つまらない試合
とーん、と、敵コートにボールが跳ねる。
相手選手は全くそのボールに追いつくことができず、駆けながらラケットを伸ばすことが精いっぱい。
その瞬間、ウチら応援団ですら息をのんでいた。
「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ…」
審判のコールが、一瞬だけ遅れる。
「水鳥文香!6-0!!」
―――瞬間、文香姐さんはその長い銀の髪をすっとかき上げるように梳く
―――姐さんが試合に勝った時、調子の良い時に行う、コンディションのバロメーターのようなものだ
その時になってようやく、応援団の声援が爆発した。
「水鳥さん!」
「凄い、圧倒的な試合だった!!」
「試合になってなかったよ~~~!!」
ウチも場に飲まれていたその顔をぶんぶんと横に振り。
「姐さん!ナイスゲームでした!パネェッス!!」
彼女に向かってできる限りの声援を飛ばしてみる。
姐さんは試合が終わってから、おもむろにラケットの面に手を入れ、ぎゅうぎゅうと何度かした後、応援団に向かってそのラケットを掲げ。
「ありがとう」
呟くようにそう言って、少しだけ口角を上げて見せた。
(これだけの試合をやっておいて、応援団へ向かっての対応は塩―――)
ウチは思わず。
(かっけーッス!!)
きゅん、としていた。
いや、だってメチャクチャ強いんだもんこの人。
あと顔もメッチャ良いし、端的に言って美少女だし、死角とか弱点とか無いのかよ。
完璧人間過ぎて逆に引くっていうか。いや引かないんだけど。
―――これは、本人と直接話をしたい!
そう思い立ったウチは、その場を離れてコートと外を隔てる金網フェンスの出入り口、そこで"出待ち"をしていた。
姐さんは監督と少しだけ話し込んだ後、納得したように顔を縦に振り、こちらへ向かって歩いてきている。
「姐さん、お疲れッス!」
「なに?貴女が私に寄って来るなんて珍しいわね」
彼女の対応は実に冷静で。
「いやいや、あんな試合見せられたら近寄りたくもなりますって!すげー試合でしたね」
「そうかしら。私は私のやりたいようにやっただけなのだけれど」
「その反応がかっけーッス!言ってみてぇッスそういうこと!」
「何?バカにしてるの?」
「滅相もございませんッス!姐さんが凄すぎてウチも興奮してて!」
この人は相変わらず、高飛車というかクールというか、ツンとしていてデレの部分をなかなか他人に打ち明けてくれない。
話しづらい相手でもあるけれど…でも、そんなことは関係ない!
「何か一言、試合後の感想をくれないッスか!?」
ウチもできる限り、押してみる。
「一言、感想…」
姐さんはその瞬間、ピタリと歩みを止め、顎に手を添えてふむ…と考えると。
「勝ったのは面白かったけれど…」
ウチの目を真っ直ぐに見据えて。
「つまらない試合だったわね」
小さく、そして何よりも、感情を込めず―――そう言って、再び歩みウチを追い越していった。
◆
「両校、整列」
試合に参加した14人の選手が、それぞれ7人ずつ、一直線に並ぶと。
「礼!」
「「「ありがとうございました!」」」
それぞれの思いを胸に、頭を下げてしっかりと挨拶。
―――これで、今日の練習試合はつつがなく終わりを迎えた
そのことにはひとまず良かった、というべきなのかもしれない。
対戦相手校を自分の学校に迎えての練習試合、これは相手あってのものだ。
向こうのベンチでこちらに向かって頭を下げている鷹野浦の監督に、私も姿勢を正して頭を下げた。
「しかし…」
課題は多い試合だった。
新チームになってから初めての練習試合、上手くいかないこともあるだろうと思っていたが、その予想が的中してしまった、とでも言うべきか。
ふと、鷹野浦のベンチに視線をやると。
「ごめんなさい監督、私…エースなのに、全然新倉さんに対抗できなかった」
「あの新倉さんから1ゲーム取っただけでも大収穫よ。勝てなかったのはこれから修正していきましょう」
俯き、暗い雰囲気を纏っている敵シングルス1の選手を、監督がよくやった、と言ってぎゅっと抱きしめていた。
―――今日の試合、5試合トータルでのスコアは
「ダブルス2、4-6。ダブルス1、7-5。シングルス3、6-3。シングルス2、6-0。シングルス1、6-1…」
鷹野浦相手に、4勝1敗。
新チームの船出としてはそこそこの成果だろうし、そこまで悲観することはないとは自分自身でも感じている。
