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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
382/385

"笑わせるな"

 熱戦を終えたコート上に、拍手が鳴り響く。

 お互いをたたえた拍手でもあり、この熱戦を見させてくれてありがとう、そんな熱い拍手でもあった。

 かくいう私もぱちぱちと大きな拍手をずっと繰り返している。


 ―――結果として、奇跡は起きなかった


 奇跡…葛西第二の巨人殺し(ジャイアントキリング)は為らなかった。

 最後に迎えたシングルス1、葛西第二は部長の緒方さんを満を持して送り込んだものの、白桜の新倉さんとの実力の差は明らかだった。


 試合後、話を聞くと。


「私の実力不足が全てです。ここまでみんなが繋いでくれたのに…悔しいし、自分が情けないです」


 緒方さんはそう言って少し下を向いたものの、


「でも」


 その表情は。


「あの新倉さん相手に、私なんかが1ゲーム取れた。それは自信にしていきたいと思います」


 どこか晴れ晴れとしていて、この試合に対する後悔など微塵も無いように思えた。

 その証拠として。


「皆さん、今日は地区(ブロック)予選の応援、ありがとうございました!」


 私は今、葛西第二の試合後挨拶へ来ている。

 部長の緒方さんが応援団や慣習、野次馬や私みたいに集まった報道の記者に向かって最後の挨拶をしているのだ。


「負けはしてしまいましたが、私たちのような無名の公立校が白桜相手にここまでやれた、それは一重に私たち自身の努力だけでなく、皆様の普段からの応援、そして今日駆けつけてくれた皆様の声援のお陰だと思っています」

「いいぞ~」

「緒方キャプテン頑張って~」


 彼女の言葉に、聴衆からも自然と声援が飛んでくる。

 白桜を倒せこそしなかったが、もしかしたら…そんな期待を抱かせてくれるような試合だったのだ。


「私たちは1年生を中心とした若いチームです。この冬にみんなでもっと努力して、練習して練習して、来年の春、そして夏には白桜を倒せるだけのチームを作りたいと思っています!」

「君なら出来るよ~」

「緒方ちゃーん、期待してる~」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 緒方キャプテンは何度も頭を下げ、その後ろに居る1年生たちもぺこりとお辞儀をしていた。


 その表情はとてもさわやかで、晴れ晴れとしていて―――明るい、笑顔を浮かべている。


「私たち全員、胸を張って葛西第二に帰りたいと思います。ありがとうございました!!」


 緒方さんの大きな声と共に、聴衆の拍手がどっと沸く。

 大きな拍手に見送られ、何度も何度も頭を下げて。幸せな光景だな、と思った。

 スポーツをやっていて、こんなに応援してくれた人たちに喜んでもらえることほど嬉しいことは無い。


 私のシャッターを切る指も、自然と早くなる。何度も何度もシャッターを切って、緒方さんの姿を写真に収める。


「良い光景ですね」


 隣にいる先輩に、そう呟く。


「ええ。勝敗を超えた何かが、ここにはある気がするわ」


 学生スポーツは勝ち負けだけではない。

 そのことを葛西第二は体現してくれたと思う。


(来年の春以降、夏の大会が楽しみなチームになったな)


 このチームなら、いつかは白桜女子を倒せるかもしれない。

 そんな希望を持たせるのに、相応しい試合だった―――


 その時。


「笑わせるな!!」


 もう一方のチーム―――白桜女子側では。

 超ド級のお説教が、始まろうとしていた。





「今日の試合、何か言いたいことがある者は居るか」


 監督が最初に切り出したのは、そんな言葉だった。

 誰も答えない。答えられるはずが無かった。


「まぁそうだろうな。この中で今、何かが言えるものが居るとは思えん」


 監督ははぁと呆れたように息を漏らした。

 最初から誰も何も答えないと分かっていたからさっきの言葉を投げかけた―――まるで、そうとでも言いたげに彼女は言葉を続ける。


「初瀬田との練習試合、そこから何一つ進歩していない」

「監督…」


 コーチも心配そうに監督の方を見ては、選手にも目を配らせる。


「それが今日の結果だ。今日の結果を見て、勝ったからよかったなどと思っている者はまさか居ないだろうな。試合には勝ったが勝負としては惨敗だ。お前たちが私に見せたかったのはこんなテニスか?こんな試合か?」


