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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
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"目標"

「先輩方、よろしくお願いします!」


 元気よく挨拶して頭を下げ、コートに入る。


「藍原、アンタちゃんとやれるんでしょうねー?」

「もちろんですよ! みっちり下で鍛えてきましたから!」


 瑞稀先輩の軽口をこちらも軽く返す。

 思えば、白桜の白いユニフォームシャツを着てラケットを握っている瑞稀先輩をしっかりと見たのは初めてかもしれない。いつも寮だと上に長袖のジャージ着てるし。


(・・・でかい)


 胸部のそれを見てあまりのボリューム感に驚く。

 あれ。あの人2年生だよね・・・。わたし達と1つ違いとは思えないものに生唾を飲んでしまう。


(そっか。だから目立たないようにジャージ着てたんだ)


 なんだかよく分からないことに納得してしまう。


「・・・藍原、また寝てます?」

「はっ」


 びくんと身体が反応して意識が現実に戻ってきた。


「ち、違いますちょっと考え事をば!」

「初めての1軍練習なので緊張するのは分かりますが、しっかりしてくださいよ」

「は、はいすみません・・・」


 まさか向こうのコートに居る先輩の胸に気持ちを奪われていたとはとても言い出せない。


「20回ラリーを続けたら1セット終わりです。簡単な練習ですよ」

「あの、途中で失敗しちゃったら」

「最初からやり直しです」

「全然簡単な練習じゃないじゃないですか!?」


 わたしは思わず大声をあげてしまうが。


「案外やってみりゃ簡単ですよ。向こうのコートにボールを返せばいいんですから」

「でも」


 コントロールに一抹の不安を抱えるわたしとしては失敗しないという絶対の自信がない。


「ネットにひっかけなきゃ大丈夫です。何せ相手は・・・」


 このみ先輩はちらりと相手コートを見やり。


「秋と春の大会で無双した白桜不動のダブルス1、山雲・河内ペアですから」





 まずは咲来先輩が打ったゆるいストロークをこのみ先輩が返す。

 すかさずそれを瑞稀先輩がロブにしてわたしの方へ打ち込む。


「藍原、力むなよ!」

「はいっ」


 わたしは必死で相手のコートに打つことだけを考え、打ち返す。

 すると本当にコートのど真ん中へ打ってしまった。左右の打ち分けをやれって言われてたのに・・・。


「!」


 驚いたのはそこから。

 前に居た咲来先輩がそのボールを見送り、瑞稀先輩が強めのショットをこのみ先輩へ返す。


(今、まったく声も出さずに・・・)


 変なところに打ってしまって、2人のリズムを乱したかと思った。

 でも、あの2人はわたしのショットくらいじゃ波風すら立たず平然と今までのラリーを続けたのだ。


 もしかして何かの合図があったかもしれないけれど、それが第3者からじゃ判別できない・・・。


(これが、名門白桜のトップレベル)


 結局わたし達ペアはノーミスでラリー練習をクリアした。

 確かにこのみ先輩の言う通り、ミスできないプレッシャーはあったけどそれほど難しい練習でもなかった。ただ、感じたのは。


「咲来先輩、いつも通り華麗なプレーですぅ」

「ふふ。瑞稀も調子出てきたね。次はもう少し任せてみようかな」


 普通の練習を普通にこなしているあの先輩たちの、凄さと上手さ。

 そして2人の間にある強い絆と信頼感・・・。


「あれが1+1が2じゃないってことなのかな」


 わたしはそんな事を小さく呟いていた。


「そうかもしれんですね。事実、去年ペアを組むまであの2人はレギュラーじゃなかった」

「え、そうなんですか? 1年生だった瑞稀先輩はともかく咲来先輩も?」


 副部長を任されてる人だし、すっごく落ち着いてて先輩たちの信頼も厚いあの人が、レギュラーじゃなかった・・・?


