選ばれた者
(いよいよ明日・・・か)
地区予選の登録選手発表。
都大会へと繋がる公式戦に出場できる選手。もちろん都大会のメンバーも、これを主体にして選ばれる。
それに―――これは考えたくないけど―――もし負けるようなことがあれば、3年生の先輩たちの夏がそこで終わるのだ。
一発勝負のトーナメント戦・・・相手のレベルに関係なく、ベストメンバーで臨むことは必須。
もうすぐ消灯時間だけど、わたしは一向に来ない眠気を待ちながら二段ベッドの下でああでもない、こうでもないと悶々としていた。
一方の文香は―――
(さっさと寝ちゃったんだよね)
余裕だなあ。
今から30分前には布団に入ると、もうすーすーと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。
(自信の表れ・・・かな)
絶対に選ばれると言う自信があるから、気にせず眠られるのだろうか。
すっかり鳴りを潜めてはいたけど文香は本来自信家。案外、その辺りはどっしり構えているのかもしれない。
その時、携帯からピコンという音が聞こえてくる。
思わずビクッと反応してしまう程度には驚いた。誰だろう、こんな時間に。
『今、会えますか?』
吹き出しにはこう書いてあった。
送り主は―――
「なんですか先輩。もうすぐ消灯ですよ?」
このみ先輩だった。
寮の玄関の前でうずくまるように座り込んで、こちらを少しだけ振り向くと、隣に座るように促す。
わたしはそのようにすると、学校指定の白いTシャツ姿の先輩を横目に見やる。
「なんか無性にお前の顔が見たくなりましてね」
「そうですか。じゃあいくらでも見てください! ほらかわいい後輩の顔を目に焼き付けて!」
ほっぺを人差し指で軽く押さえて先輩に笑いかけ。
「・・・」
しかし先輩はまさかのノーリアクションだった。
「えぇ!? わ、わたしスベっちゃいましたか・・・?」
「いや。もうちょっと元気出たり、気が楽になったりするかと思ったらそうでもなかったんで」
「ひでえ!」
何ソレわたし役立たず!? 無能!?
「お前と出会ったこの1か月半、私はすごく楽しかったんですよ。毎日が充実して・・・初めてこの部に入ってよかったと思えたんです」
「先輩・・・」
「でも、それと同時に3年間で1番辛くて苦しかった。1軍の練習はしんどいし、お前の面倒を見てる分、負担は今までの比じゃなかった」
その時の先輩のなんとも言えない顔。
笑おうとしているのに、それでも何かが奥に引っかかって笑えないその表情が、先輩の心情を如実に表していた。
「もしも明日、選ばれなくても"私はこれだけやったんだ、やれるだけの事は全部やったんだから悔いはない"・・・そんな風には思えそうにないんです」
先輩は身体を少し震わせながら。
「これっておかしいことですかね・・・?」
わたしの肩に体重を預けてきた。
そしてしばらくすると、こちらを向いてわたしのTシャツの左わき腹部分をぎゅっと掴む。下を俯いたまま。
「おかしくなんかないですよ」
こういう時、この人が望んでることは一つだけ。
「頑張った人が結果出ないの怖いって思うのは当たり前です」
それは、ひたすら励まして気持ちを軽くしてあげること。
「先輩が本気でやってきたから、本気で怖いって思えるんですよ」
先輩の左肩をがっしりと掴んで、抱き寄せた。
これ以上力入れるとこのちっちゃな先輩は潰れちゃうんじゃないかと思うくらいに。
「怖いなら、その気持ちをわたしにも背負わせてください」
「・・・、それ、前にも言ってたやつですよね」
「そうですよ。だから何回でも背負います」
そう、なぜなら。
「だってわたし達、ペアじゃないですか」
多分このみ先輩はめんどくさい。
ビビりだし、すぐ泣くし、ネガティブ思考だし、寂しいと死んじゃうし・・・。
でも、わたしはそんな先輩のことが好きなんだ。放っておけないし放っておこうとも思わない。
