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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
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 監督の宣言通り、地区(ブロック)予選後の練習は熾烈を極めた。

 朝一番に始まり、基礎練習や筋力強化、体力メニューの強化をひたすらやっていく。

 1軍も2軍も同じメニューを、選手が倒れそうになるまで続けていく…。


 これにはわたし達1年生は勿論、2年生の先輩すらも辛そうだった。


「これがいつまで続くのか…」


 そんな弱音を吐きたくなるほどには、厳しくてキツい練習がずっと続いていくのだ。

 体力面だけでなく、メンタル面も今までとは段違いに削られていった。


「あ~、しんど…」


 わたしはそう言って教室の机に突っ伏す。

 朝練の後は勿論学校に通わなくてはならない。

 今日は1時間目から数学…普段でも眠たくなってく授業なのに、今の体力を考えたら寝るなと言う方が無理なくらいだ。


「姉御」


 気づくと、机の前に万理が立っていた。

 普段の練習着とは違う、制服に身を包んだ万理。


「なに?どうしたの」

「すぐ終わるんで」


 万理はそう言うと、わたしの机に手をついて。


「姉御…、ウチ、どうしたらいいんスかね」


 そんな話をし始めたのだ。


「おお、込み入った話?」

「お悩み相談、受けて欲しいんス」

「万理から珍しいね」

「そうッスよね…」


 彼女は人差し指で頬をかくと。


「ウチは今まで、シングルスもダブルスも頑張りたいって思ってたッス。ダブルスは深川さんとのペアでやっていけるし、自分の実力ならシングルスもこなせるって信じてた…」

「うん」

「でも、全然ダメなんス。どっちも中途半端に終わっちゃうっていうか。ウチ、このままでいいのかなって。深川さんとのペアだって上手くいってるとは言いづらいし、あの人に迷惑かけちゃってるだけなんじゃないのかな…そんな事を考えちゃって」


 万理はそう言って、しゅんと落ち込んだように目を伏せた。


「すみません、こんなウジウジ悩んで…。ウチらしくないッスよね」


 彼女の表情は悲痛なもので、安い言葉をかけられる状態ではないことが分かる。


「そっか…」


 万理、今のチームで自分が何をしたらいいのか、分からなくなっちゃってるんだね。

 それは今、白桜のチーム全体に広がっている雰囲気でもあった。

 誰もが、自分が何をどうしたらいいのか分かっていない。だから、チームが上手くいっていない。わたしはそんな風に考えていた。


「万理は間違ってないよ!」


 わたしはバン、と机を両手で叩く。


「わたしだって夏の大会、ダブルスもシングルスもやった。両方楽しかったし、違う喜びがあったんだと思う」


 このみ先輩とのダブルス、自分1人だけでコートに立ったシングルス。

 この2つは全く違うものだったし、だからこそ最高の経験が出来たと思っている。


「どっちが良いかなんてわたしには言えない。結局わたし達選手は監督に言われたところで、最大限のパフィーマンスを出して戦うしかないんだよ」

「姉御…」

「わたしは万理と深川さんのペア、良いダブルスペアだなって思ったよ。万理はシングルスも強いし…。悩んでも良いと思う。だけど、わたしは万理のこと信じてるし、チームも監督もきっとそう思ってるよ」


 わたしは出来る限りのことを言ったと思う。

 これをどう取るかは万理次第だ。

 響いててくれるといいんだけど…。


「分かりましたッス。とにかく今は自分に出来ることをやってみることにします」

「うん、それがいい!」


 わたしはグッと親指を立てて、にかっと笑って見せる。


「あはは…」


 ―――だけど

 この時の万理の乾いた笑いが、わたしは忘れられなかった。


「みんながみんな、姉御みたいに割り切れるわけじゃないんスよ」

「えっ?」

「なんでもないッス。ウチの取り留めのない話に付き合ってくれてありがとうございました」


 最後万理、何か言ってたと思うんだけど…。声が小さくて、何を言っているのか聞くことが出来なかった。

 わたしはうーんと頭を捻りながらも、それでも万理が納得してくれることを祈るしかできなかった。


 万理の異変。

 それはチーム全体の異変とも言えることだったと思う。

 わたし達はこの後、そのことを身体の芯から感じることになる。





 『あたし、何やってんだろ』


 そんなことを考えることが増えた…というか、起きてる時は最近ずっとそんなことを考えている。

 葛西第二とのシングルス3後、言われたことを思い出す。


 ―――もうこれ以上、私もチームもお前が勝てるようになるのを待っていられる余裕はない

 ―――身の振り方を少し考えたらどうだ


 分かってる。

 分かってるんだ。

 あたしがシングルスをやっているのは、完全にあたしのわがまま。

 先輩以外の奴とダブルス組みたくない…その一心で、シングルスを志望した。

 反発されるだろうけど、結果を出して黙らせればいいと思っていたのだ。


 だけど、その結果はどうだ。

 1年生にまで負ける始末、もうどうしようもない。

 あたしは一体、どうしたら…。


「ごちそうさまでした」


 そんなことをぼんやりと考えながら、夕食を食べ終わり食器の乗っているトレイを返す。

 その後、また自分の指定席に座って色んなことを考えていた。


(自分の身の振り方…か)


