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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
43/385

レギュラーを獲る!

 ―――ダブルス2のレギュラーも渡す気はありませんわ!


 彼女はポニーにまとめた金髪を揺らしながら、わたしの前から去っていく。


「有紀。あなた、仁科(にしな)先輩に何かしたの?」


 隣に居た文香がため息交じりに聞いてくる。


「ま、全く記憶にございません・・・」


 っていうか、話をしたこと自体も今が初めてだし。

 寮でもあんまり関わりのない先輩からの突然の宣言に呆然としてしまう。


「あの子はちょっとプライドが高い子だから」


 そこに、天使先輩こと燐先輩が救いの手を差し伸べてくれた。

 わたしの肩にぽん、と手を乗せて。


「折角掴みかけたレギュラーを後輩に渡したくない・・・。そんな対抗心みたいなものがああやって出ちゃったんじゃないかしら」

「でもあの言い方、わたし嫌われてません!?」

「・・・その可能性も無きにしも非ずね」

「やっぱり!?」


 まさかの肯定にぐさっと何かが胸に刺さる。

 しかし。


「ふ、ふふ・・・。でも、わたしは負けませんよ」


 ここで挫けるわけにはいかない。


「なぜならば! この不肖藍原とこのみ先輩のペアこそがダブルスのレギュラーを獲るのですから!」


 2軍の先輩たちを突き落してわたしは今、ここに居る。

 向くのは常に上だけ。誰が立ちふさがっても、歩みを止める気なんて毛頭なかった。





「今日、あなた達にやってもらうのは山雲さん、河内さんのペアとのラリー練習です」


 1軍のダブルス選手だけが小椋コーチの元へ集められ、練習が始まる。


(いよいよはじめての1軍練習だ・・・!)


 そう思うと少し緊張してきた。

 1軍になればコートも使い放題、そして何よりレギュラーの先輩たちといつでも練習できる。

 練習場でこのみ先輩と2人で延々素振りをしていた頃に比べれば天と地の差だ。


「ラリーを続けるための練習だからなるべく相手の打ちやすいところへ打ってください。あらゆるコースへの打ち分けを意識して。そしてこの練習で最も大切になるのが」


 コーチはそこで一拍を置く。


「ペアとのコンビネーション、連携プレーです」


 そう、それは2人で練習していたんじゃ身に付かなかったこと。


「しっかりと声をかけ、役割分担をしてください。ダブルスペアは十人十色・・・、それぞれに適した連携というのがありますよね。ここがしっかりしていないペアは公式戦では使ってもらえませんよ」


 ダブルスは足し算じゃない。

 このみ先輩にそんな事を言われたのを思い出す。

 1+1が2になる選手はダブルスには向いてなくて、2しか力を出せないペアは絶対に勝てない・・・。


(なぞなぞみたいだな)


 なんて思ったりもした。なんとなく先輩の言いたいことの趣旨みたいなものは掴めたけれど。

 それを理解できたかと言われれば、今でもよく分かんなかったり。


「じゃあまずは仁科さんと熊原(くまはら)さんペア。いってみましょうか」


 コーチはぱん、と両手を優しく合わせながらさっきの怖い先輩の名前を呼ぶ。


「はい!」

「はい」


 聞こえてきたのは大きくはっきりした返事と、少し小さな間延びした声。

 仁科先輩が前者なのは言うまでもないが。


(このみ先輩このみ先輩)


 後ろ手で練習用ユニフォームの裾を掴みながら小声で話しかける。


(あの先輩って3年生の人ですよね)


 仁科先輩の横に居る、熊原と呼ばれた人の方を目配せしながら。


(あの人にもわたしって、嫌われてたりします?)

(はあ?)


 先輩はため息をつきながらおでこを抑える。


(お前はハッキリものを言いますね・・・)

(で、どうなんですか?)

智景(ちかげ)は別にお前の事なんてどうも思ってないですよ)


 ほっ。よかった、一安心。

 やっぱりなるべく人には嫌われたくない。当たり前のことだけど。


(ってか、あの子は感情をあまり表に出さないのでイマイチ何を考えてるのか分かんないんですよね)

(そうなんですか?)

(良く言えば寡黙、悪く言えば不愛想・・・って感じで)


 それってつまり、あんまり他人とコミュニケーション取るのが得意じゃないタイプって事かな。

 よくそれでこの全寮制の部活で生活していけるな・・・と、変に感心してしまう。


「いきます!」


 そう叫んだのは咲来先輩だった。

 気持ちの良い硬球がラケットに当たる音がして、それが地面で跳ね、またラケットの音が聞こえる。

 またそれが跳ねて、ラケットの音、跳ねる音、シューズの音がしてラケットの音。

 それが一定のリズムで繰り返されていくのだ。


 ・・・なんか、いい気分になってきたな。


「はっ!?」

「うわ、なんですか」

「す、すみませんなんか瞼が重くなってきて・・・」


 危ない危ない。持っていかれるところだった。


「お前、よく立ったまま眠気が来ますね」


 普段は立ったまま眠気に襲われることなんてほとんどない。

 今のはちょっとした催眠みたいなものだ。心地いいリズムに身体が安心しちゃったと言うか。


(それだけ淡々とラリーをこなしてたってコト・・・?)


 一定のリズムで、しっかりと、そして延々と続くラリー。

 ダブルス1を張っている咲来先輩と瑞稀先輩はともかく、あの仁科先輩と熊原先輩も相当な実力者なんだ。

 その証拠に、未だに全然ボールの勢いやコントロールが乱れてない。


「上手いでしょう、あの2人」


 そこでタイミングよくこのみ先輩が話しかけてきた。


「2,3年の間で噂になってたんですけどね。あの2人が急激に伸びてきたって」

「先輩が1軍を降格された後から、ですか?」


 このみ先輩は黙って頷く。


「だから私も今、見るまで知らなかった」


 先輩はじっとネットの上を行き来するボールを見つめている。


「成長したのは私たちだけじゃなかったって事ですよ」


 その目は真剣で、まっすぐで、そして前を向いていた。

 わたし達がまず勝たなきゃいけないのは・・・"あの先輩たち"なんだ。

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