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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
371/385

昨日の連続

「部長の言う通り、もう大会も近いので気を抜かないようにしていきましょう」


 ああ。


「はい、部長と副部長の挨拶でした。まずは1軍全員で内周、その後は―――」


 あたし、何やってんだろ。


 新倉の言葉をそののまま反芻するようなことを言ったけれど。

 正直、あたしの気持ちなんて全く籠っていない。

 あたしが副部長の役目をやるのは、先輩に言われたからだ。先輩があたしに任せてくれたことだから、やってるだけ。それだけの空虚な仕事…。


 ―――朝、目が覚めた時から思う


(あたし、今日も1日またやるんだ。昨日と同じことを)


 今日に興味はない、あの日先輩に言われたことだけを続けている昨日の連続、それが今日という1日を構成するものだ。


 あたしだってやる気はない。

 だからシングルスしかやらない、なんて言ってるんだ。


 だって、あたしのダブルスは先輩とのあのペアの為だけだから。

 あたしにとってダブルスは先輩とあたしを繋ぐ最も強いモノ、そういう認識だった。


「なんでテニスやってんだっけ―――」


 そんなことをふとした時間と時間の合間に考えてしまうほどに、今のあたしには身が入っていなかった。


 先輩にやれと言われたからやってる副部長。

 先輩との記憶が辛いからやりたくないダブルス。

 なんでやってるのか分からないテニス。


 あたしにとって自分を構成するものが、どんどん分からなくなっていく。


 チームの為、誰かの為。

 そんなことの為に動けないことくらい、自分でも理解はできているつもりだった。

 あたしはそこまで殊勝な人間じゃない。


 ―――全国で1番、それくらいのレベルまで到達していたあたしと先輩とのダブルス


 だけど、それはやっぱり先輩とあたしとを繋ぐものだったということがほとんどで。

 先輩が居ないのなら、そんなのやったって意味ない。

 やりたくないし、やれないのだと思う。


 今日も身の入らない練習を続ける。

 あたしにシングルスを教えてくれる同級生の話も、聞いているのか聞いていなのか分からないくらい。


(こんななら、やらない方が良い)


 副部長の仕事もシングルスも、投げだして誰かにやってもらった方が多分良いのだろう。

 だけど、それは。

 それだけは出来ない。


 今のあたしと先輩を繋ぐ唯一の糸…それだけは切れなかった。


「先輩…」


 先輩の居ない自室で、ぽつりと何かを口から吐き出すようにその名前を呼ぶ。


 ベッドの上半分を見る。

 あたし達はベッドの下で2人一緒に寝ていて、上半分は荷物の物置にしていた。

 そこに先輩はいない。あたしと一緒に寝ている、その腕の中に先輩の感触と匂いを感じることができていた。


 だけど、それでも。

 それでも先輩の影をそこに探してしまうのだ。

 一体どういうことだろう…自分でも分からなかった。


「んあ…。なに河内?もう朝練の時間?」


 そこに居るのは先輩ではない同居人…。

 3年生が引退したことで部屋割りの振り分けが行われ、新しくルームメイトになった同級生。


「ごめん、うるさかった?練習まであと1時間くらいあるよ」

「なーに、まだ1時間もあるの?全然眠れるじゃん…。河内、アンタも寝れる時寝とかないと練習キツいよ」

「別に。心配されるほどでもない。あたし早寝だし」

「そ。あ~あと1時間寝れる~最高~」


 同居人はそう言ってまた眠ってしまった。


(レギュラーには部屋割りを決められる権利がある)


 だけど、新チームに入ってからは忙しさもあってかまだ1度も部屋割りの話し合いが行われていない。

 あたしは、どうしたらいいんだろう。

 先輩以外に別に同じ部屋になりたい奴とかいない。

 だからこの同居人のままでいいと思ってるし、あたしから部屋割りをどうこう言おうとは思っていなかった。そんなやる気も元気もない。


(あたし、何がしたいんだろ)


 あるいは、何もしたくないのか。

 それじゃあダメだ。このままじゃダメ。自分ではそれも分かっているはずなのに、何も始められない。


 あたしは今のあたしが嫌いだ。

 何にも好きじゃない、何にも。


(河内瑞稀、あたし―――)


