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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
362/385

"それ"と比べて

 ―――打球が、(わたくし)の立つコートとは逆方向を抜けていく


「ご、ごめんなさいっ…!今のは私の…」

「気になさらないで、大丈夫ですわ。次の1球を大事にしていきましょう」


 何度もぺこぺこと頭を下げるダブルスペア相手に、手を振って応える。


(正直―――)


 ゲームカウント、2-4。

 完全に押し負けている。


 これは(わたくし)たちがダブルスペアとして未熟、全く連携が取れていないというところに理由は起因するのだろうが、もう1つ。音海さんが相手ペアにカモにされている、その一点が何よりキツい。

 (わたくし)の方に飛んできたボールにはある程度対応できているが、音海さんが相手プレイヤーの打球スピードに付いていけていない。

 対戦相手は都内でも強豪、鷹野浦のダブルスペアだ。

 それも、練度は(わたくし)たちよりだいぶ上のように思える。


 そのダブルスペアに、力押しで負けているというのは仕方ないことなのかもしれないが―――


(このままではいけない!)


 (わたくし)の脳裏に過ぎったのは、大きな先輩の大きな背中。

 普通の女子中学生とは思えないほど高いその身長と、リーチ。それが(わたくし)のプレーを下支えしてくれていた、前のペアでの光景だった。


 ―――いけない


「熊原先輩は、もういない」


 自分で彼女の背中を追ってどうする。

 この試合で勝つには、コートの隅でぷるぷると震えている後輩と連携を組んで、相手ペアを圧倒しなければならない。

 ただでさえビハインドのゲームだ。ここから押し返すには、反撃の口火となる『何か』が必要となる。


「音海さん!」

「は、ひゃひ!!」


 (わたくし)の声に、音海さんはビクンと背筋を震わせる。


(わたくし)にボールを集めてくださいまし!何とか押し返して見せますわ!」

「わ、私は何をすれば…」

「とにかく相手コートにボールを返すこと、それだけに集中してください。クサい球は(わたくし)が処理します!」


 音海さんは、それでも困ったようにおどおどとしながら。


「わ、分かりました…」


 今にも消えてしまいそうな小さな声で、そう叫んだ(つぶやいた)





 藍原の試合を見守っている最中のことだった。

 エンドチェンジのタイミングで2年生がコートの中に入ってきて、私のもとに駆け寄ってくる。


「ダブルス2は劣勢、ダブルス1もかなりもつれてるみたいです」

「そうか」


 ダブルス2試合、苦労しているようだった。

 試合前から想定していたこととはいえ、現実を突きつけられると辛いところがある。


 目の前の試合―――藍原有紀の出来はというと。


(現在5-3、このサービスゲームをキープすれば勝ち)


 だが、試合内容はお世辞にも良いとは言えない。

 コントロールに苦しみ、ボールを上手く操れていないように見える。


 試合中に何度か話し合ってアドバイスもしてみたが、なかなかそれが実を結ばない。

 藍原有紀という選手自体、良い時はとんでもないプレーをするが悪い時はこうやってコントロールを乱し自滅するタイプとも言えるタイプのプレイヤー。

 パワーでゴリ押しするプレイヤーのウィークポイントとも言えるその部分が、今日は出てしまっている。


「ご苦労だった。ダブルス1はその場の判断に任せる。ダブルス2、もう少し仁科がボールを持つ時間を長くして音海は守りに集中するよう伝えておいてくれ」

「分かりました。失礼します」


 2年生部員がコートから出ていったか出ていかなかったか、そのタイミングで。


「フォルト。ダブルフォルト。30-30(サーティーオール)

『ああ~~~』


 応援団からもこの試合何度目か分からないため息が漏れる。


「姉御~!ファイトッス!もうちょっとボールを長く持って、引き付けるように打って!」

「藍原さん、力が入りすぎなの。りらーっくす、りらーっくす~」


 彼女を心配する声が白桜応援団から次々と投げかけられるも、コート上の藍原は。


「あはは、またやっちゃいました。なかなか上手くいかないですね」


 もはや自分でもどうしたらいいのか分からない、と言った表情で苦笑する。

 この試合の不調、その原因は何なのか。


(私の方でも、考えておかなければならないな―――)


 試合に入ってみないと調子が分からない、この様子では怖くてスタメンで彼女を使うことはできない。

 シングルスができる選手は他にもいくらでも居る。

 いくら夏の実績があろうと、藍原有紀を贔屓して起用し続ける理由はない。


(夏の大会で見せた大器の片鱗、それは『夢』を見るには十分なものだったが)


