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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
359/385

期待と不安と

「まずは部長、新倉燐!」

「はい」


 監督の言葉に、燐先輩がその場で答える。

 彼女の声色は至って普段と変わらず、選ばれて当然だというような気配すら感じ取れた。


(燐先輩、部長だもんね…当たり前だよ)


 ここに居る総勢60名超の部員の中で、数人しかいない『1軍に選ばれるべくして選ばれた選手』。

 その数人に、燐先輩は間違いなく入っているだろうし、監督もそういうつもりで名前を呼んだはずだ。


「副部長、河内瑞稀!」

「…はい」


 一拍置いて、瑞稀先輩の声が聞こえる。

 部長、副部長、2人とも声を大きく張るような人ではない。

 これは新チームの特色と言えるのかもしれない。


「仁科(きょう)!」

「勿論ですわ」


 控えめな胸をぴんと張って、仁科先輩が答える。

 本人の言葉通り、『当たり前の選出』。恐らく、2年生ではここまで、ということになるのだろう。


「三浦睦!」

「山本和沙!」

「はい!」

「はい」


 次に呼ばれたのは、2年生の中でもダブルスペアがきっちり決まっている三浦先輩に山本先輩。


(…夏の大会、わたしとこのみ先輩が、"レギュラー争いに勝った"人たち)


 こんな言い方をすると悪い印象を持たれるかもしれないけど、そういう人たちが秋の大会では1軍に選ばれているんだ。

 嫌でも―――前のチームとの違いを思い知ることになる。


 そして2年生の名前が次々と呼ばれていく。

 そんな中で、最後に名前を呼ばれたのが。


「海老名(るう)!」

「は、はい!」


 先輩の声は、少し驚いたような声色に聞こえた。


(海老名先輩、よかったね)


 わたしは先輩と仲良くさせてもらってるから、心からそう思うことができる。

 2年生では最後だった―――だけど、この人は夏の大会登録メンバーにも選ばれていた・

 実力はしっかりとある人なんだ。


「次から1年生!」


 その言葉に、背筋が伸びた。


(来た!)


 ここからは、わたし達の番―――


「まずは、」


 そこで、わたしの名前が呼ばれる可能性も、ゼロではないと思った。

 呼ばれた名前は。


「水鳥文香!」

「ここに」


 文香―――


(そりゃそうか)


 夏での活躍。実力。そして今彼女にかけられている期待…。

 そのすべてが文香を1番最初に呼ばせる、その原動力になっているのを感じた。


 しかし。


「藍原有紀!」


 その名前が呼ばれた瞬間―――


「はい!!藍原有紀です!!」


 自分でも返事に名前を付け足したのは条件反射だった。

 1年生の、2番目。

 そこが今、わたしが居るポジション。

 任されている、ポジションとも言えるだろう。


「長谷川万理!」

「はいッス!!」


 3番目に呼ばれたのは万理の名前。

 全国大会で大会登録メンバー…、その右腕にかかる期待は小さなものではないはず。


「深川(みやこ)!」

「はい」


 4番目は深川さん。

 夏までは2軍のメンバーだった。

 1軍に声がかかったのはこれが初―――しかし、入部当初は文香に次ぐ才能と呼ばれた子。

 あまり交流はないけれど、わたしも名前は覚えているし、1年生だと確かにこの子は1軍に選ばれてしかるべきだと感じる実力者だ。


 1年生の名前が呼ばれたのは7人。

 他は2年生で、計20人超のメンバーが1軍に選抜されたことになる。


(たった、7人)


 それでも夏の大会ではわたし、文香、万理の3人だけだったのだから倍以上に増えたことにはなる。

 しかし、1年生で1軍と言うのはやはり狭き門。

 そこに自分が選ばれたのだという自負も、責任感もある。


「1軍に選ばれた者は練習試合に向けて実戦形式の練習を行うことになる。基礎メニューの後、全員でハーフセットマッチだ。2軍の選手はここに残れ。基礎練習と球拾いの選抜発表を行う」


 2軍の選手たちが若干ざわつく。

 ここで基礎練習組に選ばれた者はまだいい。だけど、新チームでも球拾い―――


(わたし、頑張らなきゃ)


 そういう子たちの上に立って、わたしは実戦練習を行えるんだ。


(失敗できない、負けられない)