 最悪、最悪の人間。

 今の環境が嫌いで、嫌で、それでも何もしなくて、何もできなくて。

 ただ昨日の連続を続けている、そんなあたしに。


 一体何を言う資格があるというんだろう。





 ―――全然、上手くできない


 それを如実に感じ始めたのは、やっぱり先日の初瀬田との練習試合以降だった。


 3年生の先輩たち全員が推してくれたという私の部長就任。

 最初はそれで遣り甲斐もあったし、私が頑張っていくんだという気概もあった。

 だけど…。


(現実は、そんなに上手くいってくれなかった)


 山積する課題、チームとしてまとまらない新しいメンバーでの構成。

 そして何より、私が部長としての仕事を全くできていないということが何よりも辛かった。


 60人超の部員をまとめること。

 その中でも1軍、レギュラーと呼ばれる選手たちをまとめ上げて、引っ張っていくこと。

 そしてその中で、自分も1人の選手として、部長として、エースとして、唯一無二の輝きを放つこと。

 それが全くできていない。

 初瀬田の試合では何とか自分はシングルス1で勝つことが出来たけれど、それも辛勝中辛勝という感じ。

 本来のエースの姿とは程遠かった。

 こんなことでは、公式戦のシングルス1―――絶対に負けられない試合で出番が回ってきた時、私が全部員の思いを背負って試合に臨むことが…勝つことが出来るだろうか。


(私より、水鳥さんの方が…シングルス1に適任じゃないだろうか)


 そんな弱気なことを考えてしまう。


 水鳥文香。

 今、このチームで1番調子が良いのは恐らくというか、かなりの確率で彼女であろうことは誰の目から見ても明らかだった。

 心身ともに充実し、プレイヤーといて結果を残し続けている。


 もしかしたら、今の新チームの『エース』は彼女だと思っている子もいるかもしれない。

 それだけの事をやってきているのだ。

 私の目から見ても、今の彼女のコンディションは最高だと思う。

 今、私が彼女と試合をやったら―――勿論、負ける気はないけれど、どうなるかは五分五分と言ったといころだろう。


 "部長"としても満足に役目を果たせず、"エース"としての地位も危うい。

 私は一体、何をしているのだろう。


「久我部長…、私は、貴女みたいにはなれそうもありません…」


 そんな弱音も零れてしまうほど、今の私は追い込まれていた。

 先輩たちに任されての部長、自分でもやると言った役職。

 その期待に応えたい、やってやるんだと思って今までやってきたけれど。


 『辛い』。

 今はその気持ちしかなかった。


 そんなことを考えて悩んでいた時、彼女の姿が目に入った。


「河内さん」


 私は気づくと、彼女の名前を呼んでいた。


「…、なによ」


 彼女はいつも通りぶっきらぼうに、私の相手なんてめんどくさいと言ったような表情でこちらを見上げていた。

 河内さんは私より幾分背が小さい。だから目線を合わせるとなると、そうなるのだ。


「副部長の仕事、上手くできてる?」


 ああ、私は何を言っているんだろう。

 自分が部長の役目を果たせていないのに。

 今は他人の心配をしている場合じゃない…だけど、そこを怠ったら部長として失格だと思う。


 ―――今の河内さんだって、副部長の仕事を満足いくまで出来ているとは思えなかったから


「アンタから見て、どう?」

「え…」

「あたしは副部長、やれてると思う?」


 まさにいま考えていたことをズバリと言われて言葉にどもる。


「私は…」


 何を言うのだろう。

 何を言えばいいのだろう。


「貴女が少し、困っているように見えたから」


 これは本音。

 河内さんは副部長として、十分な働きをできているとは思えなかった。

 特にこの子は、山雲先輩に憧れている。

 彼女のようになれていない今の自分に対いて、何か思うところがあるはずなのだ。


「困ってるように、ね」


 彼女は後頭部をかきながら、私の方を再び見上げる。


「別にアンタに話すことは何も無いわよ」


 ああ。

 まただ。

 また部長としての役割を果たせない。


「どうしても困ったら、あたしからアンタに話すから。じゃあね」


 寮の宿舎―――その廊下を、彼女は歩いて行ってしまう。


「河内さん…」


 このままじゃダメだ。

 そんなこと、分かり切っているのに。

 私は何もできない。部長しても、1人の部員としても。


 どうすればいい。

 私はどうやって今のチームをまとめればいい?


 "今日"と言う日を上手く過ごせない。秋の大会はもう近づいてきているのに。


 私が今日で足踏みをしているその時にも、もうすぐ『明日』はやってくる―――

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