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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
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『何か』を変える

 今日は姉御と練習できなかったけれど、大丈夫だろうか。

 初瀬田との練習試合、ストレートで負けたことに相当ショックを受けていたみたいだったし…。それでも今は1人になりたいんじゃないかと思ってウチも今日は姉御に必要以上に接するのはやめていたけれど、こういう時こそ誰かに声をかけてもらいたかったんじゃないのかな。そんな思いが頭の中をぐるぐるしていた。


「…よし、と」


 部屋の真ん中にある丸いテーブルでウチは今日の練習試合で得たデータをまとめていた。

 姉御…は、たまたま本当に調子が絶不調の時に当たってしまった、のだと思いたい。

 ウチが全国で見た姉御は、確かにこれからの飛躍を感じさせるものだったし、伸びしろなんて言葉じゃ言い表せないくらい可能性に満ち満ちていた。


(それが、今は…)


 何が原因か分からないけれど、今の彼女は自分を見失っているように見える。

 それはテニスだけなのか、それとも普段の日常生活においてもそうなのか…。そこもまだ、ウチには分からないでいた。


「ワタシもできたぞ」


 テーブルの対面に座っていた深川さんが、ぱたんとノートを閉じる。


 …まぁ、彼女の場合は別にデータをまとめているわけでもなく、学校で出された宿題をやっていただけなんだけれども。


「ふわぁ…今日は疲れた。ワタシは早めに寝ることにするよ」

「あ、そうッスか…」


 あくびをしながら、ウチにそう告げる深川さん。


 ―――その時、ウチの頭には1つのことが浮かんでいた


 就寝の準備を始める深川さんを、ウチは。


「あの」


 気づけばそう呼び止めていた。


「ん、どうした万理」

「モノは相談なんスけど…」


 ウチの頭の中にあることを、そのまま深川さんにぶつける。


「これからウチら、もっと一緒に練習しませんか?」


 深川さんは少しだけ驚いた表情をして。


「その心は?」

「深川さんが嫌なら無理にとは言わないんスけど…」


 そう、前置きした上で。


「ウチら、このままお互いバラバラでやってても、レギュラー…もっと言えば、チームの役に立てないと思うんスよ」


 そう、これは危機感のようなものだ。

 ウチも深川さんも、ある程度の実力はあると思っている。

 だけど、それはあくまで『ある程度』。そこの殻を破って、バリバリのレギュラー選手になるには何かが足りない。その何かを手に入れるために―――


「2人なら、それが掴めると?」

「ダブルスやるにしろ、シングルスやるにしろ、2人でやった方が目指せるものは多いと思うッス。その相手が、今のウチには深川さんが適役だと思いまして…」


 彼女はふむ、と顎に手を当て、少しだけ考えた後、


「どうッスか…?」


 ウチのその言葉に。


「良いな。やろう」


 何の迷いもなく、すっぱりとそう答えた。


「マジッスか!」

「君の言っていることはよく分かる。ルームメイトという縁もある。ワタシだって、今はレギュラーになれるならどんな事だってしたいと思っているつもりだ。それを君と2人で…という話なら、こちらは大歓迎だよ」

「ありがとうございます!じゃあ、明日から頑張りましょう」


 ウチは喜びながら、彼女に向かって手を差し出す。

 握手。

 テニスプレイヤーなら、まずはこれだ。


「ああ」


 深川さんはギュッとウチの手を握り、少しだけ口角を上げて微笑んだ。


(これが、ウチら2人の始まり―――)


 2人で、レギュラーを獲る。

 そのためにまずは2人で、一緒に。

 できることをやって、全国制覇と言う大きな大きな頂の、それを登る為の力を付けていきたい。それが、ウチがこの人と一緒にテニスをやる理由。


 ―――チームの為に、できることを





 その日の夜、私は遅くまで監督室で篠岡監督と今日の試合の映像で確認、ここ最近の練習での様子や選手たちの日常生活でのまで、多くのことをもう一度見つめ直していた。

 今日の試合の内容が内容だ。

 これで何の手も打たないわけにはいかない。どんなチームでも、こんな負け方をした自分のチームを放っておくことなどできないだろう。


「水鳥さんを試合に出さなかったのが大きく影響してしまったというか」

「だが我々はチームだ。水鳥1人に頼ってばかりいるわけにもいかない」

「地区予選、都大会と戦っていけば必ず疲れが出てくる時が来ますからね…。そうなった時、今日のような試合をしてしまったら一発アウトです」

「ふむ…」


 監督は何かを考えるように視線をタブレットへと落とす。


(どうやって立て直せば、良いんだろう…)


