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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
376/385

『娘』

 そこに居たのは、夏用のスーツに身を纏った、わたしからすれば年上の女性だった。

 長い茶髪を、背中の後ろ辺りで1つにまとめて髪がぼさっとしないように気を遣っている人。


 そしてわたしの目がいってしまうのが―――屈んでいても分かる、夏用スーツを下から押し上げている胸の大きさ、これは相当なものだ。自分の直感がそう言っていた。


「あ、ありがとうございますっ。一緒に拾っていただけるなんて嬉しいです」

「困った時はお互い様ですよ。よっと、こっちにも数本ありますね」


 彼女は丁寧にペットボトルを拾うと、数本ずつわたしの持っているビニール袋に入れてくれた。

 地面に散乱したペットボトルを、嫌な顔一つせず拾ってくれるのだ。

 面識もない、全然知らないわたしが困っている時に助けてくれる…心が綺麗で、優しい人なんだなということが一発で見て取れた。


 そして全部のペットボトルを拾い終わった時、彼女はふうと息を漏らすと、額の汗をスーツの裾で拭い。


「9月になっても全然暑くて困っちゃいますね」


 そう言ってわたしに笑いかけた。


「はいっ。だからみんな飲み物飲みたがってると思います。本当に拾うの助けてくださって、ありがとうございました」

「いえいえ。私は私に出来ることをしたまでですよ。だから今度は貴女が人が困ってる時に助けてあげてくださいね」

「はいっ。それはもう!」


 言葉の端々から育ちの良さが感じられる。

 なんて良い人なんだ。育ちも良くて、性格良くて、顔も良くて、スタイルも良い…完璧な女性だ!


「おかーさーん」

「何やってるの、もうすぐミーティング始まるよー」


 そんなやり取りをしていると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。

 あれ?あのユニフォーム…。


「あら。みんなを待たせちゃいましたね」


 ゆっくりと立ち上がり、少しだけこちらを見てにっこりと微笑む。


「それじゃあ私はこの辺で。またどこかで会いましょうね。白桜女子さん」


 彼女に言われて初めて。


(あっ)


