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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
360/385

あの人と、なんだ

 私、音海(おとみ)六花(りっか)は藍原有紀さんの事が好きだ。


 友達としてとか、憧れや羨望という意味でも好きだけれど―――友達とは言ってもほとんど話したこともないからそれはちょと違うかもしれない―――やっぱり、特別な意味で好き。恋愛的な意味で好き。付き合ったりとか、キスとかしたい類の好き。


 私と藍原さんの出会いは、時間を春まで遡ることになる。


 地方の田舎から白桜に入学する為に上京してきた私は、案の定その日もド緊張して、おどおどしながら白桜女子中等部の敷地内をうろついていた。

 その日は入学式―――それが行われる講堂を探していたのだ。

 勿論あらかじめもらっていたパンフに場所は書いてあったのだけど…ありていに言えば、完全に道に迷っていた。


 ―――その時、


「あ、ちょっとそこの貴女」


 私はゆっくりと振り返る。


「ハンカチ、落としたよ」


 衝撃的、だった。


「~~~!!」


 嘘でしょ。

 最初に思ったのはそんなこと。

 こんなにかわいい、こんなに造形の良いお顔をした女の子が、この世に居るのだろうか。

 東京ってやっぱり凄い。そう思わずにはいられなかった。


 私にはそこに居る彼女からまるで後光が差しているような感覚に襲われて―――


「あ、う…」


 何も言えない。

 何も言えなかった。

 目の前に居る女の子は、今まで見た誰よりも、綺麗で、かわいくて、可憐で。


 ―――私の好み、真っ直ぐド真ん中をえぐってくるような、そんな女の子で


「はっ」


 そこで、ようやく我に返った。


 私は思わず、制服のポケットをぱんぱんと叩いてみる。

 無い!確かに無い!


(落としたんだ!)


 頭の中が混乱している間に。


「ダメだよー、気を付けなきゃ…って、わたしも人のこと言えた感じじゃないんだけどね」

「あ、あの…あ、ありぎゃとうごじゃいましゅっ!!」


 噛んだ。

 いや、噛んだとかそういうレベルの噛み方じゃない。

 噛みすぎてなんて言ってるのか聴こえないくらいの噛み方だ。


 藍原さんの方をおずおずと見上げると…。


「ふっ」


 彼女は思わず、おかしくて仕方がないと言った感じで吹き出して。


「あはは、ごめん、笑っちゃった」


 溢れ出た涙を左手ですくいながら、それでも私の方をしっかりと見ていた。


「い、いえ…。私が、変なこと言っちゃったから」

「いいのいいの。はい、ハンカチ」


 差し出されたハンカチを、両手で卒業証書でも貰うように受け取る。


「入学式、この先の講堂でやるらしいよ。一緒に行こ」

「は、はひ…」


 実は丁度迷ってたところだったんですよ~、だなんて、とても言えない。


 この人の名前が藍原有紀であることを、私はテニス部の1年生自己紹介で初めて知った。

 藍原有紀さん…この人は、私にとっての天使。憧れの人。…そして、大好きな人。


 そこからの藍原さんの快進撃は、語るまでもない。

 元々傍に居るとは思ってなかったけど、もっと遠くへ行ってしまった―――そんな感覚に苛まれる毎日。

 私なんかが一緒に居られるわけないし、こんなミジンコの私のことなんか気にも留めてくれてないだろうけど。


「音海六花!」


 新チーム結成後の、新1軍振り分け。

 そこで、私の名前が呼ばれた。


(ああ、ようやく…)


 やっと、あの人の傍に行ける。

 その資格を得られた。

 そのことがあまりにも嬉しすぎて、私はその場で泣いてしまったのだった。





 実戦練習終了後―――

 辺りもだいぶ暗くなり、選手たちは一様に寮へと引きかえしている、そんな時間。


「これでよし、と」


 わたしは練習道具や無数のボールが入った籠(これでもボールの数は一部)を練習用具を入れる倉庫へと押し込み、ふうと息を吐いて額の汗を拭っていた。


「藍原さん、ありがとうなの。私の当番の日だったのに…」

「いえいえ!わたし今日なんか暴れ足りなかったので!これくらい朝飯…夕飯前ですよ!」


 おずおずと隣を歩くのは海老名先輩。

 彼女の言う通り、今日は海老名先輩を含む2年生の一部の部員が当番を務めていた。


(先輩はお風呂で困らせちゃったからなー)