 1年生のほとんどの子は基礎練に球拾い。

 そんな中で、贅沢なことは言っていられない。結果を出す、それしかない。


「ハーフセットマッチ…」


 ここでだって、本気を出す。

 そして自分の地位を確かなものにする。


 わたしが練習試合にレギュラーとして選ばれる確証なんて、どこにも無いのだから。





 この時期の実戦練習、私の狙いはまずは練習試合に選抜する、今調子のいい選手を見極めることだった。

 本当なら1セットマッチを行いたいところだが、数多くの試合をこなして選手の実力を見極めるにはハーフセットマッチでどんどん対戦相手を変えていく方が分かりやすい。


(新チームの中心選手としてその屋台骨を担う者たち…)


 最初に私が見たのは新倉燐VS仁科杏の試合。

 この試合は分かりやすく新倉が仁科を圧倒する。

 あっという間に3ゲームを取り、新倉は顔色一つ変えずに仁科に勝って見せた。


「ありがとうございました」

「貴女にシングルスで勝とうとは思っていませんわ。それにしても力が入っているように見えましたけど」

「仁科さんの本命はダブルス?」

「まぁそういうことになるのかしら」


 試合終了後の握手をする際、言葉を交わす2人。


(新倉をシングルス1に、そして仁科をダブルスに)


 この辺りは私の構想の中でも『固い』と言っていい部分だ。


 そして、次に試合の様子を見たのが。


「ウォンバイ、水鳥。3-0」


 ―――ここも外すことはできない、彼女の試合


「凄いですね、深川さんが手も足も出なかった」

「水鳥の調子の良さは全国から変わっていないと見ていいだろうな」


 隣に居るコーチに話しかけながら、私はふむと右手を顎に添える。

 1年生でここまでやれる選手…やはり並大抵のことではない。


(この水鳥がどこまでやれるか…それが秋大の結果に直結してきそうな、そんな雰囲気すらある)


 チームとしても、彼女なら他校のエース級とぶつかっても遜色ない試合をしてくれる、そう思っている。


 ―――全国の舞台で、文字通り全国区の脚光を浴びた1年生


 どこまで伸びるのか、楽しみだ。


 そして。

 その水鳥文香と並び期待をかけたいのが。


「おりゃあッ!!!」


 強烈な打球がコートの端に刺さり、ボールは後方へ。


「ひえー、姉御そりゃないッスよ!ウチじゃ止められんッス!!」

「万理、手加減は無しだよ!わたしに勝ちたいならもっと全力で来て!」

「分かりましたッス!せめて1ゲーム取ってこの試合終わりたいッスから」


 ―――藍原有紀


 彼女の誇るパワーショットと言うのものは、全国でも通用するものだと思っている。


(3種類のサーブにドライブ、荒れ球…強烈な個性を感じるプレースタイル)


 その異色のテニスに、初見の敵は確実に手を焼く存在になるだろう。

 だが、気になるのが。


(関東大会から全国大会にかけて感じた、精神的な不安定さ)


 今の様子を見ていると心配はないように見えるが、本当のところはどうか分からない。

 強がっているわけではないにしろ、元々ポジティブなことしか口にしないタイプの選手だ。

 彼女の中に何か不安があったとして、それを誰かに話せているのか、不安を払拭しようと努力しているのかが少し分からないところがある。


(その辺りは実戦で経験を積んで見抜いていくしかないか…)


 それが私の仕事だし、責任だ。

 持っているものは大きい、それを萎ませてしまわないよう、導くことが。


 他の選手たちに目をやると、ダブルスでは三浦・山本ペアの安定感が光る。

 今のチーム状況において、1組でもこういうペアが居ることは非常に助かると言っていいだろう。

 元々夏の大会前から実力はあった2人…。

 新チームにおいては彼女たちが白桜ダブルスを引っ張っていくことになるだろう。


(しかし、)


 心配な要素がないと言われれば嘘になる。

 その象徴的とも言えることの1つが。


「あれ?瑞稀、アンタシングルスやるの?」

「そうだよ、悪い?」

「いや悪くはないけど…ダブルスは?」


 対戦相手の選手とそんな事を話しているのが聞こえてくる。


「あたし、今はダブルスやる気ないから。シングルスで勝つつもり」

「はあ…まあいいけど」


 相手の選手も、拍子抜けしている様子。

 いや、その言葉は正しくないのかもしれない。

 皆が本当に言いたいことは、別にあるはずだ。


(河内…本気でシングルスをやるつもりか)


 ウチのシングルスは今、並大抵のことでは食い込めないぞ。

 お前がそうしたいのなら、まずは実力を示すことだ。

 こういう実戦練習から、結果を出せ。


(本人がそのつもりなら、私たちは見守らなければならない)


 果たしてこの彼女の決断がチームにどんな影響を与えるのか。

 今はまだ、私にすらその青写真が描けずにいる―――

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