 ―――藍原は今、白桜に入ってきてからもっとも重要な局面を迎えているのかもしれない


 その瞬間だった。

 相手サービスコートでボールが跳ね。


「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ藍原有紀!6-3!!」


 何とか、彼女がこの試合を苦しみながらも勝ち切った様子が、私の目には映っていた。





「お願い、このゲームで試合を決めて…!」


 祈るように握った両掌に、力が籠る。


 ダブルス1、三浦さん・山本さんペアのゲーム。

 試合は6-5、ギリギリの試合ながら白桜側のマッチポイントを迎えていた。


 相手選手のサーブが、三浦さんの足元へ。

 しかし彼女はそれをこなれた様子で敵コートへ打ち返すと、敵後衛がロブショットを打ち込み、またもやボールは三浦さん。しかし。


「でりゃあああ!!」


 彼女はそのロブショットを、強引に真正面へと強打する。当然そこには相手前衛が居て―――


(ダメ、クロスに落とされる!)


 がら空きのクロスに弱い打球を落とされたらデュースになってしまう。

 そして当然鷹野浦ほどの強豪校の選手がそれを見逃すわけがない、ぽんとラケットをほとんど振らずに押し返すように当て、ボールは弱い威力でクロスへ。


「!」


 だが。

 山本さんがそれを飛びついて拾う。

 真反対に居たはずの彼女が、そこに張っていたのだ。

 私にも彼女がそのプレーに踏み切るとは思わなかった。


 山本さんが拾った打球が、相手コートの無人エリアにぽーんと跳ね。


「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ、三浦・山本ペア。7-5!」


 審判役の子からそのコールが聞こえた瞬間。


「っしゃあッ!!!」


 三浦さんの大きな叫び声が、コート内に響き渡る。


「やったねむっちゃん!」

「7-5はもつれ過ぎ。もっとロースコアで勝たんといかん」


 三浦さん、山本さんはそうお互いに檄を飛ばしながら、ぱちんとハイタッチ。


(おめでとう、三浦さん、山本さん)


 私は2年生だけど―――2人が2軍で誰よりも努力してきたの、知ってるから。

 新チームになって、人一倍これをチャンスに感じているのはきっとこの2人だと思う。

 今日の試合に満足いっていないのは私にも伝わってくる。

 だけど、勝った。勝てたんだ。それは誇っていいと思う。


「ナイスゲーム」


 両手に水の入ったペットボトルを持ちながら、ベンチで2人を出迎える。


「こっからや」

「!」

「こっからが勝負や。あたしも、和沙も」

「勿論だよ。私はむっちゃんに着いていくだけだから」


 試合に勝った後とは思えない、野心をメラメラと燃やす三浦さん、それを受け止める山本さん。


(新チームのダブルスは、もしかしたらこの子たちを中心にまわっていくのかしれない)


 そんなことを思うほどに、鬼気迫る光景を見せられて―――私も頑張らなきゃな、と改めて思った。





 ダブルスの2試合と、シングルス3の試合が終わった。


「シングルス3は姉御が6-3で勝ち」


 ウチは、その3試合の反芻を自分なりにしていたところで。


「ダブルス1、三浦先輩・山本先輩ペアが7-5で辛勝」


 前の2試合は理想的勝利とは言えないものの、一応勝っている。

 その面では新チーム最初の試合ということもあって、上々の結果を得たとも言えるだろう。

 しかし。


「ダブルス2、仁科先輩・音海さんペアが4-6で負け…」


 終盤、食い下がるように2ゲームを連取して追い上げを見せたが、序盤でゲーム数を取られたのが仇となり敗北。

 仁科先輩はさすがというプレーを見せていたものの、音海さんの方が先輩についていけなかった。


 ウチがこの3試合を通して思っていることがある。

 それは。


(3年生が居た頃のチームとの、圧倒的な戦力差―――)


 前のチームではダブルスが全国で有用するペアを3組擁し、シングルスも勝てるプレイヤーが3人並んでいた。それに比べて…と言ってしまうと言葉が悪いけれど。


(ダブルスの弱体化は勿論、シングルスの力不足も否めない)


 だが3年生を中心としていた前チームと比べてしまうのは新チームが発足した今は酷なことだろう。

 そんな雰囲気が、白桜側の応援団に流れていた―――その時。


「応援団の皆さん」


 ウチらの目の前で―――


「行ってきます」


 文香姐さんが、ぺこりと頭を下げ、応援団に向かって小さくそう宣言していたのだ。

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