 その分の埋め合わせ…じゃないけれど、引け目に感じていたことがなかったではないので、これでチャラということで。


「他の当番の子はもう行っちゃったね」

「そうですねー…なんかわたし達だけになっちゃいましたね」


 先輩の言葉に、えへへと苦笑しながら答える。


「藍原さん」


 その時、先輩がおもむろにわたしの名前を呼び。


「あの…」


 先輩はその場で立ち止まり、もじもじと両手をお腹の下あたりで合わせながら。


「あのね」


 声を自分の中に押し殺し、先輩はわたしの方を弱い視線で見つめる。


「海老名先輩?」

「うん、うん…言わなきゃね」


 先輩は自分に言い聞かせるようにそう言うと、わたしの左手をパシッと取って。


「藍原さん!!」

「は、はいっ!」


 いきなりの大声に、思わず背筋を伸ばしてわたしも大きな声を上げてしまう。


「ハ、ハグ…して、くれないかな!?」


 その一言が、わたしが今想定していた答えではなくて。


「ハグですか!?」


 頭にカーッと何かが昇って、顔が赤くなるのを感じる。

 周りが暗くてあまり表情が見えないのが幸いした…。


「う、うん…藍原さん、このみ先輩とよくやってたでしょ?」

「あれは試合前の景気づけと言いますか…」


 確かにやってたけど…。

 わたしには1つ、思うことがある。


「だ、誰とでもやるわけじゃ…ないんですよ?」


 あれは、このみ先輩だったから。

 愛情と信頼のハグ…そう、愛情と信頼が無いと、ダメなんだ。


「藍原さんは…」


 海老名先輩の切り返しは鋭かった。


「私とハグ、したくない?」


 海老名先輩はわたしの手を取って、こちらを見上げるように、上目遣いで…。

 うわー、これは反則だわ。

 海老名先輩のビジュアルスペックでこれをやられると。


「したく…ない、わけじゃないですけど…」


 もう、お手上げ。


「じゃあして欲しいの」

「理由をお聞きしてもいいですか?」

「私がしたいからなの!」


 わー、シンプルな理由。


「藍原さんがハグ…してくれたら、明日からの練習も頑張れるなーって」


 海老名先輩は、まだ言葉を続ける。


「ダメ…?」

「うぐぐ」


 ここまで言われたら、仕方がない。


「ダメ…、じゃ、ないです」


 わたしも折れるしかなかった。


「ありがとー!わー、ドキドキしてきたなぁ」


 先輩は嬉しそうにその場でくるりと一回転。

 満面の笑みを浮かべて、わたしの方をちらりと見ると。


「はっ!」


 何かに気づいたように、そう言うと。


「わ、私、今メッチャ汗くさいよね…!?練習直後だし…!?」


 くんくん、と自分の身体の匂いを嗅ぐ。


「どうしよう、藍原さんにくさいって幻滅されちゃったら…!?」

「あ、あの。わたしも多分同じだと思うのでそこは大丈夫だと思います」

「うぅ…、変なにおいしたらごめんねぇー…」


 そう言うと、先輩はわたしの身体に一層近づき、両手をわたしの背中へとまわしながら。


「でも私…今、藍原さんとハグしたいのっ!」


 ぎゅーっと、密着させてくる。


(ぐぐ…)


 イヤでも感じてしまう。

 そのとても大きくて、弾力があって、とにかくとにかく大きくて、柔らかくて…。

 先輩の大きな双丘が、わたしの胸の辺りにくにゅん、と押し付けられて、少しだけ潰れている、その感じが。


「藍原さん」

「はひ…」

「藍原さんからも、私を抱いて…?」


 先輩とわたしの身長は、ほぼ同じ。

 こうやって身体を密着させてみると、わたしの方が少しだけ大きいのかなって思うけれど。身体の部位が大体同じところにあるので、そうなのだろう。


(そうだよね、わたしからも…)


 先輩の背中に手をまわして、より一層ぎゅーっと2人の身体を密着させる。


(すっごく柔らかいバレーボールを、2人の身体で押し付けて押しつぶしてる感じ…)


 先輩の身体は、とても柔らかい。

 ふっかふかのふっにゃふにゃ。

 力を入れて抱こうとしたらそのまま手が身体にのめりこんでしまうのではないかと思うほど。


 ―――このみ先輩の小さな抱き心地とは、また違う


 先輩、汗臭いとか言ってたけど、全然。

 今でもいい匂いするし、これが海老名先輩の匂いなんだなって、居心地の良さすら感じた。

 わたしの方が汗のにおいしてないかって心配になるくらい。


(ああ、なんだろう)


 すごくドキドキするし、全身が熱いし、頭はくらくらするし…。

 わたし今、メチャクチャ興奮してる。

 それが分かるくらいには、先輩の抱き心地に酔いしれている自分が居た。





 ―――嫌だ


 咄嗟に思ったのは、そんな事。

 練習終わり、私は少し遅くまで練習していて、寮に帰るのが遅れていた。

 もっと早く切り上げるべきだった。

 私が居ないことで何か不都合があったら嫌だな、と思いながら帰り道を急いでいた、その時。


「ッ…!」


 藍原さんと、海老名先輩が…抱き合っていた。


 辺りは暗い、視界も見づらい。

 だけど、私が藍原さんを見間違うはずがない。

 ハッキリと見たんだ。

 2人が道の真ん中で、抱き合ってるのを―――


「なんで…」


 頭が割れそうだ。

 目の前が真っ暗になる感覚。


 何これ。

 私がおかしいのかな。


 そんなことを思いながら、逃げるようにその場から立ち去った―――

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