 正直、その手立てすら分からないような現状だ。

 何から手を付ければいい?一体どこから直せば、このチームは夏の大会のようにまとまれるのだろうか。


 ―――私がそんなことをぐるぐると考えてしまっていた、その時


「藍原はどうだ」


 監督の意外な言葉に、私は少しだけよろける。


「藍原さん…ですか?」

「今日の試合、ダブルスの2敗は勿論痛かったが、シングルスで3連勝すればどうにかなった試合のようにも思えた」


 この人は、今そういうことを考えていたんだ。

 確かにダブルスで2敗しても、シングルスで3連勝すれば問題ないと考えられなくもない。

 先ほど話題に上がった水鳥さんと部長の新倉さんで連勝できると考えれば、もう1人さえ確保できればそう簡単には負けない―――そういう考え方だ。


「試合内容もかなり悪かったですし、本人もかなり堪えたんじゃないかと…。彼女が白桜に入ってきて、こんな衝撃的な負け方をしたのは初めての経験だったと思います」


 今まで、何度も負けてきた。それはそうだ。

 だが、彼女はいつもその負けの中から何かを見出して自分の力にしてきたところがあった。

 だけど、今日の負けは―――正直、悔しいという気持ちしか得られなかったんじゃいかと思える。


「藍原は」


 監督が、『その言葉』を口にする。


「イップスだと思うか」

「!」


 私もピシャリと背筋が伸びた気がした。


 『イップス』。

 意識、無意識に関わらず心理的影響で思い通りのプレーが出来なくなる症状のこと。

 スポーツ選手のイップスと言うのはもっぱら強いトラウマのようなものからくることが多い。

 それを考えると。


「彼女がイップスになるような強い経験をしたのは、それこそ今回が初めてだったんじゃないかと」

「今日の試合より以前から様子がおかしかったことを考えると、それでは道理が通らないな」

「イップスですか…」


 私はその言葉について、少しばかり強い経験をしている。

 そのことは監督にも以前話しているし、おそらくそれを考慮して口にしたんだと思う。


「…」


 少しだけ、考えて。


「監督」


 私は、彼女に提言する。


「藍原さんを、少し私に任せてもらえませんか」


 そのことは、以前から少しは考えていたこと。


「コーチが、藍原を?」

「はい。藍原さんは今、長谷川さんや海老名さんを主な練習相手としていますが、彼女たちには彼女たちの練習があるはず。そう長い間、選手たち同士で練習をして今の問題点を克服して…、というのは続かないと思うんです。だから、」

「直接指導したい、と」

「はい…」


 私は彼女の入部以来、あまり距離を縮めて何かをしようとはしてこなかった。

 だけど、そうは言ってられない状況になった。

 海老名さんや長谷川さんが自分の練習に没頭できるようにするのは今のチームにとって小さくないプラスになる。私だってコーチを名乗っているんだ。選手1人に付きっきりで練習をするくらいのことはできる、何より、私には『経験』がある。それを藍原さんに教えて、導くのはきっと大きな意味がある。


「…任せられるか」

「勿論です。私が藍原さんの現状を変えて見せます」


 やるべきことは決まった。

 明日から―――私は私にできることをしよう。

 藍原さんの復活、それは現状を打破する『何か』になってくれるだろう。


(夏の全国大会、彼女は菊地さんとのダブルス内で見たこともないプレーをしていた)


 あの可能性を見てしまった以上、藍原さんの才能に賭けたい。その気持ちだってある。

 まずは、プレーを立て直し、テニスに没頭できるような環境を作ってあげること。それが重要になってくる。


(藍原さん、貴女の問題点…。きっと私が教えてあげられることがある)


 コートとして、チームを預かるものとして。

 この決断はきっと今後の運命を左右するものになる。

 その責任と自負を感じながら。

 私は大きく変わろうとしているチームの可能性を、現状を考えていた。

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