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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
358/385

わたしは、どうなりたい?

(選手1人1人と実際に話をして、分かったことがある)


 彼女たちは1人1人、違う意思を持っている。

 選手という言葉でひとくくりにしてはいるものの、彼女たちは1人の人間だ。

 私が彼女たちを『選手』という1つの単位として扱い、チームに最も貢献できるものをそこに据えるというその1つのことをするまでに、彼女たちの気持ちというものをないがしろにしてはならない。


(1人の女の子と、向き合う)


 そのことの大切さを、改めて教えられたようだった。


「ウチに起用法の希望はありませんッス」


 監督として、私が目を付けている選手の1人。

 長谷川万理は、そう言い切ってこちらをじっと見ていた。


「長谷川さん、この面談は選手を選抜するためのものじゃないから、何でも正直に言ってくれていいのよ?」

「これはあくまで面談だ。ここでの返答と私が実際にどういうポジションを充てるかは、直接的には関係ないものと思ってくれ」


 私とコーチの言葉に、それでも長谷川は顔を横に振って。


「ウチ、自分が選り好みしてここが良いとか、ここじゃやだとか言えるポジションに無いと思ってます」


 そう言うと彼女は頬を人差し指でかく。


「全国大会で登録メンバーに入れていただいたッスけど、全然実力は他のレギュラーの皆さんに比べると足りてなくて…。自分がスタメンで試合に出られるなんて、とても思えなかったッス」


 私が彼女を登録メンバーに入れた采配そのものには、長谷川がスタメンでバリバリに出場して選手として貢献する以外のところも、あるところにはあった。

 だが、この1,2年生合わせて60名ほどの部員の中で、彼女が登録メンバーに選ばれたということは、それ相応の実力ももちろんあってのことで。


「自分のポジションとかも、シングルス希望かダブルス希望かも、ウチが言える立場にないのかなって。命じられたところで全力でラケットを振るう、それだけだと思ってます」


 彼女の自己犠牲の精神、言われたところでやるだけという気持ちの部分も、理解できるところではある。しかし。


(こういう場面で自分の立場を明確に主張できるという部分も、私が欲しているものの1つ―――)


 彼女の意志を曲げるつもりは毛頭ないが、何か1つ自分のやりたいことを言ってくれることを、私としては期待していたとこもあった。


(この自己主張の無さが、チームにとって良きとなるか、悪影響を及ぼすか)


 それはまだ、私にも分からない―――


 面談相手は変わる。

 長谷川から。


「私にはシングルス1として他校のエースと戦い、そして勝つ」


 ―――この子、水鳥文香へと


「それしかないと思っています」


 水鳥文香の主張はシンプルだった。

 夏の大会で得たもの、それを全て自分のエースとしての責任、矜持へと変えて。


「あなたの立場でそうなると、チームの1番の競争相手は部長の新倉さんということになるけれど」


 コーチからの言葉にも、返答する声には塵ほどの迷いもなく。


「部長とのエース争いにも、引くつもりはまったくありません。私がこのチームのエースとして、チームを全国大会へと導きます」


 清々しい…そんな言葉が思い浮かぶ、彼女の真っ直ぐさ。

 私たちを見る彼女の瞳。

 澄んだ視線の先に見据えるは、全国で戦う己の姿か。


「お前の意志は受け取った」


 監督として、彼女を導くものとして。


「エースとしてチームに貢献したい、その1つのことにわがままになれる自分を忘れるな」

「勿論です」

「ひと夏を超えて、強くなったな。水鳥」

「そうであれたらと思っています」


 ぺこりと頭を下げる彼女の言葉に一切の迷いや戸惑いはない。

 彼女がそうしたいというのならば、我々がしなければならないことはそのサポートのみ。


(水鳥がエースとして()ってくれるのならば、これほど頼もしいことはない)


 部長―――新倉をも超えて、絶対的エースへと。

 あの全国大会を超えて、彼女が見据えるのは自分自身を高みへと押し上げるその『向こう側』。


(久我もそうだったが…『プロ』へ行くのはこういう選手なのかもしれない)


