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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
379/385

VS葛西第二 ダブルス2 仁科・海老名 対 野村・柏木 "苦戦"

 まずい。

 (わたくし)、焦っている。

 その事実に気づくのに、さして時間はかからなかった。


 浮足立っているとでも言うべきだろうか。

 確かに敵のサーブは速いし、葛西第二の選手が放つ打球はこの決勝戦までの相手とは比べ物にならない。

 だが、それだけだ。決して(わたくし)たちが手も足も出ない敵ではない―――そのはずなのに。


「フォルト。ダブルフォル。15-40」


 (わたくし)のサーブが、またしても(ネット)に引っかかってしまう。

 さっきのサーブもそうだ。微妙にコントロールが出来ていないから、手前でネットに引っかかってしまうのだ。

 これも落ち着いてきちんとサーブすれば入るはず…それなのに。


("ここ"こそは…入れて見せる!)


 思い切りインパクトしたサーブは、ネットを超えサービスコートの中へと入る。

 だが、その先にはもう既にサーブのコースを読んでいたかのように、待っていましたと言わんばかりに思い切りタメを作ってラケットを構えている葛西第二の1年生が。


「ええいッ!!」


 彼女が放った打球はコートを斜めに―――対角線(クロス)へものの見事に決まって。


「ゲーム、野村・柏木ペア。2-0」


 2ゲーム先取を、許してしまう。


「なんの!まだ2ゲームですよ!!切り替えていきましょう!」


 藍原有紀の全力の応援だけが、虚しく響き渡る。

 その証拠に、彼女以外の応援団はしゅんとしてしまっていて、声が全く出ていないのだ。


 第3ゲーム目。

 このゲームはお互いに譲らないラリー戦となった。

 今までの勢いで攻め落としたい葛西第二と、ここだけは何としても死守しなければならないという白桜の思惑がコート上で激突する。

 デュースを繰り返し、一歩も引かないラリー戦。

 決め手となったのは、白桜側(うち)の連係ミスだった。


 お互いの間に飛んだボールを、(わたくし)も海老名さんもお見合いしてしまう。

 それが決定的なポイントとなり、このゲームを落としてしまう。

 これでゲームカウントは、3-0―――


「先輩たち、ドンマイッス!まだまだ全然、ここから立て直していきましょう!」


 ベンチで両手に水分補給用ドリンクを持ちながら迎えてくれる長谷川さんも、どこか焦っているように見えてしまう。

 (わたくし)はドリンクを受け取ると、それをぐいっと喉に流し込む。

 普段はこんな飲み方はしない。ゆっくりと、一口一口飲んでいくのがお上品と言うものだ。


 だけど、今は。


「海老名さん」

「はいなの…」

「次からはもっと攻めていきましょう。(わたくし)たちはダブルスの練度も足りていなければ連携もまだ不十分、それを補うには防御を多少捨てでも攻めのテニスに転じるしかありませんわ」

