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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
36/385

VS 三浦・山本ペア 1

「監督、無謀過ぎませんか。一発勝負の結果で1軍の席を賭けるなんて」

「公式戦は常に一発勝負のトーナメントだ。実戦で使えるかどうか、その部分でも試金石になる」


 私の慌てふためいた様子とは関係なしに、篠岡監督はコートを見つめている。


「でも、まぐれや偶然と言うものもありますっ。どちらが強いかなんて、1試合で測れるものでは・・・」


 10回やったら9回勝てる側が、一発勝負では負ける可能性もある。

 そうなったら力のある方を2軍に落とすなんてことになりかねない・・・!


 しかし。


「これだけプレッシャーのかかった重要な試合で負けるようなペアは、夏の大会には必要ない」


 そんな事をこの人が分かっていないはずがなかった。


「私が求めているのはここで勝てるだけの勝負強さを持った即戦力・・・。ダブルス2の本命はもう既に固まりつつある。これは"あの2人"からダブルス2のレギュラーを奪う可能性のあるペアを見極めるための試合だ」





 コートに入る前、先輩は大きく深呼吸をした。


「緊張しますか?」

「してないと言えば嘘になりますね・・・」


 ようやくプレーできるようになったと思っていたところに、分かりやすくやってきたのだ。


 "負けたら終わり"という引退を懸けた大一番が。


 これで緊張するなと言う方が無理な話だ。


「先輩」


 だからわたしは、ばっと両手を広げ。


「愛情と信頼のハグ、やっときますか?」


 と、笑顔で語りかけた。

 このみ先輩の緊張を取り除くことは出来ない。

 でも、それを共有することは出来る。


(先輩の緊張の、何万分の一でも・・・)


 わたしが背負えるものなら背負いたい。

 それが、ここまで一緒に来た先輩への、せめてもの恩返しだ。


 すとん。


 気づくと、わたしの身体に先輩が正面から寄りかかる。

 あまりに自然すぎて、何も反応できなかった。

 そして、先輩はぎゅーっと、わたしの練習着を握ると。


「頼みましたよ、藍原」


 消えそうな声で、そう呟いた。


「お任せください!!」


 だからわたしは、その声を思い切ってかき消してしまうような気持ちで叫ぶ。


「この不肖藍原、先輩のため、一世一代の大仕事をやってのけますよ!!」


 迷わない。振り向かない。前に進む。

 わたしは頭の中を空っぽにするためにお腹の底から声を出した。

 考えることはこの人がやってくれる。わたしはそれに従えばいいんだ。


 先輩が教えてくれたこのプレースタイルで勝つ。今はそれ以外、何も必要ない。


「よろしくお願いしますっ!!」


 試合前。ネットの前で、対戦相手の2年生の先輩と握手をする。

 両手で包み込むように、しっかりと。相手の顔を見て。


(すごい、マメの痕だったな・・・)


 2人とも、わたしの手よりずっと多くのそれが感じられた。

 経験の差・・・それは埋められない。だけど、それでも勝ってみせる。


 幸いなことに、サーブ権を手に入れたのだ。

 わたしはぎゅっとボールを握りしめる。先輩がわたしにサーブを譲った意味・・・それを考えろ。


(ふう・・・)


 さすがに、わたしだって緊張する。

 いつも通りサーブを打てるかどうか、そんな自信どこにもない。

 どこか不安を感じながら右手でボールをコートにバウンドさせ、跳ね返りを確かめていたその時。


 ―――サーブはお前に任せたです。

 ―――不安になったら、


 先輩の言葉を不意に思い出す。


(あっ)


 ―――私の背中を見ろ!


 先輩の背中。

 そこで先輩は、小さな手でブイサインを作っていた。


 前衛の先輩が、対戦相手から見えないように背中の後ろで、後衛のわたしに向かってサインを出す。

 そうだ。この"V"サインの意味は―――


「いくぞおおおおおぉ」


 元気一番、声を上げると。


 ―――大声で、思いっきり叫べという指示!


 わたしはそのままの勢いで、小さなトスを上げた。

 それを低い打点で、相手のリズムをずらすように、思い切り―――


 ひっぱたく!!


 ―――

 ボールが思い切りコートに叩きつけられる音がした。

 しかし、相手がレシーブする音が聞こえない。ボールが、視界から消えている。


「15-0」


 そのコールを聞いて、初めてわたしは理解した。


「よおおっし!!」


 サービスエースを決めたのだと。


「いいぞ藍原、その調子です!」


 先輩はこちらを見ずにそう言うと、また背中でサインを出した。

 出されたサインは人差し指一本を立てた状態・・・"どんどんいけ"のサインだ。


「ええええい!」


 声を出しながら、サーブを打つ。

 今のは良い感触がした。自分でも上出来だと思ったサーブだ。

 案の定、そのボールが返ってくることはなかった。


「30-0」


 審判をやっている先輩の声が聞こえる。

 ああ、なんだか気持ちよくなってきちゃった。気分が高揚して、抑えられないくらい身体が熱くなってきているのがわかる。


(これが、実戦―――)


 威信をかけた闘い。決闘。戦争。

 わたしは間違いなく、それにのめり込んでいた。


(もっと、もっと点を取りたい。勝ちたい!)


 次のサーブも決まり、次を取れば1ゲーム先取・・・!


「藍原!」

「!」


 ハッ。

 その先輩の一言で、我に帰る。


 なに、今・・・。

 周りの声が聞こえなくなっていって、自分の世界に入っていく感覚があった。

 そんな状態から、いきなり引き戻された気分だった。


(いけない、いけない)


 なんだか分からないけど、あの感覚にのまれたらダメだ。

 わたしは顔を振って、もう一度深呼吸をする。


(サインを確認・・・)


 先輩のサインはさっきと変わらなっていない。

 でも、先輩が声をかけてくれなかったら、これも見ていなかったかもしれない。危ないところだった。


「てえええいやあ!」


 叫びながら、サーブを打っていく。

 しかし、今度は返してきた。さすがにそう簡単にいくわけがない。

 角度のついたクロス。わたしのところにショットが返ってくる。


 それをクロスで相手コートに返した時。


「藍原、前!!」


 先輩の声が聞こえた。

 前・・・前陣に上がれということだ。


 先輩の指示通り、前にダッシュしていくと、相手選手は正面へボールを返してきた。


(―そっちは!)


 わたしは手が出せない。シングルスなら確実に抜けてるコースだ。

 でも。

 これはシングルスじゃない。

 そっちには―――


「狙い通り!!」


 先輩はわずかに下がりながら、その小さな身体を目いっぱい使って、少しジャンプするようにボレーを放った。

 そのショットはガラ空きになった逆サイドへと突き刺さり。


「ゲーム、菊池・藍原ペア! 1-0」


「ナイスジャンピングボレー! 身体が小さい分、身軽身軽!」

「素直に人を褒められんのかです!?」


 だってそのまんま褒めたら、わたし達らしくないじゃないですか。

 くすぐったくなっちゃいますよ。だから。


 わたし達はぱちん、とハイタッチを交わす。


(―――今は、これで十分ですよね)


 それ以外のことは、試合が終わってからいくらでも出来るのだから。

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