 白桜の練習用ユニフォームを着ていたことに、今更ながら気づく。


「あのっ」

「? どうしましたか?」

「白桜女子さんじゃないです」


 ここまで親切にされたんだ。


「わたし、藍原有紀って言います。貴女の名前を教えていただいてもいいですか!?」


 名前くらい聞いておくのが礼儀とというものだろう。


「自己紹介がまだでしたね」


 彼女はこちらに向き直ると。


「私は内田絵麻と言います」


 そう言って、こちらにすっと手を差し伸ばし。


「よろしくお願いしますね、白桜女子の元レギュラー、藍原有紀さん?」


 わたしの事を知っているような―――と言うより、完全に知っている口ぶりで、そう言った。





「藍原遅い!」


 帰ってきて最初に言われたのは、瑞稀先輩の少し怒ったような一言だった。


「お茶ぬるくなってんじゃないでしょうね?」

「いえいえそんなことありませんっ。自販機から出たてのキンキンに冷えてますよ!」


 そう言ってビニール袋からお茶を取り出し、先輩に手渡す。

 先輩はそれを怪訝な表情で蓋を開け、ごくごくと飲むと。


「やっぱちょっとぬるい!」


 思いっきり不満な表情で、そう言って頭のリボンをピンと伸ばした。


「応援団の皆さんも、いっぱい買ってきたんで飲んでくださいっ」


 ほいほいとペットボトルを小気味よく手渡していく。

 そして、その全てを配り終わったくらいの事だった。


「やはり今大会も要注意は葛西第二ですかね」


 燐先輩と監督が、そんな話を始めたのが聞こえてきた。


「新体制になってほとんどの選手が1年生になったとはいえ、確かに油断できる相手ではない。練習環境も見違えるほど良くなり、打倒白桜に燃えていると専らのうわさだ」

「監督の内田みどりさんの手腕でしょうか」

「学校での出来事でテニス部の地位が向上したのかもしれないな」


 監督たちの言葉を聞いて、わたしはさっきの事を思い出していた。

 引っかかるところがある、情報が上手く伝達されていない可能性がある。そう思った。


「あの…」


 おずおずとその場で手を挙げると。


「わたし、さっき葛西第二の人?に、出会ったかもしれないです」

「なに?」


 監督、コーチ、部員たちの視線がわたしに集まる。


「何か、この場で言わなきゃいけないことがあったの?」


 コーチが優しく問いかけてくれる。

 そうだ、さっきあったことを…言わなきゃ。


「スーツを着た、20代前半くらいの女の人に出会ったんです。その人が葛西第二のユニフォームを着ていた子たちに『おかーさん』って」

「おかーさん?」

「多分…ですけど、監督だったんじゃないかなって」


 これはわたしの推論になる。

 だけど、あの場で出会ったことを照合するとそういう事になる可能性が非常に高い、わたしはそう思った。


「20代前半の監督?内田監督はどうしたのかしら」

「それが、」


 ここからが1番気になるところだ。


「その人、内田絵麻さんって自己紹介してもらって」

「内田…」


 監督は顎に手を当て、ふむとひと時考えると。


「もしかして…(せんせい)の娘なのかもしれないな」


 そう言って、監督は矢継ぎ早に。


「娘がいらっしゃるという話は聞いていなかったが、今の話を総合するとそうなる。(せんせい)は勇退されて、娘―――内田絵麻新監督に部を託したのかもしれない」

「そうなると、葛西第二は全く違うテニスを仕掛けてくる可能性もありますね」


 新体制になってから、強豪校への偵察は以前通り2軍の選手が行っていたが、葛西第二のような強豪校とは言えないチームにまで偵察の手が及んでいない。

 今手に入った新情報は、白桜女子が認知していない情報だったのだ。


「1年生中心のチームに新人監督…怖いもの知らずで白桜(うち)相手に下克上を仕掛けてくるかもしれない」


 そこで今まで黙っていた燐先輩が、口を開く。


「第2シードの葛西第二と当たるとしたら決勝、そこまでにしっかりとコンディションを整えて戦いに臨まないと、本当に足元をすくわれる可能性がある…みんなにもそれを頭に入れてこれからの試合を戦って欲しい」


 燐先輩の言葉に、ピリッと部員たちの間に緊張が走った気がした。


(全国へ続く頂への道は、もう始まってるんだ)


 地区(ブロック)予選だからと言って油断できるところなど一つもない。

 戦う選手たちはそれくらいの気概を持ってコートに立つことになる。


(よーし、わたしも応援、頑張るぞー)


 登録メンバーのみんなに、少しでも勇気を。

 その気持ちを持ってコートの外から出来ることをしよう。それを強く再確認したのだった。





 準々決勝―――白桜にとっての初戦、対戦相手は都小野(とおの)中学。

 まずはダブルス2組、シングルス1組の計3組がコートへと入る。


 ―――ダブルス2


 ダブルス2に選ばれたのは、長谷川&深川ペア。

 直近の練習でも光るところがあり、監督やコーチの目に留まったことでダブルス2を任された。


「深川さん、やったりましょう!ウチらが戦力になるってところ、見せつけてやりましょうよ!」

「勿論だ万理。ここはワタシ達にとっても挑戦の場所、手抜きや油断など一切ない。2人の力を証明しよう」


 万理と深川さんはガッチリと握手をする。

 お互い視線を外さず、相手の顔をじっと見て。

 1年生でレギュラーに選ばれたのは3人。その中で初戦を任された。

 2人のやる気は並々ならぬものだ。


「万理ー!深川さーん!一発凄いの見せちゃって~!!」


 わたしも自分で応援に力が入っているのが分かった。

 いつも万理が応援してくれてたんだ、今日はわたしの番。


「ファイオー白桜ー!!」


 ―――ダブルス1


 選ばれたのは三浦・山本ペア。

 今現在の白桜ダブルスの中では最も多くの時間をペアとして過ごしており、連携や熟練度も高い。

 ダブルス1を任せられるのはこの2人しかないという監督の判断だ。


「2人とも、緊張せず。自然体でね」


 私の言葉に、2人はゆっくりと頷くと。


「緊張も驕りも無いです。あたしらはあたしらのやることをやるだけなんで」

「むっちゃん、いつも通りで安心したよ」


 2人のやり取りも、お互いを信頼しているというのが手に取るように分かる。

 この2人なら…。そう思わせてくれる信頼感が、確かにあった。


 ―――シングルス3


 多くの候補から選ばれたのは、河内瑞稀。

 パワーでゴリ押す彼女のテニスは、初見の相手には厳しいものがあるだろう。


「任せたぞ」

「もうあたしに負けは許されない。行ってきます」


 私の言葉に短い言葉で返してきた河内は、ラケットを右手に持ってコートへと駆けていく。


(結果が出ていないからこそ、今の河内には後が無いという焦燥感のようなものがあるはずだ)


 それを公式戦で結果として出す、簡単なことではない。

 だが―――それが出来ると判断してシングルス3を任せた。


(河内、シングルスとしてのお前を見せてくれ)


 ダブルスプレイヤーとして長くやってきた彼女が1人で立つシングルスのコート。

 そこで見えている光景は、いったいどんなものなのだろうか。


 白桜にとっての公式戦初戦が、幕を開けようとしていた。

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