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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第2部 1軍~地区予選編
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東京の女帝 前編

 物々しいレンガ造りの校門をくぐる。

 古びた石畳が続く校舎前。校舎自体は何度も建て替えをしているため新しいが、この校門一帯はほとんど当時のものをそのまま保存していると聞いたのはもうどれくらい前の話だろう。


「すごいですね~。昔読んだ小説に出てきたミッション系の学校みたいだ」


 身体をくるくると回しながら、周囲を見渡す。


「大人しくしてろっ。不審者だと思われるでしょ!」


 直属の上司にあたる編集部の先輩は人差し指を立てて、しーっと言いながら必死に声を殺す。


「アンタはただでさえ言動が不審者なんだから」

「どこがですか! 私はただ、現役JCの生写真を撮影しに来ただけの淑女ですよ!!」

「そういうところがだっ!」


 ぶー、とふくれっ面をして見せる。

 この間はJCにお仕置きされたからご褒美だったけど、ババアに怒られてもなんとも思わん。


 先輩はこほん、と咳払いをして話し出す。


黒永学院(くろなががくいん)。春の全国大会に東京代表として出場した、名実共に東京都ナンバー1の名門校。女子テニス部は今年で創部90周年を迎える。一時は廃校騒ぎでバタバタしたが、それを乗り越え東京の天下を取った古豪・・・」

白桜(はくおう)が文武問わずエリートを育成するために作られた新設の名門なら、黒永はとにかくテニス部がすごいって感じですね。餅は餅屋的な」

「その通り。伝統と実績、実力。その全てを90年前から継承し続けているこの学校だから、あの白桜が未だに手をこまねいているとも言えるわ」


 先輩と話をしながら、校舎の裏手にまわる。

 そこには。


「うわー、すっげー」


 一面に広がるテニスコート。

 私は中学校でここまでの敷地面積をテニスコートに割り振っている学校を初めて見た。


「この練習環境で、朝早くから夜遅くまで練習漬け。強いのも頷けるわ」


 上を見上げればナイター用の大きな電灯がいくつもある。


「確かにこりゃ、テニス名門って前書きがなきゃあ用意できない設備ですね」


 思わずフィルターを切りたくなるほどの圧巻な風景だ。

 私が女の子以外のものを撮りたくなるなんてことはほとんど無いのに、自分でも衝動にかられるこの感覚に驚いていた。


「今年の黒永を象徴するのが―――」


 金網フェンスに囲まれたコート群の中を歩いていく。

 先輩が足を止めたのは、最も大きな声が聞こえてきたコートの前だった。


「バカヤロー! それくらいのボールに追いつけなくてどうする!!」


 あまりの声量に、耳がキーンと鳴ったのを感じた。


「2年生、たるんどるぞ!!」


 ものすごい剣幕で後輩を叱る、1人の女の子。


穂高美憂(ほたかみゆう)。100人以上の部員をまとめる黒永のキャプテン。人呼んで、"鬼軍曹"」

「た、確かにすげー迫力っすね・・・」


 中学生にここまでの威圧感を持つ子はそうそう居ない。

 あの怖さは、白桜の篠岡監督に通ずるところのある怖さだ。まだ中学生なのにあの人の影がちらつくとは・・・。


「みーちゃん」


 そんな穂高美憂を後ろから。


「あんまり怒っちゃダメダゾ☆ 可愛い後輩が怖がってるでしょ?」


 片手を首の鎖骨付近、もう片方を腰に思い切りまわし、絡みつくように抱擁するもう1人の美少女の姿が!


「キマシタワー!!」


 それを見た瞬間、身体が勝手に反応して、叫びながらノールックでカメラのシャッターを1秒間に20連射していた。


「ひゃあっ・・・」

「んもう、ハニーは相変らずここが弱いんだから☆」


 彼女に手をかけられた瞬間、あれほど怒鳴りあげていた穂高美憂の声が一瞬で気の抜けたものになる。

 獰猛だった野生動物が一秒も立たない間に籠絡していくその光景は。


「すげえ、これこそが"芸術"だ!!」

「いや違うだろ多分」


 興奮する私を尻目に、上司はため息をつく。


「先輩、あのスバラシイ美少女はまさか!?」

「そうだよ。あの子が綾野五十鈴(あやのいすず)・・・」


 そう。彼女こそが。


「春の大会で久我まりかを破った、東京都最強のシングルスプレイヤー」

「全国に名をとどろかす天才テニス少女・・・ですね」


 中学でテニスを志す者ならだれもが知っている選手。

 ジュニアの世界大会で大活躍してテレビでも大きく話題になった天才だ。


 美憂ちゃんが怒り出す前に、五十鈴ちゃんはぱっと彼女から距離を取る。

 あの2人の間にある空気感。そしてあのやり取り・・・あれは間違いなく!


「いすみゆだ!」

「アンタさっきから何言ってんの?」

「分からないんですか先輩! あれは絶対に五十鈴ちゃんが攻めですよ!」


 鼻で息をしながら力説する私に、先輩は全然ついてこられてない。

 ああもう、どうして分からないかな! 編集部の先輩なんだからこれくらいの知識はつけていてもらわないと困るんですけど。


「でも」


 私はシャッターを切り続けていた指を止める。


「東京四天王って言われてるシングルスプレイヤーのうち、2人がこの黒永に居るなんて、ぶっちゃけチートですよね。四天王って普通散らばってるものでしょ」

「チートって言い方はどうかと思うけれど、それだけ今年の黒永は強いってことよ。あのレベルのプレイヤーがチームに2人もいるなんて、他のチームから見れば反則レベルでしょう」

「しかもその2人のうち、1人が四天王の実質大将ですもんね」


 あの2人でシングルスの2勝は堅い。チームとしてこんなにも頼もしいことは無いだろう。


「綾野と穂高のダブルエースを引っさげた王者黒永。夏の大会の大本命よ」


 先輩のその言葉がすっと頭の中に入ってきた。


「これが、全国で通用するチームですか・・・」


 屋台骨がとんでもなく太いから、チームとしての肉付きもおのずとガッシリしたもになっている。

 強力なキャプテンシーを誇る美憂ちゃんと、圧倒的な実力の五十鈴ちゃん。


(こりゃあ、崩すのは容易じゃないよ)


 他の選手も一級品が揃っている。

 真正面からぶつかって勝機があるのは、それこそ白桜くらいじゃないだろうか。


(まあ、崩す方法が無いってこたあ無いけどね)


 私くらいが思いついている方法だ。どこの学校も、それを戦略に加えることを考えてはいるだろう。

 問題は実行する度胸(リスク)勝機(メリット)

 その2つを天秤にかけて丁度折り合うバランスになるような戦力を持つチームなど、果たして存在するのだろうか―――

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