 そこへと到達せんと努力を続けるのならば、大人がしてあげられることを私たちは全力で探さなければならない。


 そして―――

 その水鳥と戦った、彼女。


「よろしくお願いします」


 面談の最初、彼女はそう言って私たちに頭を下げる。


 ―――藍原有紀


(この子は今、何を思う)





 監督室の面談へと呼ばれたのは、1年生の中でも最後の方だったと思う。

 みんなが「緊張したねー」とか、「私監督とあんなに話したの初めてー」と食堂で歓談しているところ、万理に名前を呼ばれて私は監督室へと歩を進めた。


「失礼します」


 ドアを開けて中に入ると、そこに居たのはたった2人。

 監督と、コーチ。彼女たちはソファに座り、手元の資料や携帯タブレットにしきりに目をやりながら、私を向かい合わせのソファへと導く。


「藍原」

「はいっ!ワタクシ藍原有紀、ここに参上致しました!」


 自分の気持ちを言葉にして、胸のあたりをポンポンっと叩く。


(なんか、緊張するな…)


 この2人を目の前にして、じっと向き合う。

 レギュラーの私が言うのもなんだけど、なかなかある経験じゃない。


「藍原さん…。夏の大会ではシングルスにダブルスに、チームを支える活躍をしてくれましたね」

「い、いえいえ!やれることをやっただけです!」


 3年生の先輩―――主にこのみ先輩だけど―――達に支えられ、自分の力以上のものを出させてもらった。


「秋季大会以降、お前は自分の道を歩くことになる」


 監督の言葉に、背筋が伸びる。


「お前は自分自身、藍原有紀というプレイヤーをどうしていきたいのか、それを聞きたい」


 その言葉を聞いて。

 わたしはもう一度、自分でそのことを考える。


 自分がどうなりたいか。

 これからこのチームで何をしていきたいのか―――


「わたしは、」


 わたしは。

 そのことを、自らの口で言葉にする。


「エースになりたいです」


 その、一つのことを。


「シングルスとしてエースとして、白桜を引っ張っていくような選手になりたい!」


 ただ一つのシンプルな回答。


「そのために文香や燐先輩と戦えっていうのなら、わたしは戦います!」


 『わたしの気持ち』を。


 わたしの言葉を聞くと、監督とコーチは思わず2人で顔を見合わせ。


「そうくると、私は思ってましたよ藍原さん」


 コーチは口元を少しだけ緩ませ、笑顔を見せながらこほんと一つ咳払いをした。


「ダブルスに未練はないか」

「はい!やれることは夏に全部置いてきたつもりです!」

「そうか」


 監督も少しだけ息を吐くように言葉を漏らし、わたしの方を見据えると。


「お前はお前であれ」


 その言葉が、わたし―――自分自身を、見透かされたようで。


「私たちはあなたのその気持ちを、全面バックアップします」

「ありがとうございます!」


 がばっと頭を下げ、監督たちが視界から居なくなる。


 ―――自分の気持ちは、言った


 この秋の大会以降、わたしは夏とは違った方向で。自分の意志で、戦っていくことになる。

 その為に、やれることをやる、その気持ちは不変のつもりだ。

 監督たちがそれをどう受け取ってくれるかは分からないけど…自分を曲げず、わたしは他校の選手たちと戦って、戦って、そして勝つ。


(正直、自信は無いし迷いはある…)


 今の自分がどうやってこれからそれを為していくのか、分からないところだってある。

 文香に言われたこと。

 夏の敗戦で感じたこと。

 考えなきゃいけないことは、いくらだってある。

 だけど、自分をどうしていきたいかは、自分で決めなきゃいけないと思うから。


(その想いだけは、自分の中に)


 ここから、またここから、はじめていくんだ。


 わたしのその決意と―――そして、時は来る。





「全員、揃っているか」


 監督が選手たちを目の前にして、彼女たち全員を見据える。


「それではただ今より、練習試合に向けた新・1軍の発表を行う!」


 その言葉を聞いて、わたし達は身が引き締まる思いだった。


(3年生が引退して、初めての1軍2軍の振り分け―――)


 全国大会へと続く道の、ほんとに最初の一歩。


(わたしは――)


 その初めの一歩をまず、踏み出そうとしていた。

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