「それって…大丈夫なの?」


 そう。(わたくし)たち2人のペアは、どちらかと言えば守りのテニスをするペア。

 (わたくし)にも海老名さんにも、決定力が不足しているからそうせざるを得ないのだ。


「今までやってきたことを変えることになりますが、3ゲーム差離されている以上、何かをしないと追いつけませんわ」

「…分かったの。その方法に賭けるの」


 この付け焼刃作戦が通用するのか、それはやってみないと分からない。

 だが現状を変えない以上、3ゲーム差を埋めるのは容易ではないことは火を見るよりも明らかだ。


 ここは、(わたくし)と海老名さんのポテンシャルに賭けて勝負するしかない。

 たとえ今までやってきたことを変えるとしても、今はこの方法しかない―――





 ―――ダブルス1、三浦・山本ペア


 試合は一歩も譲らないラリー戦の応酬が続いていた。


 むっちゃんのサーブを、相手プレイヤーが難なく止め、打ち返してくる。

 それを後衛のむっちゃんが走って走って打ち返し、敵前衛のボレーを今度は私が打ち返す。

 さっきから同じようなラリーの連続だ。そして、私たちも葛西第二も決定力に欠け、どちらも決定打を放つことが出来ないでいた。


 今度のラリーはむっちゃんが後衛から強い打球が相手ペアの間を抜け、私たちのポイントとなる。


「アドバンテージ、三浦・山本ペア」


 このゲームももつれ込んでデュースとアドバンテージを繰り返していたが、ようやく私たちが一歩手前へと進むことが出来た。


「苦しいね」

「あと1ポイントや。決めて気持ち良くベンチ帰ろ」


 むっちゃんの強い言葉と共に、再びコートへと入る。

 次のポイント―――ここを決めれば、このゲームは私たちのものだ。


「でえええい!」


 むっちゃんのひと際大きな声がコート内、そして恐らくコート外へも響いた。

 チャンスボールを確実にスマッシュで決めてのフィニッシュ。


「ゲーム、三浦・山本ペア。4-3」

「っしゃあ!!」


 これまた大きなむっちゃんのガッツポーズが聞こえてきて、私は少しだけ心配になってしまう。

 そんなに大きなリアクションとって審判に何か言われるんじゃないかと…そんな些細なことが引っかかってしまうくらい、試合中はナイーブになるのが私。


 とにもかくにも、私たちはこのゲームをとって一歩前へと出た形となる。


「2人とも、ナイスショットナイススマッシュよ!」


 コーチがベンチで出迎えてくれる。

 タオルを手渡され、それで私は顔中の汗をふきふきと拭き取った。


 むっちゃんはベンチにドカッと座り、水を喉に流し込んでいる。


「和沙」

「なぁに、むっちゃん」


 小さく私を呼ぶ声が聞こえて、それに答える。


「この試合、あたしもお前も動きあんま良くないよな」

「…そうだね。認めたくないけどね」


 そう。

 だって、私たちはここまで―――


「3連戦なのは関係ない」

「!」

「それを言い訳にしたら終わりや。あたしらは監督に信頼されてそれを任されてるのに」

「むっちゃん…」


 むっちゃんは顎を引いて、それでもただ前を見据えたまま。


「疲れはある。でも、関係ない。あたしらはあたしらのテニスを。ダブルス1を任されとる責任を持って、この試合勝たなあかん」

「うん、頑張ろうね」

「まずは次のゲームや!ここで1ゲーム獲って、一気に王手をかける!」


 王手。勝気なむっちゃんらしい言葉だ。

 私は彼女についていくだけ。それだけの実力を、この子は持っている。

 努力もしてきた。それを認められてのダブルス1だ。だから、私たちは負けるわけにはいかない。


「いこう、むっちゃん」

「っしゃあ、やったる!」


 むっちゃんと私なら、どこまでだっていけるはず。

 それを証明する為にも、この試合負けるわけにはいかない。

 都大会になったらもっと強い敵が私たちの前に立ちふさがる―――その前哨戦、自分たちがどこまで通用するのか。それは少しだけワクワクすることでもあった。


「2人とも、頑張って!自分たちのテニスを信じて、いってらっしゃいっ」


 コーチの声に後押しされながら、あたしとむっちゃんは試合終盤、最後の展開を臨むコートへと駆けて行った。





「ゲーム、葛西第二。4-3」

「よしっ」


 思わずガッツポーズが出てしまう。

 身体で拳を抱えるように出した控えめなガッツポーズをしまいながら、私はベンチへと速足で戻っていっていた。


「多村さん、凄いですっ。あの白桜シングルスに試合中盤で1ゲームリードですよっ」


 出迎えてくれたのはおかーさん…私たち葛西第二テニス部の顧問で、お母さん代わりの頼りになる人。


「えへへー、凄いでしょー。もっと褒めて褒めて~」

「よく出来ましたー、よしよし」


 おかーさんに頭を撫でられ、ふんすと気持ちのいい気分になってしまう。

 この人のママみというか、本能的に甘えたくなってしまう欲求を抱かせる力は本物だ。

 私がテニス部に入ろうか迷っていた時、この人に声をかけられた時の事は今でもよく覚えている。


『私たちテニス部は部員の事を家族だと思ってるんです』

『家族?』

『はい。素敵ですよね、家族。3年生が中心になって考えたらしいんですが、私この呼び方とても気に入ってて。貴女にも、家族の一員になって欲しいなって』


 はにかみながら言うおかーさんの顔は少しだけ蒸気していて、自分でも家族ってちょっと言いなれてないんだなっていうのが分かった。

 だけど、今は私も胸を張って家族の一員だと言える。

 お姉ちゃんに、おかーさん。2人に引っ張られて、私たち1年生はここまで来られた。


(あの白桜に、ここまで私たちがここまで出来るなんて誰が予想した?)


 この勢いなら、あの白桜に私たちが勝つことだって決して夢物語じゃない。

 それを現実にする為に―――


 まずは、私が…敵2年生を、倒す!

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