そしてその日はやってくる
ついに、この時がやってきた。
地区予選の大会登録メンバーが発表されたのだ。
選ばれたのは、新倉部長、河内副部長、仁科先輩、三浦先輩、山本先輩、文香姐さん、そして―――
「選ばれましたね…」
まだ、胸がドキドキして止まらない。
「うむ。私たち2人の練習や取り組みが評価されたんだ、これは誇っていい」
全部員の前で発表された10名は、そのまま部員たちの想いを背負って公式戦を戦うこととなる。
そう、ウチ、長谷川万理とルームメイトの深川さんはそのメンバーに選ばれていたのだ。
(深川さんの言う通り、ウチらのやってきたことが評価された…それは間違いない)
1年生で大会登録メンバーに選ばれたのは、姐さんとウチら2人のみ。
監督はあくまで2年生主体のメンバーで公式戦を戦うことを選んだ。
だからこそ、ウチらにだってできることがあるはずだ。2人でやるダブルス、2人で練習して個々を鍛えてきたシングルス、どちらで選ばれても思い切りやるだけだ。
「万理」
「はいス」
「頑張ろう。2人でチームの力になろう」
「勿論ッス!」
姉御―――姉御は今、何をしていますか。
練習の時も部員たちとは隔離されてコーチ、音海さんと黙々何かを続けている姉御。
だけど、ウチは信じている。姉御がウチらレギュラーメンバーに戻ってくるって。
今のチームには姉御の力が必要だ。その認識は、監督たち首脳陣も選手たちも同じだと思っている。
(ウチらはウチらで頑張ります。だから、姉御も―――)
姉御の復帰がいつになるかは分からない。
だけど、ウチは。
あくまでウチの個人的な願望になってしまうけれど。
(都大会を、一緒に戦えることを!)
望んでいる。
それを目標に姉御も何かをやっているって、信じている。
だから、姉御…待ってます。姉御のことだから、すぐにウチらなんか追いついて、追い越してくれるって…。
―――ウチらにできるのは、目の前の戦いを勝ち上がるのみ!
「明日からまた、練習、頑張りましょうね…深川さん」
「勿論だ」
その時、一瞬だけ。
深川さんの凛々しい表情が、少しだけ崩れて。
ウチに笑いかけてくれた、そんな気がした。
◆
―――選ばれた
このチャンスは、千載一遇のものだと思っている。
今まで出番を与えられず、悲しくて泣いたときもあった。悔しくて震えた時もあった。
後輩に、藍原さんに支えられて私はこうして大会登録メンバーに選ばれた。
藍原さん。
大好きな後輩は、今苦しんでいる。
だけど、今、私に彼女にしてあげられることは多くない。
自分は、自分にしかできないこと―――つまり、チームに貢献して勝ちに繋がるプレーをすること。
試合に出て、勝つこと。
(それが今…)
大きく振ったラケットをもう一度、今度はバックハンドで強く振る。
「私が、しなきゃいけないこと!」
屋外練習場はもう真っ暗、そんな中でも私は自主練を続けていた。
レギュラーに選ばれなかった…試合に出られない、そんな彼女たちと共に。
彼女たちの向上心や次こそはと言う気持ちは誰よりも強い。
私だって今までは彼女たちの中でやっていたのだから、その気持ちは痛いほどよく分かる。
私はレギュラーに選ばれたけど、その思いは彼女たちと同じ。だからこうして一緒に練習している。
「みんなー、そろそろ寮に戻って来いって寮母さんが」
「よし、じゃあぼちぼち後片付けしよっか」
その言葉で、ようやく振っていたラケットをこつんと地面に着ける。
「流。一緒にボール籠運んでくれる?」
「うん、やるの。私はこっちやるから」
「こっちね」
同級生の彼女の笑顔が眩しい。
「うちら"真っ暗闇練習"の中からも流が大会登録メンバーに選ばれたんだもん、私たちだって負けてられないよね」
「流、改めておめでとう!私たちのモチベーションもお陰で上がりっぱなしだよ~」
「そんな、私はみんなの代表なんてそんな大それたものじゃないの」
恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。
「いや、流はあたしたちの代表だよ!思いっきり暴れてきて!」
「そうだよ。それに、私たちだって負けてないよ?」
「都大会では流から登録メンバー奪う気でいるから、覚悟しといて」
「みんな…」
みんなの温かい言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
「ほらみんな、流おめでとうもいいけど、手動かして。早くしないと寮母さんに怒られちゃうよ」
「おーそうだそうだ」
「片づけなくちゃね」
―――みんなは、私の事を代表だと言って送り出してくれた
その気持ちに恥じないテニスをしたい。
そしてチームに思い切り貢献したい。
今はその気持ちしかなかった。
(藍原さん、私は進むよ。だから、藍原さんもここまで来て。私たち、同じところでテニスできるよね?)
夏の都大会以降、私はずっと応援やチームを縁の下から支えることに専念してきた。
その間にも藍原さんは大きく羽ばたき、1年生レギュラーとしてチームに貢献し続けてきた。
しかし、今は―――その地位が、入れ替わった形になっている。
だから私は、藍原さんを信じる。
ここまで戻ってこられる、それだけのプレイヤーって知ってるから。
それに、何より。
―――私は自分の左手小指にちゅっと唇を這わせる
(私の大好きな藍原さん。大好きで、大好きで、この気持ちが何なのか、今はまだちょっと分からないけど…この大きな気持ちを、いつかあなたと共有できると良いな)
私は、藍原さんの事が好きだから。
だから、信じられる。
だから、私は自分の事を…チームに貢献して白桜が勝つことに、集中できる。
大好きな藍原さんと一緒に、もう一度テニスをするために。
今の私は、自分の事に集中しよう。
(小椋コーチ…藍原さんをよろしくお願いします、なの)
◆
「新倉さん、今日もテニスノート?」
「うん…」
テニスノート。
私が部長に就任してから行っている、1日のまとめみたいなものだ。
自分のこと、チームのこと、気づいたことをありのままそのまま書き連ねて、整理している。
(部長としてチームを俯瞰してみると…気づくことなんていくらでもある)
毎日、新しく気づくことだらけだ。
特に今、チームはまとまっているとはとても言えない状況にある。
どうしたらこのチームがまとまるのか、私なりに考えてもいるけど―――未だにそのゴールは見えていない。
「今のチームは2年生が主体、中心のチーム。私たち2年生が1年生を引っ張っていかなきゃならない。上級生として、責任ある行動が求められる」
「重いね…。私、正直そこまで背負えないよ」
「背負わなきゃいけない。そうじゃなきゃ、3年生から託されたこの新チームの部長失格だから、私は」
「新倉さん…」
テニスノートをぱたんと閉め、私も自分のベッドへと向かう。
(私は負けない、部長としても、選手としても。このチームをまとめて、その上で勝ち続けて見せる)
何かを決意したかのようにぐっと右手の拳を握る。
布団を被り、電気を消す。
今日も1日が終わった。
部長として、私はちゃんとできているだろうか。チームを導き、引っ張るような…船頭の役割を、果たせているだろうか。
(もうすぐ―――結果を出さなきゃいけない時が来る)
頭の中にある色んなことを、今は夜の闇に放電するように逃がしていく。
寝よう。
部長して1日、頑張った。
今はとにかく寝て、明日への英気を養おう。
(久我先輩、私…)
そこから先、何を考えたのかは覚えていない。
意識が解けて、眠気と一緒に暗闇の中へと沈んでいく。
今日が終わり、明日が始まる。
また朝がやってきて、この闇にも光が差し込む。
そして。
―――多くの課題を残したまま、地区予選当日はやってくる