特に、新倉燐と水鳥文香、この2人が担当するシングルス1、2については上々過ぎる結果を得たと言っても過言ではないだろう。新倉は立ち上がりに相手サービスゲームを1つ落としたものの、その後は持ち前のスタミナで敵シングルス1を全く寄せ付けなかった。客観的に見てもいいゲームだったと言っていいだろう。
(そして、何より―――)
1番は、水鳥文香。
全国大会後初めての実戦でどうなるかとは思っていたが、予想の上の上をいくテニスだった。
敵プレイヤーに一切何もさせない、圧倒的なテニス。
あれができれば、新倉とシングルス1を争うには十分な成果を出したと言えるのは間違いない。
(問題は、シングルス3)
藍原有紀。
彼女の今日のプレーはどう評価したらいいのか、非常に迷う。
要所でサーブや強力なショットが決まり、有利に試合を進め続けてはいたが、時折コントロールを大きく見出し、打球を制御できていない面も見られた。
特にサーブの精度は夏の大会に比べてもかなり落ちている。そのように見えた。
「ダブルスとシングルスの違い、というより…」
パートナー、つまり菊池が居るか居ないかの違いだろう。
菊池は常に藍原をリードし、彼女がやりやすいような環境を作っていた藍原にとって理想的なペアだった。
だが、これから藍原が戦っていかなければならないのはコートにたった1人だけのシングルスでの戦場―――もう菊池は居ないし、代わりにペアとして一緒にコートへ入ってくれる選手も居ない。
(藍原が、果たしてこれからどんな成長を、変化を見せるのか)
もう少し注視して、見定めていく必要がある。
これは後で小椋コーチとも話して確認しておく必要のある要項だ。
ダブルスの事も頭が痛いが、シングルスで最も重要になってくるのは藍原の仕上がり、なのかもしれない。
◆
「ごちそうさまでした!」
ぱちん、と両手のひらを合わせて少しだけ声を張り上げて言う。
今日の晩御飯もとても美味しかった。
試合後だったけど、喉にするすると食事が入ってきたし、満腹感もある。
出されたものを全部食べるのは当たり前…だとわたしは思っているけど、結構苦労する子も居るんだよね。
隣では万理が残り少ない食事を必死の表情でかっ込んでいた。
万理もその苦労する子の1人。元々食が細いのかなって思う。
(まぁ、今日も暑かったからねー…)
食欲無くなるのも、分かると言えば分かる。
ふと、対面の席に目を向ける。
そこでは文香が食事を済ませ、お水を少しずつ飲んでいる最中だった。
「今日の試合に出た皆さんはこの後監督やコーチを交えて試合映像見ながら反省会を行うので残ってくださいまし!出てない選手は残ってもよろしいですが、基本的にはここで今日はおしまいですわ」
仁科先輩の声に。
「はい!」
大きな声で反応する。
こういう時に選手に声をかけるのは今は仁科先輩の仕事になっていた。
部長の燐先輩がやる仕事なのでは…とちょっと思うけど、仁科先輩が率先してそういうのを引き受けているらしい、というのを他の先輩たちが話しているのを聞いた。
「有紀」
そんなことを感がていると。
「少し良いかしら」
対面でお水を飲んでいた文香がことん、とコップを置いて。
「貴女、今日の試合どう思ってる?」
「え…」
いきなりの言葉に、わたしは何も言えなかった。
「姐さん、何スか?何か思うところでも?」
もぐもぐとご飯を食べながら、万理がわたしより早く問いかける。
「私は今日の自分の試合、満足してない」
―――そこで、文香が語ったのは
「サーブも甘くてサービスエースもあまり取れなかったし、コースにショットを決めきれないシーンが目立った」
―――6-0で完勝した試合の、反省の弁
「もっと上へ、もっと良くできる、そう思ってる」
「わたしは…」
そりゃ、満足なんてしてない。
文香に比べて遥かに多く、反省することがある。
だけど、初めに彼女にそんな風に言われてしまっては、言葉が出てこなかった。
「それは、後で反省会やるときに話すよ」
あはは、と笑いながら後頭部をかく。
「姉御…」
万理が心配そうな目でこちらを見ているのが、横眼にも分かった。
「そう。貴女は『そう』なのね」
文香は目を瞑ってそう言うと、その場から立ち上がり食堂の外へと出ていった。
あの日以来。
あの日、文香との直接対決に負けて以来―――文香の考えていることが、分からない。わたしには分からない何かを求めているような、そんな気がする。
それが少しだけもどかしくて。
自分の試合の反省より、今は文香の気持ちが知りたい…そんなことを考えてしまうのだ。




