無謀な戦い
専用寮に新入生を送る役は、他の先輩が引き継いでくれたらしい。
でも、ほとんどの子はこの場に残った。
「燐先輩頑張ってください!」
「きゃー、かっこいいー」
「関東の2年生の中でもトップレベルのプレイヤーなんだって」
その"ほとんどの子"の中の"ほとんど"は、天使先輩の応援へ行っちゃったけど。
「いやあ、まだ入部もしてないのにあの新倉先輩に喧嘩売るとか。さすが姉御! 怖い者知らずッスね~」
「ば~ん~り~!」
わたしはすかさず万理の頬を引っ張る。
「絶対にあの人がめちゃくちゃ強いって知ってて黙ってたでしょ! なんで止めてくれなかったの!?」
「いやあ、放っておけばにゃにか面白いもにょがみえりゅかと・・・」
「途中から口挟んでこなくなったのはそのせいか!」
ダメだ。万理に当たっても仕方がない。
それにこの子は。
(一応、私のところに残ってくれたわけだし・・・)
万理をつねっていた手を放す。
「あの人、どういうプレイヤーか知らない?」
「ん?」
「お願い、少しでも情報が欲しいの。何か知ってるなら、教えて欲しい」
わたしは自分のラケットを出しながら、そして半分無理だと分かっていてそんな話をふった。
のだが。
「ふふふ。情報屋のウチとしては理想的な展開が来たッスねえ」
万理の目が、きらりと光る。
「教えましょう。埼玉のデータ厨と言われたウチの情報ッス。とびきりッスよ」
「え、マジで?」
「くぅ~、こういうの憧れてたんスよ。主役にアドバイスする参謀的な!」
どうやらわたしは何か変なスイッチを押してしまったらしい。
万理はパッとわたしの両手を取り、それを両手で握りしめる。
「東京に出てきた甲斐があったッス。ウチ、姉御みたいな人をずっと探してた気がするッス!」
「運命ってこと・・・?」
「さだめと書いてデスティニー的な!」
この子なに言ってんだろう。
「ごめん、わたし万理はタイプじゃないかも」
だからわたしは視線を泳がして目を逸らす。
「わたしのタイプは天s・・・燐先輩みたいな綺麗系のお姉さまって言うか」
「ええー!? ここに来てこの情熱的な告白を断るんスか!?」
「大体! そんな軽く運命とか口にしちゃダメ! 本気にする子もいるんだからっ」
割と本気のトーンで怒ると。
「・・・ふむ、初日で告白はさすがに好感度が足りなかったみたいッスね。出直しますよ」
うんうん、と数回頷いて、えらく納得した様子になった。
(ちょっと言い過ぎたかな・・・)
別にこの子のこと、嫌いなわけじゃない。
みんなが先輩に着く中、1人残ってくれたことに恩や感謝の気持ちを持っているのも確かなのだ。
「いいッスか姉御」
彼女はそう前置きをすると、一気に話し始めた。
「新倉燐。2年生。1年生の夏から名門白桜でレギュラーを務め、関東大会においてシングルス3として1敗もせず戦い抜いたプレイヤー。関東の2年生でもトップクラスの実力を持ち、そのクールな出で立ち、そしてどれだけ消耗しても表情を崩さないスタミナから氷姫の異名を持つ選手ッス。プレースタイルはオールラウンダー。分かりやすい弱点がほぼ無い選手ッス」
・・・はい?
「あの、それじゃあわたしが勝てる要素って・・・」
「皆無ッス」
「嘘でしょ!?」
何か1つくらい無いの、と万理の肩を掴んでがくがく揺らすが。
「そもそもウチ、姉御の実力を知らないッスもん。ただ、スカウト組でもない一般入学の1年坊がまともにやって勝てる相手じゃないってのは確かッス」
そ、そ、そ・・・。
「そりゃそうか」
変に納得してしまった。
・・・別に、相手が強かろうが弱かろうが、わたしのやることは変わらない。
エースになるために来た相手は全部倒す。そう決意して、わたしはあの電車に乗ったはずだ。
「やる気なんスね」
ニコニコ糸目を崩さず、何を考えているか分からない万理だけど。
(わたしの味方なのは間違いない・・・よね)
・・・わたしを貶めたいのなら、そもそもこちら側に残っていないはず。
ただ面白がっているだけだとしても、情報を提供してくれたこと自体に悪意は無いに決まっているのだ。
「万理、見てて」
精一杯の感謝を込めて言う。
「こっちに残ったのはアンタだけだから。1番近いところでこの試合を見ていてほしい」
「オーライッス。ま、せいぜい無様にやられてこいッス」
「・・・案外、勝っちゃうかもね」
ウォーミングアップをしただけなのに、頬を一筋の汗が伝う。
わたしはそれを拭わないまま、コートに立った。