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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
374/385

そしてその日はやってくる

 ついに、この時がやってきた。


 地区(ブロック)予選の大会登録メンバーが発表されたのだ。

 選ばれたのは、新倉部長、河内副部長、仁科先輩、三浦先輩、山本先輩、文香姐さん、そして―――


「選ばれましたね…」


 まだ、胸がドキドキして止まらない。


「うむ。私たち2人の練習や取り組みが評価されたんだ、これは誇っていい」


 全部員の前で発表された10名は、そのまま部員たちの想いを背負って公式戦を戦うこととなる。

 そう、ウチ、長谷川万理とルームメイトの深川さんはそのメンバーに選ばれていたのだ。


(深川さんの言う通り、ウチらのやってきたことが評価された…それは間違いない)


 1年生で大会登録メンバーに選ばれたのは、姐さんとウチら2人のみ。

 監督はあくまで2年生主体のメンバーで公式戦を戦うことを選んだ。

 だからこそ、ウチらにだってできることがあるはずだ。2人でやるダブルス、2人で練習して個々を鍛えてきたシングルス、どちらで選ばれても思い切りやるだけだ。


「万理」

「はいス」

「頑張ろう。2人でチームの力になろう」

「勿論ッス!」


 姉御―――姉御は今、何をしていますか。

 練習の時も部員たちとは隔離されてコーチ、音海さんと黙々何かを続けている姉御。

 だけど、ウチは信じている。姉御がウチらレギュラーメンバーに戻ってくるって。

 今のチームには姉御の力が必要だ。その認識は、監督たち首脳陣も選手たちも同じだと思っている。


(ウチらはウチらで頑張ります。だから、姉御も―――)


 姉御の復帰がいつになるかは分からない。

 だけど、ウチは。

 あくまでウチの個人的な願望になってしまうけれど。


(都大会を、一緒に戦えることを!)


 望んでいる。

 それを目標に姉御も何かをやっているって、信じている。

 だから、姉御…待ってます。姉御のことだから、すぐにウチらなんか追いついて、追い越してくれるって…。


 ―――ウチらにできるのは、目の前の戦いを勝ち上がるのみ!


「明日からまた、練習、頑張りましょうね…深川さん」

「勿論だ」


 その時、一瞬だけ。

 深川さんの凛々しい表情が、少しだけ崩れて。

 ウチに笑いかけてくれた、そんな気がした。





 ―――選ばれた


 このチャンスは、千載一遇のものだと思っている。

 今まで出番を与えられず、悲しくて泣いたときもあった。悔しくて震えた時もあった。


 後輩に、藍原さんに支えられて私はこうして大会登録メンバーに選ばれた。

 藍原さん。

 大好きな後輩は、今苦しんでいる。

 だけど、今、私に彼女にしてあげられることは多くない。

 自分は、自分にしかできないこと―――つまり、チームに貢献して勝ちに繋がるプレーをすること。


 試合に出て、勝つこと。


(それが今…)


 大きく振ったラケットをもう一度、今度はバックハンドで強く振る。


「私が、しなきゃいけないこと!」


 屋外練習場はもう真っ暗、そんな中でも私は自主練を続けていた。

 レギュラーに選ばれなかった…試合に出られない、そんな彼女たちと共に。


 彼女たちの向上心や次こそはと言う気持ちは誰よりも強い。

 私だって今までは彼女たちの中でやっていたのだから、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 私はレギュラーに選ばれたけど、その思いは彼女たちと同じ。だからこうして一緒に練習している。


