VS 三浦・山本ペア 3 "最初で最後のチャンス"
渾身のサーブが、相手を差し込ませる。
彼女の放ったレシーブは、力なくぽーんと打ち上がると、コート外へと消えていった。
「よおおおっし!」
ガッツポーズ一番、わたしは叫ぶ。
「藍原またサービスエース!」
「1年生が上級生にここまでサービスエースを決めるなんて!」
「よっぽど威力があるのかな!?」
いつの間にやらギャラリーもまあまあ集まってきている。
ちらほら、2軍の練習じゃ見かけない顔まで。
(もっとわたしを見てくださいっ。そんでもっと褒めて! 褒めて伸びるタイプ!)
そんな事を考えながらちらちらコート外を見ていると。
「アホ。調子に乗んな」
「あいてっ」
「目が星形になって輝いてましたよ」
毎度の如く、こにみ先輩にチョップをいただきました。
「ぷはー」
エンドチェンジの休憩で、水を浴びるように飲む。
いっそのこと、頭からかぶりたいくらいだ。蒸し暑いし、全身が水分を欲している。
・・・正直、疲労はピークに達していた。
「藍原」
同じく隣で水を飲んでいた先輩が、ぽつりと言う。
「次のゲーム、無理して取りにいかなくても良いですよ」
「えっ」
意外な一言に、思わず驚きの声が出てしまった。
「現在5-3、あと1ゲーム取れば勝ち・・・。でも、急いては事を仕損じる。次は向こうのサービスゲームですし、キツいボールは追いかけず体力を温存させましょう」
先輩はペットボトルを握る手に力を込める。
「そして次のサービスゲームを確実に取る。これで私たちの勝ちです」
わずかに笑みを浮かべながら、確認するように先輩はわたしの方を見た。
それでいいですか、と言わんばかりに。
「・・・先輩」
「ん?」
「それには反対です!」
わたしは先輩に右手の掌を向けて、はっきりと言う。
「もし、次のゲームを落として、その次のサービスゲームも落としたらどうするんですか」
「それは・・・」
「5-5で並ばれる。そうなったら7ゲーム取らないといけないですよね」
その場合、最低でも第13ゲームまで試合がもつれ込む。
「ごめんなさい。わたしには、そこまで体力と気力が持つ自信がありません」
既にもう、いっぱいいっぱいの状態なのだ。
出来ることなら1ゲームでも早く試合を終わらせたい。体力がもう限界が近いのは、自分でも分かっているから。
「だから、次のゲーム、本気で取りにいきたいんです」
先輩のプラン・・・きっとそれは正しい。
でもそれは、先輩と同じくらいのスタミナが無ければ有効な作戦では無いのだ。
わたしはでは、それは出来ない。
「・・・分かりました」
先輩はゆっくりと頷く。
「次のゲーム、全力で取りにいきましょう」
「すみません。わたしにもっとスタミナがあれ」
謝ろうとしたところを。
先輩はわたしの唇に人差し指を差し出し、遮る。
「私のパートナーは藍原有紀ですよ。お前に合った作戦を執るのは、当たり前のことです」
そう言って、勢いよく立ち上がった。
「いくぞ、藍原!」
「はいっ!!」
―――わたしは、先輩のパートナーなんだ。
それを思うと嬉しくて。少しだけ、重い足が軽くなったような気がした。
コート上で、前衛の先輩からのサインを見る。
指を4つ立てた状態・・・つまり、一歩下がれのサイン。
(一歩下がってでも、ボールに食らいつけって事ですよね)
このゲーム、簡単には終わらせない。そういう指示だ。
わたしはサーブを打ち返すと、指示通り一歩、後ろへと下がる。
先輩も同じくネット際から大きく下がってきていた。
「ええいっ」
長いストロークで返す。
ショットはギリギリのところでラインに入り、相手はそれを打ち返してくる。
わたしもそれを返し、相手も更に返してくる。それを相手の前衛がボレーするものの・・・。
先輩がロブを打ち上げ、後衛にそれを打たせる。
(長いラリー・・・)
正直、これが1番キツい。
先輩は決定力のあるショットがあるわけじゃないし、わたしも前に出られない以上、強引には打てない。完全な我慢比べだ。
―――相手の前衛が、勝負に出てきた。力強いボレーを、逆サイドへ打つ。
しかし、ボールはラインの外へ。
「アウト。0-15」
「よおっし。・・・はあ」
ようやく1ポイント取れた。
