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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
47/385

いい湯だな

「ああ゛ぁ~~~沁みるわあぁ」


 湯船に浸かって身体を思い切り伸ばしながら上を向いた。

 ここが露天だったらどんなに良いことか・・・。残念ながら寮の大浴場です。

 普段は学年ごとに使用しているここを、今日は1軍が使用している。


 部屋には個室の狭いシャワーしか付いてないからここを使えるか使えないかじゃ大違いだ。


「こんな時くらい静かにできないわけ?」

「いやホントのホントに疲れたからさー」


 五臓六腑にしみわたるとはこのことか。


(それにしても)


 普段、お風呂をご一緒することが無い先輩たちの裸はあれですね。

 目のやり場に困るというか。凝視したら変に思われるだろうし、でも。


(これを見るなっていう方が無理だよねえ・・・えへへ)


 燐先輩の方をちらっと見る。

 美しい。ただお美しい。細い身体、白い肌、タオルで黒髪をまとめているから見えるうなじ。普段見えないところが見えている先輩の特別感たるや。

 胸は控えめなんですね、でも先輩はそのスレンダーな感じが素敵だからそれでいいんです!


「・・・あ」


 わたしはこのみ先輩が湯船から出たのを確認すると、その後を追う。


「先輩先輩!」

「なんですか?」

「お背中お流しします!」

「いや、お断りします」

「なんで!?」


 しまった。断られると思わなかった。

 処理しきれない答えに戸惑っていると。


「・・・なんか、後輩に無理矢理やらせてるみたいじゃないですか、そういうの」

「違います違います。わたしがしたいからやるんです! やらせてください是非に!!」


 遠慮せずわたしを受け入れてください、と懇願すると、このみ先輩は髪をくしゃくしゃとかいて。


「勝手にしろです」


 と言ってくれた。

 勝手にしますともええ。


 先輩の後ろに座る。

 改めて見ると。


(ちっちゃな背中だなあ)


 子供じゃん。

 いや、中3は子供だけど。小3でも通るかもしれないくらいちっちゃい。


「今、なんかすっごく失礼な電波を受信したんですが」

「キ、キノセイデスヨ!?」


 しまったカタコト!


「・・・お前はわかりやすい奴ですね」


 先輩はふっと笑いを零しながらそう言った。

 しょうがない後輩を、それでも受け止めてくれるように。


「み、瑞稀。あた、当たってるんだけど」

「当ててるんですよ?」


 何をバカなこと言ってるんですかみたいな口調で首をかしげる瑞稀先輩。


「だって前も洗うにはこうしなきゃ」

「ありがたいけど、今はみんなが居るからやめておこう」

「えー、そうですかぁ?」

「また今度ね」

「うぅ・・・はぃ」


 瑞稀先輩はものすごく不本意そうに返事する。


「また大きくなったよね、瑞稀の」

「わ、わかりますか?」

「瑞稀のことは大体なんでもわかるよ」


 ・・・きっとあの2人を参考にしてはいけない。

 隣でイチャついてるどころか前戯を始めようとしているバカップルを横目に見る。


「はよ背中流せや! 6月とはいえ寒いですよ!!」

「ああ、ごめんなさいごめんなさいっ」


 急いで先輩の背中に泡立てたタオルを当て・・・擦る。

 その時。


「そのまんまで良いからちょっと聞いて欲しいことがあるんですが」


 先輩は声のボリュームを2つぐらい小さくして話し始めた。


「合宿の最終日の午前中には自由時間が与えられるんですよ。最後の全体練習前に、自分が課題だと思うことを徹底的に特訓する・・・そういう時間なんですが」

「はい」

「その時間、私に付き合ってくれますか?」

「そりゃあもう。先輩はわたしのパートナーですから」


 水臭いな、そんな事を今更聞くなんて。


「よかった。お前に1つ、使えるようになって欲しいサーブがあるんです」

「え・・・わ、わたしですか?」

「そうですよ。お前が他にやりたいことでもあればともかく、それも無いようでしたし」


 この人―――

 そんな貴重な時間をわたしの為に・・・。


「前の実戦テストまでにはやることが多すぎてここまで手がまわらなかった。これからは公式戦に入るから特訓してる時間なんてない。ここで感覚だけでも掴んで欲しいんですよ」

「あの、どういうサーブなんですか?」

「今のお前のサーブは普通に打つサーブとタイミングをずらすために使う、あの低いトスを上げるクイックサーブ。その2種類ですよね」


 そう。元々変なタイミングで打っていたサーブを矯正したのが先輩の言う"普通のサーブ"。

 矯正前の変なタイミングのまま打っているのが先輩の言う"クイックサーブ"。


「3種類目のサーブを、お前には覚えて欲しい」

「3つ目・・・ですか」


 お、覚えられる気がしない・・・。

 ようやくサーブコントロールが定まってきたところなのに、この上新しいことを覚えるなんて。


「詳細はその時に教えますが、もしお前が3つのサーブを打ち分けることが出来たら」

「出来たら・・・?」

「お前のサービスゲームは確実に取れるようになる」

「!」


 その言葉を聞いて、どくんと鼓動が高鳴った。

 むき出しになった肌に鳥肌が立ったのも分かる。


「この大きな武器があれば、私たちはダブルス2の争奪競争に勝てる。これは断言できますよ」


 すると先輩は首だけこちらに振り向くと。


「どうですk」

「やります! 覚えます! 必殺サーブ!!」


 わたしは先輩を後ろからぎゅっと抱きしめた。


「やっぱりわたしの先輩はすごいです。なんでも教えてくれるし! あとちっちゃいし!」


 そして力を入れて抱き寄せる。


「あ、あ、藍原ぁ!!」


 先輩は大声でわたしの名前を呼ぶと。


「・・・当たってます」


 ものすごく小さな、かすれ声が彼女の口から出てきては、すぐに消えた。

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