「みんなー、そろそろ寮に戻って来いって寮母さんが」

「よし、じゃあぼちぼち後片付けしよっか」


 その言葉で、ようやく振っていたラケットをこつんと地面に着ける。


「流。一緒にボール籠運んでくれる?」

「うん、やるの。私はこっちやるから」

「こっちね」


 同級生の彼女の笑顔が眩しい。


「うちら"真っ暗闇練習"の中からも流が大会登録メンバーに選ばれたんだもん、私たちだって負けてられないよね」

「流、改めておめでとう!私たちのモチベーションもお陰で上がりっぱなしだよ~」

「そんな、私はみんなの代表なんてそんな大それたものじゃないの」


 恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。


「いや、流はあたしたちの代表だよ!思いっきり暴れてきて!」

「そうだよ。それに、私たちだって負けてないよ?」

「都大会では流から登録メンバー奪う気でいるから、覚悟しといて」

「みんな…」


 みんなの温かい言葉に、胸がじんわりと温かくなる。


「ほらみんな、流おめでとうもいいけど、手動かして。早くしないと寮母さんに怒られちゃうよ」

「おーそうだそうだ」

「片づけなくちゃね」


 ―――みんなは、私の事を代表だと言って送り出してくれた


 その気持ちに恥じないテニスをしたい。

 そしてチームに思い切り貢献したい。

 今はその気持ちしかなかった。


(藍原さん、私は進むよ。だから、藍原さんもここまで来て。私たち、同じところでテニスできるよね?)


 夏の都大会以降、私はずっと応援やチームを縁の下から支えることに専念してきた。

 その間にも藍原さんは大きく羽ばたき、1年生レギュラーとしてチームに貢献し続けてきた。

 しかし、今は―――その地位が、入れ替わった形になっている。

 だから私は、藍原さんを信じる。

 ここまで戻ってこられる、それだけのプレイヤーって知ってるから。


 それに、何より。


 ―――私は自分の左手小指にちゅっと唇を這わせる


(私の大好きな藍原さん。大好きで、大好きで、この気持ちが何なのか、今はまだちょっと分からないけど…この大きな気持ちを、いつかあなたと共有できると良いな)


 私は、藍原さんの事が好きだから。

 だから、信じられる。

 だから、私は自分の事を…チームに貢献して白桜が勝つことに、集中できる。


 大好きな藍原さんと一緒に、もう一度テニスをするために。

 今の私は、自分の事に集中しよう。


(小椋コーチ…藍原さんをよろしくお願いします、なの)





「新倉さん、今日もテニスノート?」

「うん…」


 テニスノート。

 私が部長に就任してから行っている、1日のまとめみたいなものだ。


 自分のこと、チームのこと、気づいたことをありのままそのまま書き連ねて、整理している。


(部長としてチームを俯瞰(ふかん)してみると…気づくことなんていくらでもある)


 毎日、新しく気づくことだらけだ。

 特に今、チームはまとまっているとはとても言えない状況にある。

 どうしたらこのチームがまとまるのか、私なりに考えてもいるけど―――未だにそのゴールは見えていない。


「今のチームは2年生が主体、中心のチーム。私たち2年生が1年生を引っ張っていかなきゃならない。上級生として、責任ある行動が求められる」

「重いね…。私、正直そこまで背負えないよ」

「背負わなきゃいけない。そうじゃなきゃ、3年生から託されたこの新チームの部長失格だから、私は」

「新倉さん…」


 テニスノートをぱたんと閉め、私も自分のベッドへと向かう。


(私は負けない、部長としても、選手としても。このチームをまとめて、その上で勝ち続けて見せる)


 何かを決意したかのようにぐっと右手の拳を握る。

 布団を被り、電気を消す。

 今日も1日が終わった。

 部長として、私はちゃんとできているだろうか。チームを導き、引っ張るような…船頭の役割を、果たせているだろうか。


(もうすぐ―――結果を出さなきゃいけない時が来る)


 頭の中にある色んなことを、今は夜の闇に放電するように逃がしていく。

 寝よう。

 部長して1日、頑張った。

 今はとにかく寝て、明日への英気を養おう。


(久我先輩、私…)


 そこから先、何を考えたのかは覚えていない。

 意識が解けて、眠気と一緒に暗闇の中へと沈んでいく。


 今日が終わり、明日が始まる。

 また朝がやってきて、この闇にも光が差し込む。


 そして。


 ―――多くの課題を残したまま、地区予選当日(そのひ)はやってくる

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