この世界に、わたしのダブルスペアは先輩だけだから。この人以外なんて、考えようがないんだ。
◆
「これより今週末に行われる地区予選の大会登録メンバーを発表する。登録人数は10人。呼ばれたものは大きく返事をするように」
その時はやってきた。
放課後練習の頭・・・選手全員の前で、登録メンバーが監督の口から直接発表される。
天国と地獄―――裁定の時。
「久我まりか」
「はい」
「シングルス1はお前以外考えていない。このチームの大黒柱・・・頼んだぞ、キャプテン」
部長は軽く返事をする。
最初にこの人が呼ばれるのは全員が分かっていただろう。
「山雲咲来、河内瑞稀」
「「はいっ」」
「ダブルスが安定するかはお前たちにかかっている。白桜ダブルスを引っ張っていってくれ」
この2人も順当。
ただ、返事した声が完全にシンクロしていたのには驚いた。ものすごい息の合い方。
そして次は―――
「新倉燐」
「はい」
「シングルス2は激戦区だ。だが、お前なら他校に後れを取ることはないだろう」
先輩はいたって冷静に返事をする。
そう、ここまでいわゆる『レギュラー』。その地位に揺るぎがない確定組。
つまりここからが誰が呼ばれるか分からない本当の―――
「水鳥文香」
瞬間、声には出さないが場の雰囲気が大きく揺れた感覚がした。
「・・・はい!」
「大会に出るからには1年生も何も関係ない。お前なら他校の2,3年生相手にも十分通用するはずだ」
文香の遅れた返事が象徴するように、場に"まさか"の空気が流れる。
彼女が呼ばれたことじゃない。彼女が確定組の次・・・5人目という早い段階で指名されたことに対する驚きと動揺。
「熊原智景」
「はい」
「お前の高い実力はみんな理解している。いつでも出られるよう準備しておけ」
やっぱりあの人か。
口数が少ないし積極的に前に出るタイプじゃないから1軍に来るまで気づかなかったけど、3年生の中でも部長、副部長に続くくらいの力を持ってる人だ。そりゃあ選ばれるよね。
「海老名流」
「は、はい!」
「シングルスとダブルス、両方をこなせる器用さ、ここぞと言う時に見せてくれ」
シングルス、ダブルス両方の練習に参加してた2年生の先輩だ。
これで7人。残りは3人。
そろそろ呼ばれないとまずい。だってわたしはダブルスだし、つまりこのみ先輩と2人セットなわけで。
(ええと、要するに次の次までに名前を呼ばれないと・・・!?)
ああ、なんか土壇場になって混乱してきた。
頭を抱えてしまいそうになっていたその時。
「藍原有紀」
頭の中にあったすべての感情が消えて、真っ白に溶けていく。
―――え
そう思った瞬間。
「は、はい! ワタクシめはここに!!」
お腹の底から声を出して、敬礼をしていた。
「菊池このみ」
「っ、はい!」
「お前たち2人をダブルス2の筆頭に考えている。地区予選で結果を出してみせろ」
うそ。うそうそうそ。
わ、わたしと先輩がレギュラー・・・!?
頭にあったわーっとした感覚が何かの反応をおこして沸騰しそうなくらいに熱くなってくる。
あれ。でも、わたし達がレギュラーってことは。
「野木真緒」
「はい」
・・・え?
誰が言ったでもないけど、この場にそんな雰囲気が流れた。
(仁科先輩が呼ばれてない・・・でも)
今ので10人。間違いはない。
「この10人で地区予選を戦い抜く。いいか、予選はあくまで予選、通過点だ。あえて言うぞ、これは都大会への前哨戦、勝って当たり前の大会だ」
そんな動揺を知ってか知らずか、監督は強い言葉で話を続ける。
「敗北は絶対に許されない。だが、私はお前たちが普通に戦えばこの予選で躓くことはないと思っている。本番に影響がないよう、大会登録メンバーはハードな練習は避けるように。以上、練習を始める」
その声と同時に、いつものように部長の点呼で頭を下げて練習前のあいさつをする。
しかし。
心ここに在らずな人が少なくともこの場に"2人"居るのは、間違いなかった。




