時間。

 寮に入ってる私達にとってはここが唯一の自由時間だったりする。


「え? 杏ですか? まだ部屋には帰ってきてませんけど」


 案の定だ。

 杏の部屋に行ってみたらルールメイトの子が小首を傾げながら言う。


「そっか。ありがと」


 私はそれだけ返すと、とある場所へと歩き出した。

 寮の玄関を抜け、屋内練習場をも抜け、その裏にある倉庫の裏。


 そこから先は他の部の施設があるから、金網フェンスと倉庫裏に挟まれた狭い空間があるだけ。

 こんな場所には誰も来ない。


 ・・・普通なら、という脚注はつくが。


「杏」


 彼女はやはり、ここに居た。

 体育座りをして、顔を伏せて。

 すすり泣く声が・・・しっかりと聞こえてきていたのだ。


「先輩」


 彼女―――仁科杏はふと頭を上げ、ぐしゃぐしゃな顔でこちらを見る。


「隣、いい?」


 そう聞いたけれど、彼女はまた顔を伏せてしまった。

 ダメだとは言われてない・・・。私は体育座りの彼女の隣へ腰を落ち着かせる。


 それから沈黙が流れた。長い、長い沈黙。

 杏のすすり泣く声だけが聞こえる。

 私は静かなところが好きとはいえ、"こんな静かさ"はイヤに決まっている。肌に刺さるような痛みを感じるから。


「・・・ごめん」


 何かを言おうと思って口に出したのがこれ。

 言ってしばらくして、これはまずかったと思った。


「力になってあげられなかった」


 この言葉を足したけど、これでもまだ足りない。

 咄嗟にそう感じて、言葉を足し続ける。


「あの時、春の大会の登録選手に漏れて腐ってた私に声をかけてくれたのは杏だったのに・・・。恩を仇で返しちゃった。本当にごめん・・・」


 あそこで杏が助けてくれなかったら私はもう1軍にすら居なかったかもしれない。

 だからこの子と一緒にダブルスを志したんだ。2人でレギュラーになるために。

 でも、結果として私だけが選ばれ、杏は選ばれなかった。


「杏と一緒にやれないなら・・・私は何のために・・・」


 どうやってこの子に感謝すればいいんだ。どうやってこの子に、謝れば・・・。


「どうして先輩が謝るんですの」


 その時、ようやく杏が答えてくれた。


「私は自分の力が及ばなかったからレギュラーに選ばれなかった。それだけのことですわ」

「でもそれは・・・」

「先輩が私を気にかけてくださったことには感謝しますわ。でも」


 彼女はぎりっと奥歯を軋ませながら。


「これ以上の慰めは私に対する侮辱と同じです・・・!」


 吐き捨てるように彼女はそれだけ言って、再び黙ってしまった。


「・・・っ」


 またやってしまった。

 自分でも口下手だという自覚はあるけれど、ここまで言わせるなんて相当だ。

 それなのにこの場から立ち去るほどの勇気もない。

 今の私には彼女がすすり泣くのを隣で見ていることしか出来なかった。


「先輩」


 そんな風に落ち込んでいると、杏が何かを呟く。


「私、都大会の登録メンバーに絶対に入りますわ」

「えっ・・・」


 驚いたのは言葉じゃない。彼女の語気。


「地区予選の登録メンバーには選ばれませんでした。でも、これで終わりじゃありませんもの。都大会の選手登録までに私がレギュラーにたる存在だと監督に認めていただければ・・・」


 そう、今の杏からは。


「貴女と同じコートに立てる・・・!」


 前に踏み出す、下から這い上がる意志が感じられたのだ。


「杏」

「私はこの悔しさを絶対に忘れない。もう一度こんなに惨めな思いをするくらいなら、死んだ方がマシですの」


 ああ、そうだ。

 私はこの子のこういう強い言葉で救われたんだ。


「ですから先輩、お願いがございますの」

「なに?」


 杏はごしごしと目を擦ると、思いっきり鼻声で。


「都大会へ勝ち上がってください」


 そう絞り出して、再びしゃくりあげてしまった。


「わかった。絶対に負けないよ」


 私は杏の背中にそっと触れ、恐る恐る、背中をさする。


「"杏の帰ってくる場所は私が守る"。それが私の・・・戦う理由」


 それが、それこそが―――

 何のためにテニスをしてるのか分からなくなっていた私を助けてくれた、杏への恩返し。


 どうしてだろう。

 こんな風に考えるだけで、私はどんな相手とだって戦える。そんな気すらしてくるのは。

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