次はわたしが前衛。それでも、先輩は後衛へ長いストロークを打ち、なかなか前へボールをよこしてくれない。
長いラリーがまた続いた。最後はわたしが相手プレイヤーの間を抜くボレーを打って。
「0-30」
なんとか、それを終わらせる。
息が乱れる。汗が噴き出してきて、思わずそれを喉もとで拭った。
(やっばいなあ。もうそろそろ・・・)
やっぱりただの走り込みと実戦じゃ、体力の減り方が全然違う。
ここまで6試合をこなしてきたことを考えても、こんなに早くバテるとは思わなかった。
(でも、それでも)
わたしの意見を通したんだ。このゲームは。
「先輩、このままいきましょう! まだまだぜんっぜんいけますよ!!」
―――絶対に取る。
虚勢だし、ただの嘘だけど。わたしはお腹から声を出した。
こうやって意志を伝えることが・・・きっと何かに繋がるって信じてるから。
「藍原ぁ! その言葉、信じますからね!」
先輩からも声が返ってくる。
次のサーブ。低い軌道を描いたそれは、ネットに突き刺さって跳ね返った。
「ダブルフォルト。0-40」
・・・助かった。向こうのコートを見ると、相手プレイヤーだって肩で息をしている。
向こうもすごいプレッシャーの中やってるんだ。ミスが出ないわけがない。
「藍原」
すれ違い様に、先輩に声をかけられる。
「最後まで気ぃ、抜くなよ。このゲームで絶対に決めますからね」
「・・・はい」
軽く頷いて、先輩はレシーブ位置へと走っていく。
(すごいな)
まだまだ全然動けそうじゃん、あのちっこい先輩。
どこにそんな体力が入ってるんだって思うほど。
でもきっとそれは、一朝一夕で身に付くものじゃない。死ぬほど努力をした、その証なんだ。
先輩がレシーブを返す。
それが、わたしの方へ飛んできた。
―――さっきはこれを、中途半端に返して浮いてしまった。
(先輩とやってきた事を思い出せ!)
フォアハンドの体勢を獲る。
(ボールはギリギリまで引き付けて)
身体を捻って、その回転を利用し、腕は最後の最後で―――
「振り抜く!!」
片手フォアハンドで返したボールが、コートの上を斜めに飛んでいく。
それを、相手の後衛に拾われた。
(それでいい)
後衛を引き付けることは出来たんだ。
「先輩!」
後ろに行ったボールを、先輩がまた長いストロークで真正面に返す。
相手の前衛が、それを拾えなかった。
後衛が逆サイドから一気に走ってきて、それをどうにか打ち返す。
「これを待ってた!!」
分かりやすいチャンスボール。
それに身体が反応する。地面を軽く蹴ると、左腕にすべての力を乗せ。
落ちてきたボールを上から下へ―――叩きつけた。
(ああ、どうしよう)
スローモーションかのようにゆっくりと、相手コートのほぼ真ん中に刺さったボールがバウンドしたのが見える。
(今、すっごく)
着地して。
わたしは右手を天に突き出した。
「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原ペア! 6-3」
―――気持ちいい!!
くるりと後ろへ振り返り。先輩の方を見ると。
がばっと、わたしのお腹に手をまわして、全力で抱き着いてきた。
「あいはらあああ~~~」
「せ、先輩ちょっと! こんなみんなが見てるところでっ」
わたしはそう言って先輩を宥めようとしたけれど。
「やったんですよ! これで私たち、1軍ですぅ!!」
そう言って頬を摺り寄せてくる先輩は、今まで見たことが無いくらい嬉しそうで、楽しそうで。
「はい、それはそうなんですけどっ」
「嬉しくないんですか!?」
「嬉しいです、嬉しいんですけどっ」
コートのど真ん中で抱き着いてすり寄っているという状況を考えてください!
監督もコーチも他の部員も、みんな見てる中で。
「信頼と愛情のぎゅーっ!」
先輩は完全に出来上がってしまっていた。
でも。
「私たち、これからもずっと一緒ですっ」
そんな先輩の心からの笑顔を見ていると。
「はいっ! わたしからも」
勿論わたしも嬉しくないわけがなかった。
「ぎゅーっ、です!」
このみ先輩の小さな身体を思いっきり抱きしめる。
―――今は、この勝利に酔いしれよう。
これは間違いなく、わたしと先輩にとって『はじめて』の勝利で。
きっとこの勝利こそが、長い戦いの『はじまり』だと思うから。