 監督の言葉が止まらない。


「1人1人がやるべきことを全く理解していない、出来ていないからこんなことが起きるんだ。お前たち1人1人の意識が低すぎる」


 ほとんどの選手たちが目を伏せてしまっている。

 わたしもそうだ。


「たかが3ゲーム取られたくらいで戦術を変え、目先の賭けに出るダブルス2」

「決定力に欠け、ポイントが入らず試合の展開をずるずると引き延ばすダブルス1」

「自分が何をすべきかを見失い、ゴリ押しで通そうと不利な方へ不利な方へと突き進むシングルス3」

「ただ自分が勝てばいいと思い込み試合以外で仕事をしないシングルス2、シングルス1」


 監督の辛辣な言葉は負けた選手だけでなく、圧倒的な結果で勝った文香や燐先輩へも及ぶ。


「こんな試合をやっているチームが全国制覇?日本一?笑わせるな!!お前たちがやっているテニスでは都大会を勝ち抜くことも出来ん!!」

「目の前の試合に全てを賭けて懸命になれない者が次の目標だとかいう夢を語るな!今のお前たちは全てが甘い!考え方も、テニスもだ!」


 監督の言葉はどれも的を得ていて。

 わたしたちがやるべきことを出来ていないから、今日の試合のようなことが起きて。

 それは部員全員が理解していたし、自分たちが怒られていることの意味も理由もちゃんと分かっていた。

 だけど―――キツイ。監督からこの言葉をかけられるのは、さすがに辛かった。


 しん…。

 野次馬も含め、辺りが沈黙に支配される。


「新チーム発足以降、お前たちの自主性にある程度任せてきたところがあったが、どうやらそれは間違っていたようだ。今日からは私のやり方に従ってもらう」

「今日からしばらく練習の時間はボールを使わない!」

「この後楽に学校へ帰れるなどと考えるなよ。試合に出ていない者はここから学校まで走って帰れ!試合に出た者も10kmは走ってもらう。お前たちは1からやり直しだ!」


 わたし達は何も返すことが出来なかった。

 ただ、怒られている理由が分からない選手はここには居ないだろうという事だけ。


 その時。


「返事はどうした!!」


 その落とされた雷に、ビクンと身体が仰け反る。


「「はいッ!!」」

「はい…」

「は、はい!」


 監督の怒号にハッとする。

 わたしも今、何も返そうとしてなかった。

 ただ黙って、この場を乗り切ろうとしていた…その考えこそが甘い、監督はそう言いたいのだろう。


 わたしは今日、何もしていない。

 何もしていないからこそ、ここだけはちゃんとしたい。ちゃんと走りたい。

 頭の中に今あるのは、そんな気持ちだけ―――わたし達、これからどうなるんだろう…そんな不安をかき消すように、わたしは足を動かそうと準備運動を始めた。





「ひえ~、とんでもないお説教ですね白桜…しかも周りに野次馬や私らみたいなのも居る、公開説教ッスよおっかな~…私本当ああいうの無理です、文科系の陰キャなんで」

「アンタはああいう罵声受けたことあるの?」

「大昔にオカンから、ですかねぇ」

「なるほどね」


 他人から受けるあのお説教は本当にとんでもないというか。

 彼女たちには今、後悔と恐怖と、色んなものをごちゃまぜにした気持ちがぐちゃぐちゃとなっていっぱい溜め込んでいるだろうけど、この試練を乗り越えて欲しい…心からそう思う。


「篠岡さんは体育関係ならではの上限関係や規律のキチンとしたテニス部を運営している、この子たちだってそれは分かってるからカミナリ落とされる事があることくらいは覚悟してたんでしょうけど…うえへぇ~、こりゃあキツイです、私だったら泣いちゃってる可能性ありますよ」

「アンタならね」


 こいつは確かに文科系の人間だし、本当にあんな大声で罵倒され続けたら泣いちゃうことくらいは上司として何となく想像が付くけど、私だってあのお説教を食らったら普通の精神じゃ居られないだろう。

 だが、しかし。


「大したものなのは、白桜の子たち、誰も泣いてないのよね…」


 白桜の選手たちの表情を見ると、俯いたり下唇を噛み締めて厳しい表情をしている子は居るものの、誰1人としてあの罵倒を聞いて泣いていない。

 それは大したものだと思った。


(強くなれ、白桜女子…)


 今の私にはそう思って祈ることしかできなかった。

 ここから這い上がるか、そのままへこんでしまうのか。全ては彼女たち次第だ。



 白桜が葛西第二と言う無名の公立校に負けかけたという話は、すぐに全国へと広まった―――

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