 もう、分からない。

 自分で自分が分からなかった。

 あたしが考えに煮詰まっていた、その時。


「おい、河内」


 話しかけられた声に、顔を上げる。

 そこに居たのは―――


「ちょっと話ええか?」


 三浦睦。今、このチームのダブルス1を任されているペアの1人だった。隣にはペア相手の山本和沙も居る。


「なに?」

「単刀直入に言うわ。お前、なんでダブルスやらんの」


 言われたのは、そんな言葉。


「お前はシングルスやるようなプレイヤーやない、完全にダブルス適性の選手やろ。それをいつまでもシングルスに固執して…。何がしたいんや」


 三浦の言うことは、あたしの悩みの核心を突く言葉だった。

 あまりに核心を突かれすぎて、あたしは一瞬頭が真っ白になる。しかし―――


「は?何?お説教?」


 出てきたのはそんな台詞で。


「何でチームの為にベストを尽くさんのかって話やろ」

「河内さん、私もむっちゃんの意見に賛成だと思う。今の河内さん、意固地になってるっていうか…」


 三浦だけでなく、山本もそんなことを言ってきた。


 分かってる。

 ここで間違っているのは100%あたしの方だ。

 だけど、それでも。それを認めることが…今のあたしにはできなかった。


「アンタらに言われたくないんですけど」


 言っちゃいけないことを言っている自覚はある。


「アンタ達だって思うような結果出てないでしょ」


 だけど―――止まらない。


「毎度毎度そんな強くもない相手に接戦でさ…。ダブルス1としては実力不足だよ、アンタらのペア」


 こんな事を言ってしまう自分がつくづく嫌になる。

 しかし、あたしは言葉を訂正することもなく、そのまま三浦と山本に投げつけた。


「なんやと」


 それに、山本は応戦してきた。


「あたしらはあたしらで精一杯やっとる。やけどお前はいま本気でテニスしとらんやろって話や!」

「へぇ、精一杯やってあの程度なんだ」


 最大限の嫌味を込めて、言葉を吐き出す。


「なんやと!!」


 三浦はあたしの服の胸元をぐいっと、半ば強引に立たせるように引っ張った。


「むっちゃんっ」


 これには山本は止める側にまわっていたが。


「人を馬鹿にしてんのか!」


 三浦の怒りは収まることはない。


「…放せよ」


 あたしはキッと三浦を睨むと、少し力を込めてとんと彼女のお腹辺りを押す。


「アンタ達と話すことなんて何もない。あたしはあたしで今まで通りやらせてもらうから」

「このっ!」


 一触即発。

 まさにそんな言葉が相応しい光景だった。

 山本があたしら2人の間に割って入ろうとした、その時。


「なに?どうしたの?」


 丁度―――新倉が食堂に入ってきたのが、それと同時だった。

 彼女は食堂のただならぬ雰囲気を察して、そして食堂に居る選手たちの視線があたしら3人に向かっていることに瞬時に気が付く。


「新倉、お前からも言ってやってくれ」

「1人じゃ心もとないから援軍呼ぼうっての?だっさ」

「―――ッ!」


 あたしの言葉に、三浦は逆上する。


「あたしはもうお前のことなんか知らん!好き勝手にやれ!!」

「むっちゃんっ」


 掴んでいた手をパッと話し、彼女は山本と共に食堂から出て行こうとした。


「大声が聞こえましたけど、何かありましたの?」


 2人が食堂の出口へ向かうと同時に、今度は仁科が取り巻きの1年生を引き連れてやってくる。


「ちっ、あたしは知らんからな」

「ちょっと、三浦さん!?」


 山本は立ち止まったが、そのまま1人で三浦の方は食堂から出て行った。

 それを追うように、仁科が踵を返して食堂から再び出て行く。


「…」


 その場に流れる沈痛な空気、雰囲気。

 もはや誰がどうしようが、何を言おうが変えようがないことだけが、その場に居る者たちには分かった。


「ほらみんな、そろそろお風呂の時間だよ。まだ夕飯食べてない子は早く食べて」


 新倉の一言で、ようやく指先すら動かせないような張り詰めた空気が少しだけ和んだ。


「…"分かってんだよ"」


 あたしはその輪の中にはとても入れず―――黙って、食堂を出て行くことしか出来なかった。

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