「こんなこと言っちゃあなんですけど、河内と組む前の咲来を私は自分と同レベルの選手だと思ってましたよ。あの娘と出会って咲来は大きく変わった。背中が見えないところまで一気に駆け上がっていきましたからね」

「先輩・・・」


 あ、ちょっとネガティブモード入っちゃったかな。


「でも」


 そう思ったけれど。


「今は咲来の背中が見えるようになった。・・・藍原、私にはお前が居るから」


 先輩はそう言って笑いかけてくれた。

 この人は基本的に、毒を吐かずに笑ってれば、ちっちゃくてかわいい小学生みたいで。


「先輩っ! 勿論わたしもこのみ先輩ラブですよ~!」


 思わずぎゅーっと抱きしめたくなるのだった。





「再来週の週末には、都大会へ続く地区(ブロック)予選が迫ってきている」


 練習後、もう7割暗くなっているような夕闇の中で監督は選手たちの前に立つ。


「よって夏大会前、最後の追い込みをかけるため今週末に"合宿"を開催する」


 監督がその言葉を出した瞬間、先輩たちの表情から余裕が消えたような気がする。

 その言葉の意味を分かっていないのは、この1軍の中ではわたしと文香だけだ。


「金曜の放課後から創立記念日の月曜の夜まで、1軍のみ特別メニューを組んで徹底的に特訓を行う。全てが実戦に向けての厳しい練習になるのは分かってるな、2、3年生」


 監督の言葉に、先輩たちが強い返事をする。


「1年」

「はいっ!」

「はい」


 監督は列の端に居るわたしと文香の方を見て。


「覚悟しておけよ」


 たった一言、そう言い放った。


(いやいやいや、逆に怖いよ逆に)


 死ぬほど辛いとか、言ってくれた方がむしろ良い。

 今のはよく分かんないけどなんかすっごく怖い!


「だが合宿があるとはいえ普段の練習も今まで通りやる。私からは以上だ」


 監督の話が終わったところで、部長の掛け声があってようやく練習が終わる。


「ふあああ~~~」


 ふらふらと倒れながら魂が出てきそうな息を吐いて、文香にもたれかかる。


「ちょ、ちょっとなにっ!?」

「いやあ。疲れちゃって。初めての1軍、緊張したぁ~~~」


 慣れてないのも勿論あるんだろうけど、すごい先輩たちに囲まれて練習するのはやっぱり疲れる。

 レベルがすごく高いから、そこに合わせてやらなきゃという気持ちが生まれてくるのだ。


「1,2年生はこの後、片付けがあるから」

「ええぇ・・・」

「ほら文句言わない。1年は向こうにボールの籠あるから持ってきな」


 文香との会話にすっと入ってくる瑞稀先輩。


「後輩だからってこき使ってー」

「そりゃ使うよ。あ~、こき使える後輩が居るって良いわー。2年最高~」

「ぐぬぬ・・・」


 ここまでまっすぐに言われると何も言えない。


「2人とも明日に疲れを持ち込まないようにね。1年生は体力的に今が1番厳しいでしょうけど」


 この天使の笛のようなお声は、燐先輩だ。


「合宿になったら今の5倍は辛くなるから」

「ご、5倍って・・・」


 さすがに誇張ですよね。誇張だと思いたい。


「あたしも春大前の合宿参加したけど、ありゃ確かに地獄だったね」


 でも瑞稀先輩も一緒になって驚かしてくるものだから、思わず身構えてしまう。

 そしてわたしの肩にぽん、と手を置くと。


「ま、死人は出たことないから安心しなって」


 と言って、明らかに悪い方の笑みを浮かべてた。


「あ、あは、ははは! またまた先輩てば冗談が上手い!」

「逆説的な話にはなるんだけど」


 そこで瑞稀先輩の声のトーンが少し変わったのが象徴的で。


「1年でここ乗り越えられたら大会メンバー登録に大きく近づくよ」


 わたしも文香も、気を引き締めずにはいられなかくなってしまったのだ。

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